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16・いつ、澄佳は殺されたわけ?


「――めでたしめでたし、といったところね」

 美桜は、飲みかけの緑茶をすする。日本茶が好みのようだ。しびれないのか、語っている間中、正座だった。

 ティーテーブルにあるマグカップ。響歌さんオリジナルのようで、『なほか』の文字にハートマーク、姉貴の顔のイラストが付いていた。美味い珈琲を不味くする効果のあるマグカップだったが、響歌さんがこれを渡したのだから仕方がない。中身のコーヒーに口をつける。冷め切ってしまい、泥水のようになっていたので、ぐいっと胃の中に一気に流し込んだ。

 澄佳を助け出した俺たちは、姉貴と響歌さんのマンションに連れてこられた。

 十二階建ての八階。共働きなのもあって、中々の部屋に住んでいる。俺の六畳一間のオンボロアパートと大違いだ。澄佳も暮らす余裕のある広さだが、そうせずに寮に入ったのは、二人に遠慮してだろう。

 俺はリビングのソファーで一夜を明かした。爆睡だった。澄佳と美桜がここで朝食を取っているときも、鼻をこちょこちょくすぐったり、マジックで顔を悪戯書きされようとも、目を覚まさず夢の世界にいた。昔の女が出てきた気がするが、細かい内容は覚えていない。目覚めたのは、昼の十二時過ぎだった。

 十五時間超えの睡眠時間。それだけ体を酷使していたということだ。

「ざっと、こんなところね」

 起きてからの俺は、美桜から、魔法少女についての講義を受けていた。

「よくわかった。ありがとな」

「聞きかじった知識しかないから、正確とは言えないわ。詳しいことは本人に聞きなさい。そこにいるんだし」

 姉貴たちに目線を動かした。

「澄佳、ごめんね、私がふがいないばっかりに~っ!」

「もう分かったから、ひびねぇ、抱きつかんといてー」

 響歌さんはワンワン泣きながら、澄佳をひしと抱きしめていた。

 イッヤーソン捜索中の響歌さんと姉は、さっき帰ってきたばかりだ。それも、俺たちとお昼を食べるための小休止でしかなく、また直ぐに出かけなくてはいけなかった。

「私、責任をとって、ずっと澄佳の面倒みるからね。お嫁さんにしてあげるから~」

「これ以上、いわんといて、お姉ちゃんのメラメラ嫉妬した視線が怖いわー」

「あ、あたしは別に嫉妬など、してないし。そんな視線おくってもいないし」

 じと~っと睨んでいた姉は、両腕をくんで、そっぽを向いた。

「なによ?」

 俺の目線に気づいた。

「姉貴、可愛いぜ」

「気色悪い。見るな」

「本当に逆転してるのか?」

「なにがよ?」

「魔法少女が人間に変身してるんだろ? そんな感じはしないな」

 見かけは人間と変わりない。男勝りだが、美人といえば美人の、無駄な贅肉はなく、お腹周りは引き締まっていて、モデルとしても違和感のない体育会系の二十代の女性だ。

 特別な力があるとも、世界を救った大物にも見えない。

「そりゃ、バレないようにしてるもん。でもさ、うすうす感づいてたでしょ? あんた、不思議そうにしてたことあったじゃん」

「なんのことだ?」

「部活」

「陸上か?」

「そっ」

 姉貴は中学時代、陸上部に入っていた。中距離走を県大会優勝した実力者だ。オリンピックに出て、金メダルを取るのが夢だったのに、高校に入ってから、突然止めてしまった。あれだけ好きだった陸上をなぜやめたのか、ずっと不思議に思っていた。

「人間に変身しているといってもね」俺たちの会話を聞いていた響歌さんが言った。「力を完全に押さえられているわけじゃないの。私がヘリコプターから飛び降りたのを見たでしょ? あれぐらいなんてことないのよ」

「100メートルを8秒台で走る女が出たらどう思う?」

「世界新記録間違いなしだな」

「異常よ。女子の世界記録は10秒49、男子でも9秒58。なのに急に8秒なんか出されたら記録がめちゃくちゃよ」

「たった1、2秒じゃないか」

「その1、2秒が、ゴーカートとジェットコースターぐらいに大きいのよ。とんでもないことなんだから」

「ドーピングどころの騒ぎじゃないわね」と美桜が言う。「身体検査をされて、体の隅々まで調べられるでしょうね」

「陸上やるにしても、本気を出すことができないんだもん。そんなのつまんないじゃん。だーから、やめるしかありませんでしたー」

 姉貴の陸上への情熱は良く知っている。あっけらかんとしてるけど、当時は相当辛かっただろう。

「魔法少女なら、100メートル何秒だ?」

「3秒もしないんじゃない?」

 それはすごい。

「お姉ちゃんのスピード、ちょっとは分けてほしいなあ。私、どんくささ最悪ハイレベルやから」

「澄佳はそのままで可愛いの」響歌さんは今度は後ろから澄佳をぎゅっと抱きしめる。「って、そのままじゃなくなったんだった、ん~」ズリズリと頬ずりをする。「よかった。肌の色変わってるから心配だったけど、肌触りは変わりないわ。カサカサじゃない、つるつるだぁ」

「うわぁ、ひびねぇ、だからお姉ちゃんがメラメラ嫉妬モードになるからぁ、やめてけれ」

「嫉妬させちゃえっ」

「しないけど、いつまでベッタベッタしてんのよっ!」

 嫉妬した姉貴がひきはがそうとする。「やーだ」と響歌さんは嬉しそうに抵抗する。

「うわぁ、お姉ちゃんたち、やめてー」

 澄佳の引っ張り合いになっていた。

「ゾンビになって、鈍足になったりしないのか?」

「イッヤーソンが大量生産させた出来損ないと一緒にしないで。蘇りの奇跡は成功している。頭脳や身体能力は本来の人間と変わりないから、普通に日常を送るぶんには、ゾンビだってバレることはないわ。ただ」

「ただ?」

「魂は宿っていても、肉体は死んだまま。血液は流れてなくて、心臓だって止まっている。機能しているのは脳みそぐらいね」

「それで脳みそを欲しがるのか?」

「ええ、イッヤーソン作成のゾンビは、脳みそがもの凄く熱く感じるらしいの。それで健康な人間の脳みそを求めてしまう。澄佳は、ちょっと熱いぐらいのようよ。死んだ体を強制的に動かしているから、違和感はあるでしょうけど、そのうち慣れてくれるはず。澄佳は光と闇の力で守られているから、怪我をしてもすぐに回復するわ。その能力は人間の回復力より高いの。でも、ゾンビはゾンビだから……」

「うわあああああああああああっ!」

 姉貴の悲鳴。引っ張っていた澄佳の腕が取れていた。クネクネと動く手を見て、響歌さんは気絶一歩手前の蒼白状態になっていた。

「こんなこともあり得るわ」

「大丈夫なのか?」

「さっき言ったでしょ、回復力が高いって」

 美桜は、澄佳の腕をとると、胴体にくっつける。

「おおっ、これはすごい」

 すぐに元通りになった。澄佳は感動していたが、姉貴と響歌さんは唖然としている。

「す、澄佳、痛くないわけ?」

「平気や。なんともなかったで」

 問題ないようだ。ぐるぐると腕を回している。

「簡単に取り付け可能よ。もし、失ったとしても、魔術を使えば再生できるから、私にいってね」

「顔をとることはできるか?」と澄佳は聞いた。

「出来るわ」

「そのまま体を動かすことはできるか?」

「出来るわ。さっきも腕、動かせたでしょ?」

「やった、ついに一発芸を身につけたで。よーし、早速」

「やらないでいい!」「やらなくていいです!」

 姉貴と響歌さんが同時に叫んだ。

「ゾンビなのもあって、体が腐りやすいのよ。太陽を長時間あたるとカサカサに干からびちゃうわ」

「女の敵やなー」

「そのために必要なのがあるんだけど、響歌、頼んだの貰ってきたよね?」

「え? あ」響歌さんはきょとんとし、思い出したようにバッグから何かを取り出した。「ええ、闇の世界から取り寄せたけど、これでいい?」

 三角パック牛乳のようなのを美桜に渡す。

「いいわ。これは脳みそジュースなの。アンデット系の魔物の好物よ。三日に一度ぐらいはこれを飲んだ方がいいでしょうね」

 太いストローをさして、澄佳に渡した。

「飲むとどーなるの?」

「ゾンビにとっての栄養分がたっぷり入っているわ。乾燥を防げて、ツヤツヤの肌になるの」

「じゃあ、飲む」とチューと吸っていく。

「うまいのそれ?」と姉が聞いた。

「まずくなく、うまくなくや。ぎゅーにゅーをどろどろのぐろぐろにした感じや」

「ふーん、ちょっとそれちょうだい」

「あなたなら平気だと思うけど、普通の人間なら、青酸カリを飲むようなものだから、自殺したいならどうぞってところね」

 それを聞いて、姉は手を引っ込める。

「学校で飲まんほうがええなー」

「そーね、かっぱらって飲んじゃうバカが絶対にいるし」

「響歌。これを一ヶ月に十本取り寄せといて」

「いいけど、これ一本、かなーり高いのよねぇ」

「私が交渉するわ。取引する奴は分かってるし、タダで貰えるようにしておいてあげる」

「それはかわいそうじゃない?」

「世界を救った魔法少女に、金をふったくろうとするほうがおろかよ。タダでも高いぐらいだわ。ああ、あと、今回かなりの素材を使ったから、取り寄せといてほしいものがあるの。そのリストを書いた紙を後で渡しておくわね」

「はいはい」

 いつものことのようだ。澄佳さんは二つ返事で了解した。

「いやいや、ちょっと待って!」姉が、大声を上げる。「ガディスの娘に怪しげなブツをあげてんの、響歌なわけっ?」

「そうだけど?」

 なにが悪いことしている? ときょとんとしている。

「地上界には手に入らない素材が多いから、響歌に頼むしかないのよ」

「んなもん、取り寄せるな! 闇世界のアイテムなんて、ヤバさ強烈でしょ。こいつ、なにすんかわからないじゃない。というか実際なにかあったし! 澄佳がこんなことになったのだって、こいつのせいでしょ、こ・い・つ・の・!」

 こいつこいつ連呼して、殴る勢いで人差し指を向ける。

「教え子をこいつ呼ばわりなんて、野蛮体育教師にモラルはないのかしら」

「ガディスの娘なんて、こいつ呼ばわりでも、丁重に扱っているぐらいよ」

「大丈夫よ。取り寄せる素材はどんなものかチェックしてあるもの。すべては保身のためのもので、人に害を与えるものは許可してないわ。ガディスの娘でありながら、闇の力を持っていない彼女は、黒魔術で自分を守っていくしかないの」

「仮にも姫君だからな」と俺は言う。

「それに私は絶世の美少女だもの。イッヤーソンのような闇の世界のバカだけでなく、地上界の性欲の塊となった男というケダモノから、身を守る必要があるのよ」

「自分でゆーな」

「地上界に護衛を連れてくることはできないしね。自分の身は自分でよ」

「で、自分は守れても、澄佳は守れなかったってわけね?」

 姉が冷たく言う。

 沈黙。しばらく続いた。

 コトッとした音。美桜がマグカップをティーテーブルに置いていた。彼女は顔をあげて、姉のことをみる。

「それについては申し訳なく思っている」

 頭を下げた。

「心がこもってないわよ」

「ごめんなさい。いくら謝っても、許してはくれないでしょうけど」

「ええよ、許す」

 澄佳は、美桜の頭をなでようとするけど、響歌さんに抱きしめられた状態なので、手が届かなかった。

「澄佳は許しすぎ。あんたはほんと優しいんだから」ため息一つ。「本人よくても、あたしはよくないの」

 呆れから冷たい表情に戻した。

「で、あたしの生徒の小麦美桜さん」

「担任の赤沢菜穂香先生、なにかしら?」

「いつ、澄佳は殺されたわけ?」

 尤も聞きたかったことをぶつけた。

「探偵にでもなるつもりなのかしら。素質ないからやめたほうがいいわよ」

「説明、もとい言い訳を聞きたいのよ。澄佳はずっと部室にいたそうね?」

「ええ、澄佳は一歩も動いていないわ」

「あたしがあんたたちの部室に行ったとき、誰もいなかった。何度も部室を見たけど、姿ひとつなかった。どこ探してもいなかったわよ。どういうことよ?」

「実は、いたと言ったらどうかしら?」

「見えないようにしていたというわけね。あんたの使うあやしげな黒魔術で」

「あやしくない黒魔術がどんなものか知りたいわね」

「ちゃかさないで」

「澄佳の死体を発見してすぐに、赤沢先生がやってくる気配がしたの。だから、急いで黒魔術を使って姿を消したわ」

「どうやって?」

「結界ね」と響歌さん。

「正解。闇の力のない私でも、黒魔術で人一人分を隠すぐらいの結界を作ることができるわ。それで、私たちは姿を隠したの。ありがたいことに赤沢先生は気づかず、『うちのアホな妹と、不思議系少女さんはどこにいるんやら』とブツブツ言いながら、窓を閉めて、部室を出て行ったわ」

「まぬけなあたしをじっと見てたってわけね。ちゃんと事情を説明したらよかったのに、なんで姿を消したの? あたしがどんだけ心配して、そこらじゅうを探し回ったか分かってる?」

「あなたが部室のドアをあけたら、最愛の妹が死んでいた。そのそばには一人の女が立っている」

「えーと?」

「で、その女がガディスの娘だと知ったら?」

「んーと」

「私を殺したはずよ」

「うん」

 ばつが悪そうに頷いた。

「そういうこと」

「澄佳は、どう?」澄佳をハグしながら、響歌さんは聞いた。「死んだときのこと覚えてる?」

「んー」

「言いたくないことだと思うけど、話してほしいな」

「ええとな、ん~」澄佳は言葉を伸ばして、考えるように頭をふらふらさせながら天井を眺める。「よくわからないんや。後ろから、急にドンときて、頭がおちて、真っ暗になって、気がついたら、夜になってて、お兄ちゃんと美桜ちゃんがいたんや」

 イッヤーソンの姿は見てないようだ。

「そう。そうなのね」響歌さんは目をつぶる。「澄佳、それで間違いない?」

 澄佳のふらふらさせていた頭が止まった。

「間違いなっし」

「分かったわ」

 響歌さんは、澄佳のこめかみにキスをする。

「小麦は、そのときなにしてたのよ?」

「美桜ちゃんは、えーとな、読書家やから本がぎょうさんあるところへおったで」

「図書室」と美桜は言った。

「そうや、いつもえれえむずかしー本を、貸りて、読んで、返してるんや」

「なに読んでたのよ?」

「世界文学全集の何巻だったかしらね。タイトルは、ジェーン・オースティンの『エマ』。図書室で途中まで読んで、時間が来たから、その本を借りて、部室に戻ったら、澄佳が死んでいた。ショックで本を落としたから、部室にいけばあるんじゃないかしら」

 アリバイにはなんないでしょうけど、と小さな声で付け加えた。

「犯人はイッヤーソンでいいんだな?」

「他に黒幕がいる、というどんでん返しがなければ」と頷いた。

「イッヤーソンは空を飛べる」

「あいつの正体は、一メートルあの空飛ぶゲジゲジをイメージするといいわ」

「うげぇ、想像したくない!」と姉は叫んだ。

「開いた状態の部室の窓。中は澄佳がひとりっきり。姫さんの姿がない。格好のチャンスだと、イッヤーソンは澄佳が後ろを向いている隙に、頭を殴って殺した」

「そうなるでしょうね」

 美桜は頷いた。

「その後、イッヤーソンは?」

「逃げたわ」

「姫さんとコンタクトを取らなかったのか?」

「私が赤沢先生から逃げたのと同じことよ。あいつの仕業と分かったなら、私は復讐の鬼となる。響歌に連絡をとって、倒そうとしたでしょうね。考える時間を与えたのよ。そして、私はあいつのねらい通りに、蘇りの奇跡という発想が浮かんだ。蘇りの奇跡は光と闇の両方の力が必要となる。闇の力はイッヤーソンが持っていて、光の力は……」

「私たちが持っている」と姉が言った。

「なら、なんで私に言わなかったの?と言いたいけど」響歌さんは、澄佳の頭にあごをのせた。澄佳は重そうに目を細める。「澄佳をゾンビにするなんて、言えるわけないか。最悪の中の最善なアイデアとはいえ、それを許可するわけにはいかない。澄佳には悪いけど、私はゾンビになるぐらいなら、死んだままのほうがマシだもの」

「ふつーと変わらんから、私はどっちでもええわ」

「いや、よくないでしょ、生きてるほうがいいよっ!」

「それで」と響歌さんは話を続ける。「頃合いを見てイッヤーソンが姿を現して、『闇の力を提供します、その代わりに蘇りの奇跡を教えてください』と取引をしてきたのね」

「ええ。そして、小物界の大物らしく、教えたら、用済みとばかりに裏切った。私をフランジェルカに会わせないよう、ホテルに監禁してしまった」

「そこを俺が助けた」

「ヤクザさんのご活躍で、コテンパーンとなったイッヤーソンが暴走。大暴れして町をあのような惨状にしてしまった」

 あのような惨状と口にした美桜の目線は、50インチ以上ある大型テレビに向けられていた。


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