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14・ごめんなさい


 黒魔術研究部。

 本やダンボール箱が乱雑に散らかった、部室というよりも、不要物置き場となっている狭い室内だった。

 その真ん中に、不自然なぐらいになにもないスペースがあった。

「アルフ、グヴォフ、ツゲーッテ!」

 指を素早く動かしながら、まじないめいた言葉を叫んだ。発音が聞き取れない。英語でも、どこの国の言葉でもない。俺たちの知らない世界の言語だった。唱えるにつれ、スペースから魔法陣が浮かび上がってくる。

 中心部から光が上がっていき、周りにあった本などが、鳥のように羽ばたいていく。

 光り輝く魔法陣から、人の姿が現れた。

 ショートカットの丸顔をした、黒セーラー服姿の少女。

 両手を胸で組んで、静かに眠っている。

 澄佳だ。

「光と闇が合わしし力よ!」

 日本語に切り替わった。どこから出したのか、美桜の両手には炎が浮いていた。

 黒と白の炎。

 意味ありげな言葉を発しながら、両手を合わせて2つの炎を一つにする。輝きが大きくなった。

「今ここに澄佳の魂を甦らせたまえ!」

 澄佳にむかって放った。

 光が爆発した。

 音もなく、世界を一瞬で消し去るかのような白い光が全体を襲った。

 失明しそうなほどの激しさに、思わず目をつぶった。確認できるのは、美桜のシルエットぐらいだった。

 静寂。

 徐々に光が消えていった。

 バタバタと物が落ちる音がした。

 ゆっくりと視界を開けた。辺りは薄闇。魔法陣から発していた光は消えていた。宙に舞っていた本が床に落ちている。黒魔術についての本ではなく、オースティンなどの図書館に置いてあるような文学書だった。竜巻の後のように、飛び回った物が滅茶苦茶に散らかっていた。

 澄佳が眠るところだけが、なにも落ちていなかった。

「すみ……」

 近寄ろうとすると、美桜が手を出して制止した。

 俺たちは黙って、澄佳を見つめる。

 目。

 静かに開いた。何度か瞬きをする。

 澄佳の上体が、ゆっくりと上がった。

 不思議そうに、目をパチクリとさせながら、自分の両手を眺める。手のひらを開いたり閉じたりと動かして、自分が生きているのを確認している。電源が入ったばかりのロボットのようだった。ここが部室だと把握してから、傍に人がいるのに気付いた。

 俺と美桜のことを交互に見ていく。

 目の前にいる相手が誰なのか分からない。そんな混乱は直ぐに収まり、俺たちに無邪気な笑顔を見せて、何かを言おうと口を開いた。

「ごめんなさい」

 その前に、美桜が抱きしめた。

 力強くも、傷つけないように、優しく。

「ごめんなさい」

 もう一度、謝った。澄佳は、驚きながらも、彼女の謝罪の意味を理解して、笑みになった。

「ええよ」

 片方の手を、美桜の背中に回した。優しく撫でていく。

 澄佳がこっちを向いた。死体のように青く染まった顔。子リスのようなクリッとした双眸は、間違いなく俺の姿をとらえているが、その瞳からは生命力を感じられなかった。

「お兄ちゃん」

 だが、澄佳は喋っている。生きている。ひなたぼっこをする子猫の鳴き声のような、のんびりとした声は、俺の知る澄佳と全く変わりない。

「澄佳。久しぶり、ということもないな」

 二週間ぶりだ。発育が遅いのか、中学生というにはまだ幼い体格で、女らしくなったという感じがしない。だが、血は血なのを証明するように、姉の面影が強くなってきている。

「相変わらず、かっこええなあ」

「いくらでも惚れてくれ」

「のーみそ食べたくなってくるで」

 冗談かと思った。けれど、澄佳は冗談をいうのが苦手だ。言うにしても、言うまえに、プッと笑ってしまうタイプだ。

「俺の脳みそが美味しそうに見えるのか?」

 そっと、村雨の柄を手にする。

「なんでやのか、わかんないんだけどな。食べてええんか?」

「澄佳がどうしてもというなら、と言いたいところだが、お兄ちゃんの脳みそは1つしかないんだ。死んでしまうから駄目だ」

「そっか、残念やな」

 残念でなさそうに言った。本気なのか、冗談なのか分かりかねないが、外を徘徊していたゾンビのように脳みそを欲しているなら、美桜の脳に食らいついているはずだ。

 いや、主人だから、そういうことをしないのかもしれない。

「さてと」村雨を抜いて、切っ先を美桜に向けた。「これはどういうことだ?」

「見ての通りよ」

「妹はゾンビなのか?」

「そう見えるなら」

「脳みそを求めているぞ」

「大丈夫よ。そのための脳みそジュースが闇の世界にはあるの。トマトジュースを飲む吸血鬼のようなものだけど、悪くないわよ」

「俺は真面目に聞いているんだ」

 美桜は、澄佳から離れる。すっと立ち上がって、俺の方を向いた。

「別に冗談を言ったわけじゃないんだけどね」

 手で、顔についた髪を払った。

「澄佳は死んでいるのか?」

「今は生きている」

「肉体は?」

 黙る。しばらくして、

「死んでるわ」

 刹那。村雨を斬りつけた。

 すれすれ。当たってはいない。髪の毛を、かすった程度だ。細かな髪がはらはらと散った。

 彼女の表情は変わらない。恐がりもしない。ただ、じっと俺のことを見ている。

「次は本気で斬る」

 刀を美桜の額に近づけた。

「冗談じゃなさそうね」

「本気さ」

 先端を当てた。血。小さな球体が盛り上がると、それがツーッと垂れていった。

 可愛い顔が傷ついても、彼女は動じなかった。

「姉貴がいなくてよかったな。妹の死を知ったら、問答無用にあんたを殺していた」

「だから響歌は、検査すると言って、赤沢先生をここに来させなかったのよ」

「あの人は、このことを知っていたのか?」

「くせ者よ。あの女を甘く見ない方がいいわ」

 美桜の動向から、澄佳が死んでいることを、薄々感づいていた。だから、姉貴をここにやらなかったというわけのようだ。

「じゃあ、姉の代わりに俺がやろう」

「生き返らしたわ」

「ゾンビは生きているとはいわない」

「だから、私を殺すわけ?」

「落とし前をつけさせてやる」

 刀を戻す。腰を曲げ、両足に重心をかけ、斬りつける体勢を作った。美桜は表情一つ変えずに、俺の動作を見つめている。

「お兄ちゃん、ダメ」

 澄佳が、美桜の前に来る。両手を伸ばして、彼女を庇う。

「澄佳はそれでいいのか?」

「うん」

「こいつのせいで、おまえはそうなったんだぞ」

「わたしは、生きてる」

「生きてない。おまえは死んだ。ゾンビになったんだ。それを、許せるのか」

「許せる」

 即答。真摯な目をしていた。

「なぜだ?」

「美桜ちゃんは、わたしの、大事な、お友達。もしお兄ちゃんが、美桜ちゃんを斬るなら、そのまえに……」

 真剣な顔になる。

「わたしを斬って」

 言い切った。

 美桜は言った。澄佳は大事な人だと。澄佳は言った。美桜ちゃんは大事なお友達だと。だから許せる。なにをしようが、なにをされようが、許せる。

 姉貴と響歌さんとの関係と重なった。あの二人は、友達、恋人という関係を超えていた。

 二人でひとつ。

 俺の入る隙間がないほど、強い絆ができていた。それは中学時代から、十年以上経った今日まで、ずっと続いていることからして、本物であることを証明している。

 この二人も、いずれはそうなるのだろうか?

 分からない、だが。

「分かった」

 俺は殺気を解いて、村雨を鞘に戻した。

「許したわけじゃない。イッヤーソンを倒すのに必要だから、生かすだけだ。もしも、裏切ることがあったなら……俺はおまえを殺す」

 多くの人を怯えさせたヤクザの恫喝。

「その時が来るのを楽しみにしているわ」

 それを美桜は、ジョークを聞いたように軽口で返して、額から出た血を指で拭って、暫くそれを眺めてから、ペロッと舐めた。


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