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13・私の大事な人を殺したわ


 暗雲とした空から、少しずつ光が差し込んでくる。月だ。狼男に変身できそうな見事な満月だった。

 うっすらとした明かりの下。二メートル近くある校門を登り、両足そろえて飛び降りる。体がよろめいた。続けざまに、美桜が上からタックルしてきたので転びそうになる。

「なさけないわね、それでもヤクザ?」

「ヤクザはサイボーグじゃないんでね」

 休んだとはいえ、体力は二割ほどしか回復していない。歩くだけでも膝が笑う状態なのを、気力でカバーしていた。

「校内にゾンビはいないだろうな」

 動く体力はあっても、戦う体力までは残っていなかった。できることは小学生並のスピードで逃げることぐらいだ。頼りたくはなかったが、レベル99の姉貴が付いてくれた方が心強かった。

「大丈夫と思うけど、いたら応援を呼べばいいわ」

 車の前に佇む三田村さんのほうを向く。彼は見張り役だった。俺たちが見ていることに気づくと、グッドラック、と手をあげた。逆の手は携帯電話を耳につけている。ゾンビを捜索している部隊から、報告を受けているようだ。

 それで、午前に姉に電話をかけてから、携帯をオフにしたままなのを思い出す。万が一のためにオンにするが、圏外表示。使用できなくなっている。

「故障か?」

「バカ。停電時に携帯が使えるはずないじゃない」

「三田村さんは使っているぞ」

「そういう携帯なんでしょ。彼がただの、青春を謳歌していたボロ車でドライブを楽しむ元刑事だと思って?」

「ただの美少女中学生ではない美桜ちゃんも、そういう携帯は持っているのかい?」

「携帯? なにそれ、って感じよ」

「今時、珍しいな」

「響歌は、金を出すから持っとけと、うるさいんだけどね。監視されるようで嫌なのよ」

「むしろ、あんたは監視されるべきだ」

「私ほど、無害な女はいないというのに」

「おまえのどこかだ。食えない女だぜ」

「食えない女というのは、響歌のことを言うのよ」

「響歌さんなら、食ってみたいものだな」

「そういう発想。ヤクザというよりチンピラ。いや、ただのエロガキね」

 ゆるい坂道を進んだ先に、野乃原中学校の校舎があった。最近塗装をしたようで、俺が卒業した頃よりも真っ白に染まっている。

「変わってないな」

「かび臭いわ、ガキ臭いわで、好きになれない場所よ」

「ガキ臭いのは、姫さんも一緒だろ」

「私はいいにおいがするので有名よ」

「どれ」

 俺が鼻を近づけると、ジャンプして逃げた。

「こっちよエロガキ」

 美桜は昇降口を通り過ぎる。

「中に入らないのか?」

「鍵がないのにどうやって?」

「壊せばいい」

「その必要はないわ」

 体を横にして、茂みと茂みの隙間をカニ歩きで渡る。小振りの美桜はステップするように進んでいくが、体格のでかい俺は枝がチクチクと刺さって痛かった。コンクリートの校舎の壁に突き当たる。土に、雑草が所々に生えていた。俺たちは壁沿いに歩いていく。

 右に曲がる。廊下の窓ガラスが並んでいる。美桜が、小声でなにかを呟きながら、手をかざすと、窓ガラスの鍵が小さく光り、自動ドアのように横にスライドしていった。

「入るわよ」

 土足であがった。

 薄闇の廊下は、非常口のランプが不気味に光っている。

「懐かしいな。肝試しのとき、こうやって窓から入ったものだ」

 小声だったが、廊下中に響き渡った。

「トイレいっていい? 花子さんに挨拶してくるわ」

「羨ましいぞ代わってくれ、と伝えてくれ」

「そんな趣味を持っていたら、随分と印象が変わったでしょうね」

 トイレを素通りして、階段を上がっていく。

「おまえ、いつも忍び込んでるだろ」

「黒魔術研究部をやっているからね。黒魔術をするのは夜に限るわ」

「夜のほうが、魔術が強力になるとか、あるのか?」

「雰囲気よ」

「澄佳となにをやってる?」

「黒魔術。といっても、危険なのはしてないわよ。んなことしたら、あなたのお姉さんが怖いし、私の正体がバレたらバレたで……ね。やっていることといえば、なにもないところで火を出したり、害のない闇の生物を召喚したり、たまに大きな黒魔術をするといって、わざと失敗したり、その程度よ」

「そんなことして、なにか意味があるのか?」

「澄佳が、凄い凄いって喜んでくれるの」

「それだけ?」

「材料集めも手伝ってくれるし万々歳」

「材料って、紙になって移動したり、俺の力を三倍にしたり、ああいうのか?」

「そうよ。方法を知っていようとも、道具が揃ってなければ何も出来ないもの。闇の力を失っている私にとって、黒魔術を学ぶのは死活問題。闇の王の娘であるおかげで、そういう知識はたっぷりと得ることができたわ」

「そんで、たっぷりとお騒がせすることになったというわけか」

「いっとくけど、今回の犯人はイッヤーソンよ。私じゃない。これだけは否定させて」

「あいつは何者だ?」

「闇の世界の小物界の大物。闇の世界の長老といえるほど長生きした魔物だけど、誰からも尊敬されず、幹部にすらなれない情けない存在よ。お父様が生きていた時は、影武者をやらされてたわ」

「影武者?」

「あいつの能力は、生物の体の中に入り込んで、好き勝手に操ること。お父様そっくりな人形をコテンパーンにして、その中に入って偉そうな態度を取っていたものだわ」

「なるほど、そりゃ小物界の大物だ」

 四階。月明かりが廊下を照らす。美桜は、途中で足を止めると、くるりと俺の方を振り向く。

「イッヤーソンは私のところにやってきた。魔法少女めにガディス様の復讐を果たし、共に世界征服をしましょうとばかげたことを言ってきたわ」

「姫さんは断った」

「当然よ。別にあの二人に憎しみなんて持っていないし、世界征服なんて興味なかった。あいつは、それでもガディス様の娘ですかとバカにしたわ。そして、私ひとりでもやるので、死者を動かす方法を教えて欲しいと頼んできた」

「あんたは教えた」

「まさか。教えたのが私だとバレたら、私はフランジェルカに弁解無用に殺されるわよ。そもそも私はイッヤーソンを嫌っている。平和を望んでいる。なにより、澄佳を危険な目にあわせたくない……はずだったんだけどね」

「あいつが、澄佳になにかしたのか?」

「ゲスな企みにまんまとハマッてしまった。蘇りの奇跡を教えざる得なくなった。そうするしか救いの道はなかったから」

「救い?」

「教えないなら、どうすればいい? 簡単よ。私に蘇りの奇跡を使わせればいい。そのような状況を作ればいい。そのためにイッヤーソンは……」

 廊下の突き当り。扉の前に、美桜は立つ。プレートではなく、ドアに『黒魔術研究部』とマジックで書かれた紙が貼ってあった。澄佳と美桜のディフォルメされた似顔絵が描かれてある。澄佳の絵だ。

「――私の大事な人を殺したわ」

 美桜はドアを開けた。


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