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「いちいち帰ってこなくていい。つうか帰ってくんな、むしろ死ね。保険が下りるから。」
マンションの一〇一七号室つまり我が家のドアを開けると、そこには丁度ハイヒールを履こうとしている母親の姿があって、その母親は私の顔を見た瞬間顔を歪めて憎々しげにそう言った。歪めてもなお美しいその顔がイラっと来る。
母は美人だ。無駄に美人だ。多分男だったら皆、すれ違った後振り返ってしまう程に美人だ。きっと父もその一人だったに違いないと思う。そしてそのまま惚れてしまったんだろう、愚かなことに。だから二人は結婚して、父は死んでしまった。本当に愚かって言うかただのバカだ。いやただのバカじゃ無くて筊金入りのバカだ。
まだ私が幼いころに死んだから、父が生きていた時の記憶なんて勿論ほとんど残っていないけれど、一つだけ、脳の奥で遠慮がちに佇んでいる映像がある。その映像では、燃える車の中で私とユリが泣いていて、父は頭から血を流しているのだ。そしてその父の身体を揺さぶりながら、半ば狂ったように叫ぶ母の姿。
父が死んだ時どんなだったか、親戚の人に聞いても皆口を濁すけれど、きっとこの記憶は事故のメモリーなんだと思う。そして父の最期のメモリー。
ただこの記憶にもおかしな点が二つあって、ひとつは父の顔がいつものっぺらぼうのまま再生されること、そしてもうひとつは母が父を揺さぶりながら泣いていることだ。もし本当に彼女にそんな人間らしい愛があったなら、私だってもう少しまともに育っていたさ。
そんな血も涙も無い、あるのは性欲ぐらいじゃ無いのかって感じの母親は、煌びやかな服に身を包んでしっかりと化粧をしていた。
もともと美しい彼女をさらに昇華させる化粧。
「ヤりに行くの?」
身に纏う妖艶な雰囲気で、何と無しに母親が今から男に抱かれにいくことが分かった。金と引き替えに自らの身体を捧げるなんて、私には全く理解出来無い。バカじゃねえのって感じ。
「あんたの為に稼いでんのよ。」
母は厭味ったらしい声でそう言った。
「あんたもさっさと金稼ぎな、女子高生の処女なんて死ぬ程高く売れるわよ。」
「そりゃあんたみたいな年増のクソババァよりかは高いに決まってる。」
「全くもって可愛く無いわね。」
「あんたよりかマシだよ。」
「媚び売って身体売って金稼いで来ることだけがあんたの存在価値だってこと、忘れんじゃ無いよ。」
鼻をふんと鳴らしながらそう言う母親は本当に死んでしまえばいいと思う。セックスのヤり過ぎて頭狂って死んでしまえ。あ、頭はもうとっくに狂ってるか。
「私は絶対にあんたみたいな女にはならない。」
そう吐き捨てて、靴を脱いで玄関から上がった。すれ違いざまに母親がバカにしたような声で「何言ってんの」と笑う。
「年食うごとにあたしそっくりになってる癖に。」




