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足の裏が痛い。ああそうだ私裸足のままで逃げ出してきたんだった。そんなことをぼんやり思いながら、走る。足の裏を襲う冷たさや痛みすらがぼんやりとしていて、頭の中を満たすのは空虚な絶望感だった。もうどうすればいいのか分からない。先が見えないんだ、一センチも、一ミリさえも。
お母さんはどんな気持ちで生きていたんだろう。辛い思いをして、娘に死なれて、娘に死ねと罵られて。そんな日々をどうやって生きてきたんだろう、今日まで。今日、首を切ってこの世界を捨てるまで。
ああ、足の裏が痛い痛い痛いよ。
誰か、誰かが悪になってくれれば生きるのは幾倍も楽なのに。誰かを恨んで済むのならば生きるのは幾倍も楽なのに。
「誰も悪く無いから、誰もが辛いんだよ」
そう呟いたタスクの声が、頭の中でぐわんぐわんと響く。頭が痛くて痒くて、ガリガリと掻き毟った。行き先も無く、這いつくばるようにただ足を進める。ぐるぐる、ぐらぐら。脳味噌が頭蓋骨のなかで暴れ回っているみたい。ふらふら、ふらふら。誰か耳の穴から手を突っ込んで私の脳味噌を抑え込んでくれ。
「あ、キリだ!」
ヒサの声。気がつくと私は公園の真ん中でうつ伏せに倒れていた。堰き止めていた何かが崩れて、激しく嘔吐する。内臓を吐き出すように。ぐるぐる、ぐらぐら。脳味噌ごと吐いてしまいたい。
「酷いことになってるねえ。」
ヒサはころころと笑いながら面白そうにそう言って、くるくる、くるくるとバレエを踊るように回り出した。広げられた両手が風を切る。それから楽しそうな口調で「どうしたの?」と問い掛ける。私はお前何でそんなに楽しそうなんだよとか突っ込む気力すら無く、事実をそのままに答えた。
「お母さんが、死んだ。」
ヒサはそれを聞くと、ぱぁっと顔を綻ばせて、
「よかったじゃん、嫌な奴だったんでしょ?」
ああ、そうだ。確かにお母さんが悪だったなら、お母さんに全ての責任があったなら、彼女が死んだのはとてもいいことだったんだ。いいことになる筈だったんだ。
だけど、だけど。
「悪いのはお母さんだけじゃ無かった、私も、悪かったんだ……。」
「……へぇ、そう。」
ヒサは私の呟きを聞くとつまらなさそうな目で頷いて、それから「ああそうだ」と声を上げた。
「いい提案があるんだけど。」
「……何?」
「今からちょっと入れ替わってみない? ヒサと、キリ。キリと、ヒサ。」
思考が停止した。ついでに脳味噌も停止して、ぐるぐるぐらぐらと吐き気が治まる。
「ねえ、いいでしょ?」
ヒサは急かすように私の手を持って身体を起こそうとする。
「うちの家族、優しいし。きっと楽しいよ。」
ヒサの、家族。そこにはきっと、私が今まで手に入れることの出来無かった温かな家庭って奴があるのだろう。優しいお父さんと優しいお母さんと優しい姉ちゃんと、優しい彼らの歪みの無い愛情。今まで私が憧れ、どうして私だけが手に入れられないんだと嘆いた普通の幸せって奴が。
だけど、だけど。
その選択肢を選んじゃ駄目、と誰かが叫んでいるような気がした。それは逃げでしかないから。ユリの死も、お母さんの想いも、全て無駄にしてしまうことになるから。温かさは自らの手で手にしなくてはいけない。だから、それは駄目。駄目。耳の奥で響く叫び声。
私は引鉄を引くように口を開いた。
「いいよ。」
口を開いて、全てを捨てた。




