『桜川、白妙の梨 〜過ぎゆく季節と、止まらぬ流れ〜』第10話:白い梨の花 完結
梨の花が咲くたび、記憶は蘇ります。雨の墓参りで、沙織が聞いた「声」とは。
夜勤明けの病院を出ると、抜けるような青空が広がっていた。 久しぶりに仰ぎ見る空に、張り詰めていた心が少しだけ解けていく。 ナシ園では、今まさに白い花が満開の季節を迎えていた。
沙織は、二十年前の入学式を思い出していた。 母と撮った写真を片瀬のおじさんにLINEで送ったこと。そして、一面に広がる白一色の梨畑を見て、「この白衣のような花の中で、医師になるんだ」と決心したこと。 母は今、その梨畑のすぐ傍にある墓苑で眠っている。
昨年のお盆は忙しさに紛れて来られなかった。 次の日曜日、沙織は雨の中を墓地へと向かった。 傘を差しながら供花を新しくし、線香に火を灯そうとする。だが、湿り気のせいか、何度カチカチと音を立てても火がつかない。
焦り、苛立ち、ついに手が止まったとき。 「沙織、あなたは一生懸命に走りすぎたのよ。少しお休みなさい」 雨音に混じって、母が泣きながら語りかけてきたような気がした。 頬を濡らす雨が、母の涙に思えてならない。沙織はこらえきれず、その場に崩れ落ちるようにして声をあげて泣いた。
後日、沙織は病院に長期休暇を届け出た。 行き先は、生前に母がずっと憧れていた音楽の都・ウィーン。
それからしばらくして、片瀬の元に一通の手紙が届いた。 消印はオーストリア。 そこには、あの雨の墓参りのこと、そしてウィーンの空の下でようやく見つけた新しい心の平安が、柔らかな文字で綴られていた。 四月の終わりの、柔らかな風を感じさせる手紙だった。
ウィーンの空の下、彼女が見つけた心の安らぎ。長い旅の終着点を、共に見守ってくださりありがとうございました。




