第3話 握った剣が導く先
――帝国歴328年 帝国領西部 孤児院
孤児院の前に捨てられた赤子がジャンヌと名付けられてから、三年の時が経った。
三歳になったジャンヌは、この孤児院の中でもトップクラスのおてんば娘であり、ライアンがジャンヌと名付けた際に放った「初代剣聖様のように強く育って欲しい」という願いは、ある意味叶ったとも言える。
「ジャンヌ! 勉強の時間ですから、戻ってきなさい!」
「やだ! 私は剣聖になるんだ!」
ジャンヌは庭のど真ん中で木の棒を剣に見立て、剣聖になることを夢見ながら天へと掲げる。
すると曇天に包まれていたはずの空から光が覗く。一点の光はジャンヌへと降り注ぎ、ただの木の棒であるはずのそれが、光り輝いているように見えた。
「――」
ジャンヌを連れ戻そうとするシスターは、その光景を見て口が開いたままになる。
「戻りますよ」
しかし光り輝くそれが木の棒であると再認識した瞬間に、神聖さを醸し出していたジャンヌに対する認識がただの子供へと戻る。
「はぁい」
手を掴まれたジャンヌは、圧倒的な力の差を理解し、木の棒を手放して素直に従った。
しかし彼女たちが勉強部屋へと戻ることはない。
「シスター」
「ライアンじゃないですか!」
門の方から呼ばれたため、振り返ったシスター。
彼女の目線の先に居たのは、孤児院を卒業して帝国西部陸軍に所属しているライアンだった。
「久しぶり、ライアン」
「おう、久しぶりだなジャンヌ」
ライアンが孤児院を卒業したのが、去年の春。
それはジャンヌが一歳半程度の頃だったが、一番お世話していたのがライアンということもあり、彼女の頭の中にはライアンが色濃く残っていた。
「今日はジャンヌにプレゼントを持ってきたんだ」
「プレゼント!?」
ジャンヌはライアンからプレゼントがあると聞き、年齢相応に全身を使って喜びを伝える。あまりの喜び具合に、プレゼントを渡しても同じだけ喜んでくれるかと怯むライアンだったが、渡さないという選択肢は存在していないため、恐る恐る背中に隠していたプレゼントを渡した。
「これって……剣!!」
「ああ、実戦に使える剣だぞ」
「ライアン、ジャンヌはまだ三歳ですよ!?」
「剣聖を目指すのであれば、このくらいの歳から剣を握っていた方がいい。中途半端にやったところで、俺みたいになるだけです」
「……」
ライアンの自虐に、事情を知っているシスターは悲しげな表情を浮かべる。
事情を知らないジャンヌは、二人の会話に耳を傾けることはなく、手にしたピカピカの剣を輝いた目で見つめていた。
「それで、十一カ国連合との小競り合いは、やっぱり厳しいですか?」
「相手が民兵ってこともあって、消耗数で見れば帝国の優勢は揺るぎないけど、指揮官がなぁ……ってこれ以上は話せないです」
「指揮官ですか……帝国軍――主に陸軍はあまりにも中央主義が酷いですからね。戦場を知らない中央の人間が、地方の戦場を制することなんてできるはずがないのに……」
「シスターも軍に属していたことがあるんですか?」
「……昔のことですよ」
シスターは何処か遠くを見つめ、頭に浮かぶ過去の記憶を振り払って、再びライアンと目を合わせる。
「……徴兵が起きる兆候はありますか?」
「今のところはないと思います。未だ小競り合いの域は出ていないですから、徴兵するほど兵に困ってはいません。ですが、本格的に戦争が始まるとなると、確実に兵数が足りなくなって、徴兵令が出される可能性は限りなく高いです」
「やっぱりそうですか……ではジャンヌのことは、ライアンの思いも込めて、強い子に育てます」
「は、はい。お願いします」
ライアンは口から出まかせを言っていたことを思い出し、若干気まずい思いを味わうことになったが、その思いがシスターに届くことはなかった。今の彼女はジャンヌを剣聖とまではいかずとも、名を轟かせる剣豪にさせるために燃えているからだ。
「じゃあ俺は戻るので、ジャンヌをお願いしますね」
「はい、名前に恥じぬ剣豪に育て上げてみせます!」
シスターは未だに目を輝かせているジャンヌの手を引き、勉強部屋へと戻って行った。門のところで残されたライアンは、その背中を最後まで見守り続け、部屋に入ったのを確認した後、振り返った。
「……次に会える時は、俺より強くなっているかもな」
その呟きは田舎道に木霊し、誰の耳に届くことなく消えて行った。
――帝国歴338年 帝国領西部 孤児院
ジャンヌが剣を手にしてから十年近くの時が経った。その間、ライアンが孤児院を訪れることはなかった。しかし十年の時を経て、再びライアンは孤児院を訪れている。
「お久しぶりですね、シスター」
「……本当にお久しぶりです、ライアン」
シスターの対面に座るライアンだが、彼の顔はとても憔悴しきっており、以前の好青年のようなライアンは何処にもいない。シスターの前に居るのは、戦場を経験して精神をすり減らした兵士でしかない。
「それで、今回はどういったご用件でしょうか?」
「……十一カ国連合との戦争が始まりました」
「……そう、ですか。ではこの孤児院に来た理由は」
「はい、徴兵令が敷かれる前に、ジャンヌを戦時特別試験に受けさせたくて来ました」
「本人にも聞いてみましょう。居るんでしょ、ジャンヌ」
「……久しぶり、ライアン」
「久しぶりだな、ジャンヌ」
椅子に隠れていたジャンヌは立ち上がり、ライアンの姿を目にした。
彼女の記憶に残るライアンの姿とは大きく変わっており、少し寂しく思うジャンヌだったが、ライアンに会えた喜びの方が勝っていた。
「私は受けるよ」
「……いいのか? 勧誘しておいてなんだが、戦場は厳しいぞ。俺を見たら分かるだろ」
「……うん。それでも、私は戦場に行く。なんたって、ライアンにジャンヌって名付けられたんだもん!」
「……そうか、じゃあ明日には出発するから、準備と別れを済ませておいてくれ」
「明日は急すぎま――」
「大丈夫だよ、シスター」
あまりに急過ぎることに対して、シスターが食って掛かろうとしたが、ジャンヌが手を出して制す。
そしてジャンヌは部屋を後にし、子供たちへと別れを告げに行った。
「……戦場はそこまで過酷ですか?」
「十年前も話したのかもしれませんが、指揮官が酷すぎて、勝てる戦場でも敗北することが多々あり、兵の士気は低下の一途をたどっています」
「そうですか……私は応援することしかできませんが、二人が生きて返ってくることを願っています」
「……ジャンヌはきっと生きて返します」
「……」
シスターは「貴方は?」と口に出そうになったが、あと少しのところで呑み込んで、口にすることはなかった。
その言葉は、ライアンの口からは聞きたくない言葉が返ってくる引き金になりかねないと、心の底に押し込める。
「……じゃあ俺は村の宿に泊まるから、明日の昼頃にまた来ます」
「一日くらい、ここに泊っても――」
「俺の顔は、子供たちに見せるべきではない。本来、ジャンヌにだって見せたくはなかった」
ライアンが振り返ることはなく、そのまま孤児院の敷地内から出て行ってしまった。
「ライアン……」
シスターのその言葉が誰かの耳に届くことはない。
遂に戦争が始まります。
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