第二話・現世界もなかなか悪くない
マドカたちは、歩道に面した建物の壁に開いていたトンネルから現世界に出てきた。
マドカたちが出るとトンネルは閉じて、ウィンドウガラスと壁に変わる。
トンネルの出口が開いていた場所の、壁や歩道には血痕や肉片が飛び散っていた。
マドカが呟く。
「呪法師……こちら側からも、現世界人が異世界に入ってこられないように、呪術をかけていたのか」
男ドルドルが言った。
「これから、どうする?」
「どうしよう……呪法師を探すにしても、住む場所は必要だし」
マドカたちが、困惑していると一組の老夫婦が、異世界の格好をしたマドカに話しかけてきた。
「すみませんが、そこのお姉さん……この地図の駅にはどう行けばいいのか、わかりますか?」
マドカが、自分たちは異世界人だから、わからないと言おうとして、地図を見た瞬間、マドカの頭の中に駅までの道筋が現れた。
「その駅なら、ここをまっすぐ行って……最初の信号を右に曲がって横断歩道を渡れば……」
すらすらと、説明したマドカに頭を下げた老夫婦は、教えられた道を駅へと歩いて行った。
聖女ユーロが、マドカに訊ねる。
「なぜ、道を知っていたのですか? あの老夫婦、レザリムス語を喋っていましたね……どうして?」
「わからない、自然と口から出てきた……初めて来たはずの現世界なのに、知識が勝手に頭の中にある」
歩道で立ち話しをしている異世界服装のマドカたちを見ても、誰一人として騒がない。
彼女たちが、剣を保持していても、まるでスマートフォンでも持っているのが当たり前のように、誰も気にしていない。
数歩歩いたマドカの足から、ピコピコと音が聞こえてきた。
「呪いは現世界に来ても解けていないか」
これから、どうするかマドカたちが思案していると。
ちょっと個性的な格好をした、おっさんが話しかけてきた。
「やっと、来たか……待ちくたびれたぞ」
メキシカンヒゲを生やして。
『ザマァされた』と墨字プリントされた白いティーシャツと。
膝上丈までのハーフパンツを穿いてビーチサンダル姿の男が、焼きイカを食べながら、ボストンバッグを担いで立っていた。
串刺しされた焼きイカを食べる、メキシカンヒゲの男が言った。
「どうして、誰も現世界人が異世界から来た者を見ても、気にしていないのか不思議そうな顔をしているな……説明しよう」
男は、すでにこの現世界が呪法師たちの〝認識変換結界〟に包まれていて、異世界から現れた者や生物を見ても動じなくなっていると説明した。
「すでに、何十年も前から呪法師たちは、この世界を統治しているんだよ……別に侵略とか支配をしている感覚は、呪法師たちにはないがな」
異世界の呪法師たちは、現世界の人間とも仲良くやっている方が、有益だと判断したらしい。
マドカが、メキシカンヒゲの男に質問する。
「おっさんも呪法師なのか?」
「いや、オレは魔法使いとか魔導師といった類だ……呪法師たちとは交流があるから、異世界から来る者をサポートするために協力している……オレのコトは〝魔法使いのおっさん〟と呼んでくれ」
男ドルドルが、自称魔法使いの男に訊ねる。
「じゃあ、おっさんの力なのか? わたしたちの頭の中に、現世界の知識がインプットされているのは?」
「ここで生活するのに不便しないようにな……おまえの、かけられた呪いのコトもペイペイから聞いて知っている……例えばこんな風に」
いきなり、魔法使いのおっさんは男ドルドルに抱きつく……ドルドルの姿が女性に変わり、カラクリ細工された甲冑も女性体型の甲冑に変化する。
女性になった女ドルドルが、自分の手を見て言った。
「あぁ、女の姿に……気をつけないと呪いが発動する」
魔法使いのおっさんは、担いでいたボストンバッグの中から、色違いのポーチを取り出して三人に渡して言った。
「そのポーチの中にある、財布と小銭入れに、望めばこの世界で必要な分の金額が自動で現れる……なーに、心配するなどうせ、特殊詐欺グループが人を騙して得た金や、政治資金の裏金や、表には出せない闇組織の金だ……好きに使え、金銭自体に善悪の区別はない」
魔法使いのおっさんが言った。
「とりあえずは、現世界に来たコトを祝って、そこのファミレスで食事でもするか……あのファミレス店は、配膳ロボットが料理を運んでくる」
◇◇◇◇◇◇
マドカとおっさんはファミレスに入る……店の入り口で、ドルドルが必死にマドカとユーロに抱き締めてもらいたいと哀願するのを、なぜかおっさんは阻止する。
座席に案内されたマドカやおっさんが普通にイスに座ったのに、女ドルドルだけは、なかなか座ろうとしなかった。
おっさんが言った。
「いつまで、そうやって逃げているつもりだ……ここは現世界だぞ、公共の交通機関を使う必要性も出てくる……呪いから、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」
女ドルドルが、空気イスに座るように、ゆっくりと腰を下ろす。
数センチで尻が、イスに接触する時にドルドルが言った。
「絶対に笑わないでくれ……頼む」
ゆっくりと腰を下ろしたドルドルが、何事もなく安堵の息を漏らした……その時、ドルドルのお尻から。
プウゥゥゥ──というブーブークッションの音が聞こえてきた。
赤面したドルドルが慌てて否定する。
「ち、違うんだ! オナラじゃないんだ! 女性の姿の時だけ発動する【ブーブーの呪い】なんだ! 信じてくれ、くッ殺せ」
動揺したドルドルは、さらに意味不明な言葉を口走る。
「わたしと一緒に屁を、漏らしてみませんか? うわぁん」
テーブルに顔を伏せて泣き出すドルドル。
呪いをかけられた者同士「うんうん、その気持ちわかる」と、互いを慰めあった。
やがて、注文した料理を配膳ロボットが運んできた。
《ヘイッ、いらっしゃい! ノーモア映画泥棒……さっさと、料理を取りやがれ、べらんめぇ》
どうやら、どこかの映画配給会社とタイアップしているらしく、ロボットの顔面や胴体に映画の予告映像が流れる。
料理を食べながら、マドカが魔法使いのおっさんに質問する。
「呪法師のペイペイが、どこにいるのか知っているのか?」
「知っていても教えられねぇな……ペイペイも、この世界での生活を楽しんでいるから……教えない約束をしたからな……これは、ペイペイが考えた遊びのゲームだ」
「迷惑なゲームだな」
ドリンクバーから持ってきた飲み物を飲みながら、ユーロが続けて質問する。
「わたくしたちは、この世界のどこで、夜露をしのげば良いのですか? 高級ホテルに連泊しても良いのでしょうけれど……現世界に慣れるためには、一般庶民の家にホームステイした方が」
分厚いステーキ肉をナイフで切りながら、魔法使いのおっさんが言った。
「心配するな、それもちゃんと考えてある……現世界での身分証明とかの面倒なコトも気にするな……ポーチの中に入っている万能の魔法アイテム、スマートフォンでなんでもできる」
溶岩石で焼いた肉汁が滴るステーキ肉を食べながら、おっさんが言った。
「このファミレスを出て、おまえたちを見て腰を抜かしたヤツの家に転がり込めばいい……手はずは万全だ」