第十一話・第五の偉業【通学路の途中の家で飼われている猛犬ガルムに口輪をつけろ】
ある日──マドカたちは、ペイペイが居る学園長室に呼ばれた。
「難題の仕事だ……今度のは手強いぞ」
そう言って、出張シェフが焼いた、ぶ厚いステーキ肉を食べているペイペイは、切り分けた肉を口に運ぶ。
「最高級のフィレ肉ステーキだぞ……塩と胡椒だけで……普通に美味い」
マドカが口からヨダレを、流しながら言った。
「イヤミか! 庶民に対する当てつけか! さっさと難題を言え」
「【通学路の途中の家で、最近飼われている猛犬に口輪をつけろ大人しいさせろ】生徒たちに吠えるから困っている……この難問を解決してくれたら、切り落としの安いクズ肉で作った、薄い塩ダシのすき焼きをごちそうしてやる……ウズラの卵一個を特別に付ける」
「ケチ!」
◆◆◆◆◆◆
マドカたちは、通学路の家で飼われている猛犬について調べた。
「猛犬の名前は【ガルム】と、名付けられている……通り名は地獄の番犬、親戚の家で飼われていたけれど引っ越すので、あの通学路の家に二週間前に引き取られた」
ゲンがマドカの説明に突っ込む。
「地獄の番犬ってなんだよ……どうして、通行人に向って吠えるんだ?」
「獣医師の話しだと、まだ環境にガルムが、慣れていないせいかも知れないと」
ドルドルが入手してきた情報を喋る。
「一度だけ、前に飼われていた家で、深夜に泥棒が侵入した時に、鎖を引き千切って侵入者を半殺しにしたと……さらには、逃げた侵入を追って追って、牙を剥いて交番に引っ張っていって、突き出した都市伝説が残っている」
「ガルム……半端ねぇ猛犬だな、オレたちが通っている通学路とは、別の通学路だから……全然知らなかった、どうする?」
「あたしに考えがある」
◆◆◆◆◆◆
マドカたちは、次の日──学校をサボってガルムが飼われている家に行った。
家の門から庭を覗くと、子牛のように大きな黒い犬が、柵の中にある装甲板の犬小屋から、こちらを睨んでいた。
「なんか、あの犬、ヤバくねぇ……犬小屋も特製みたいだし」
ゲンの格好は、旧校舎でハト軍団と対峙した時の格好だった。
ただ、違っていたのは手にしているのは盾と刺股で、体に巻きつけているのは各種のハムやソーセージだった。
ゲンが不安しかない顔で言った。
「まさか、この格好でエサに釣られて油断したところを刺股で、押さえるとか言うんじゃないだろうな」
「当たり!」
「オレを殺す気か! この喉の所にある輪切りのボンレスハムはなんだ、体のどの部分にあってもヤバいぞ」
ゲンは股間にある、ウィナーソーセージを、刺股の柄尻で差して言った。
「とりあえず、注意して猛犬に近づいてはみるけれど……せめて、この部分はぶ厚い生ハムの塊に変えてくれ」
◇◇◇◇◇◇
ゲンは恐る恐る、ガルムに近づく……ガルムは、近づくゲンにさほど興味を示していない様子だった。
ゲンが、これならイケるかも知れないと思った時──立ち上がったガルムが、犬小屋から一歩外に出てきた。
「鎖に繋がれていないじゃないか! ヒィィィ!」
ゲンの体がマトリョーシカのように、後方に次々と小さくなって……また、元に戻ってゆっくりと後退した。
◇◇◇◇◇◇
ゲンの家でマドカたちは、作戦の立て直す。
ゲンが言った。
「だいたい、猛犬に素手同然のあんな軽装で、立ち向かうのが最初から無謀なんだよ」
マドカが部屋の中を、ピコピコ歩き回りながら言った。
「だな……あたしもそう思う」
胡座をかいたドルドルが言った。
「麻酔銃で、麻酔を打ち込んで眠らせてから近づいて、口輪をするとか」
「麻酔銃なんて、どこにあるんだよ……第一あの犬に麻酔が効くかどうかも怪しい」
イスに座ったマドカが頭を掻く。
「万策尽きた感があるな……犬より強い動物でも連れて来るか、ライオンとかクマ番長とか」
「クマ番長は人間だぞ、優しい番長があの地獄の番犬を倒せるとは思えない」
ユーロが部屋の窓から、フランが散歩に連れていく、愛犬のペソを見て言った。
「わたくし思いますに、ペソをガルムにぶつけてみたらどうでしょうか? 同じ犬ですし」
「あんな大人しい老犬をか? 意味ないんじゃないか」
他の方法を思い浮かば無かったマドカたちは、鐘暮家の愛犬ペソを借りて猛犬ガルムと対峙させてみるコトにした。
◆◆◆◆◆◆
鎖を引いてガルムが飼われている家に近づくに連れて、何かを察したペソの足取りが早まる。
ガルムも何かを察したのか、吠える声が聞こえてきた。
そして、対峙する二匹の大型犬……両犬とも微動しない睨み合いが続いている。
犬同士の緊迫した時間が続く。
心なしか地獄の番犬の異名を持つガルムの方が、少し怯えた感じで尻尾を股の間に入れて、一歩後退したようにゲンの目に映った。
ゲンが呟く。
「まさか、これは……」
ゲンの脳内に犬同士の会話が浮かぶ。
闘気のようなモノが両犬の体から、吹き出しペソの巨大な闘気にガルムの闘気が押されていた。
ペソ「連れてこられてみれば、少し調子に乗った若造だったか」
ガルム「あ、あなたさまは……まさか伝説の」
ペソ「それ以上言うな……今は引退して余生を送る老犬の身だ、今の時代……人間に牙を剥くなど愚犬の極み、予防接種をしてもらい、エサを食べられるだけ……ありがたく思え」
ガルム「おっしゃる通りです、少し環境が変わって粋がっていました……以前の飼い主のところでは、よく頭を撫でてもらえたので」
ペソ「そうか、ならば通学路の生徒に吠えて牙を剥くのをやめよ……さすれば、頭を撫でてくれる者も現れるであろう」
ゲンがそんな犬同士の会話を妄想していると、ガルムは少し尻尾を振った。
そこへ、現在のガルムの飼い主が帰ってきた。
「あら、ガルムの友だち? よろしくね」
頭を撫でられたペソが尻尾を振る。
それを見たガルムが、腹を見せて寝転がった。
犬の服従のポーズだった。
ガルムの飼い主の女性が言った。
「あら、ガルムがこんな格好をするなんて? よしよしよし」
腹部を撫でられて喜ぶガルム……そこには、すでに地獄の番犬の姿は無かった。
続けてガルムを飼っている家の男性主人が帰ってきて、腹部を撫でられて喜んでいるガルムを見て驚く。
「なんだ、ガルムが妻に懐いている……それじゃオレも」
ガルムを撫でようとした旦那に、ガルムは牙を剥き出しにして唸って、触られるのを拒絶した。
泣きそうな顔になる飼い主の旦那。
「なんだよぅ、なんでオレに牙を剥くんだよぅ」
ゲンはまた、脳内で犬の言葉を聞いた。
ガルム「触るな人間! オレはおまえを、正式な主人とは認めていない! おまえの序列はオレより格下だ自惚れるな!」
◆◆◆◆◆◆
翌日──学園長室でマドカたちはペイペイから、ペソを連れて来るように言われた。
学園長室に連れてきたペソに、ペイペイは犬用のステーキをごちそうした。
柔らかいステーキ肉を食べている老犬を、ペイペイは目を細めて眺める。
「美味いか……そうか、よしよし」
そして、マドカたちの方には、冷えた四本のネギマ串が乗った紙皿を差し出す。
「おまえたちには、それで十分……食べた後の串は捨てるなよ、焼き鳥屋に持っていって買い取ってもらうから」
「ケチ」




