アクト!!! 本編#2
翌日、杏珠は机に向かって作業をしていた。そのいくつか隣の椅子には、1人の教師がなにやら書類を見ている。
ガラガラ。ドアがあくと、昨日の新入生が3人、そろって入ってきた。
「!?新入生…。予想外。ああ、好きなとこ、座って」
「「おはようございます」」
「おっおはようございますっ」
柊と月の挨拶に、こころも続く。もう一人、この場にいるのだが、それに触れることなく、杏珠は話し始める。
「…おはよう。入部、考えてくれた?」
「まあ、前向きに」月が応え、柊とこころは共にうなずく。すると、杏珠は安堵したような表情になった。
「良かったぁ。ああ、紹介するわ。あの人が顧問よ」
「!?」
どうやらこころは気づいていなかったようだ。
「先生。仮入部の新入生です。…先生?」
「…っ、ああ。(慌てて席を立つ)顧問の只見です。普段いることは少ないけど、よろしく。名前、聞いてもいいか?」
月、こころ、柊の順にそれぞれ自己紹介をすると、
「舘崎さん、良かったなぁ。3人も入ってくれて」
「はい、そうですね」
名前を間違えられるのはいつものことなのだろうか、杏珠は冷たく返答するだけで訂正はしない。
「悪いが先生、卓球部の方へ行かなければ。鍵頼んだよ、先輩」
只見は、杏珠の肩を軽く叩き、そのまま部室をでていった。杏珠は、嫌そうな表情をしている。
「つくづく思うのだけど…あの人、何個顧問兼部してるのかしら?」
「忙しいんですね」
「演劇部の優先順位が低いのよ。たぶん」
こころの言葉に、反論する杏珠。杏珠は只見のことを全然信用していないようだ。
「立石先輩、聞きたいことがあるのですが」
月が空気を変えるべく、話しかける。まあ、これが本題でもあるのだが。
「…何?」
「この部活、部員は何人ですか?」
「昨日で全員。3人よ」
「でもっ昨日優美先輩が…」
ここでこころも話に入る。
「4人、とおっしゃっていましたよね?そのうち3人が3年生だと。どういうことですか」
すると、杏珠はふと考え、1つの人物にいきつく。
「ああ…。響先輩のことか」
「響先輩?」
こころが聞き返す。
「響先輩は、去年にやめたの。優美先輩は、それを認めてないみたいだけど。この人」
杏珠はスマホで1枚の写真を見せる。大会時の写真だろうか、指差す先には1人の男子生徒が映っている。
「!?響先輩!」
「知り合い?」
これまで黙っていた柊がいきなり声をあげ、それに杏珠が反応した。
「…中学の先輩です。憧れの人で。矢代先輩が引退した後も、相談にのってもらったりしていたんです。でも、去年から連絡取れなくなって…」
すると月がその名に反応した。
「矢代響さんっ。この高校だったなんてっ。彼は中学時代のとき…」
いきなり興奮気味になった月に周りはついていけない。
「月ちゃん、ストップ。えっと、有名人?」
こころは口を挟むと、ようやく我に返ったようだ。
「ああ、すみません。そうですね、ですが伊吹さん、あなたのほうが詳しいのでは?」
話をふられ、柊が話し出す。
「たぶん、その様子だと子翠さんのほうが詳しいそうけど…。矢代先輩は、中学の先輩で…。部長もされてて。背が高くて男の僕から見てもかっこよくて。実力もすごくて…女子からはモテモテだったし…」
「へぇ」
と、こころ。
「…。あと、響先輩のことは、優美先輩の前であまり話さないほうがいいわよ。響先輩、急に部活来なくなって、一方的に退部届優美先輩につきつけて。2人とも付き合ってるんか、って感じだったのに」
杏珠が少し気まずそうに言う。
「「え…?」」
「なんか重い事情がありそうですね。承知しました」
困惑している柊とこころの横で、月は然りと頷いた。
ブー、ブー。そのとき、スマホのバイブ音が鳴り響く。卓上にあった杏珠ものだ。
「えー、そういうのは早く言ってくださいよ…」
スマホを見て、なにやら杏珠は不満そうだ。
「どうかしましたか?」
月の質問に、杏珠は応える。
「せっかく来てくれて悪いけど、今日先輩2人これないんだって。私が説明することもないし、今日はお開きにしようか」
そのまま各々、席を立ち、部室を出る。杏珠が施錠し、解散になった。
ザザー、ザー。
こころは昇降口にいた。外は結構激しい雨である。
「えー、嘘でしょ…。傘持ってないんだけど…」
他3人と別れたこころは、図書室へ。そのまま読みふけってしまい、時間だと司書に追い出され、帰路につこうとした所、この雨である。先ほどは降っていなかったのに。
「はぁ…走って駅まで行くかぁ」
そのとき、音もなく隣にいた男子生徒が、無言で傘を差し出してきた。
「え?」
状況がイマイチ理解できずとも傘を受け取ってしまうこころ。
「…使って」
ただ一言、そう言うと、彼はカバンを頭に、走って雨の中へ行ってしまった。
「あれ?あの人…」
こころはしばらく彼が去っていった方を見つめていた。無言で傘を差し出してきたその人に、こころは見覚えがあった。先ほど杏珠が見せてくれた写真の中に、彼はいた。