青と赤の武者には探し物がある。
段々とわかってくるはず――
……地下135階。
青武者は探し続けていた。
時間をかけてひたすらに探し続けていた。
「こんにちは」
「おお、青武者さん、こんにちは」
青武者がこの階層に来てもう3年になろうとしていた。
―――――――――――――――
……地下5803階。
赤武者は探し続けていた。
屠った怪物は数知れず、目にも止まらぬ速さで駆け続け、疲労は極致に達していた。
それでも赤武者は探し続けていた。
―――――――――――――――
……ゴウンゴウンと、稼働音が鳴り響く。
闇の中、壁面のモニターは2人の武者を映していた。
「やっぱ無理だよ。もういいんじゃないかな」
「つい4年前にも聞いたな、まだ待て」
「そうだね、2人が諦めていないのだから」
「……ふぅーん」
少女は不満そうに愛剣を膝上で撫でている。
―――――――――――――――
……地下142階。
「おはようございます」
「あぁおはよう。青武者さん、昨日はありがとうねぇ」
「いえ、皆さんを助けられるのならば、私はいくらでも……」
青武者は限界が近かった。
煌々と地下熱線が降り注ぐ昼も、人々が寝静まった夜も、青武者は休むことなく探していた。
怪物から人々を守るため幾度も振るった刀は、すでに余力のない青武者から生気を吸い取った。
もう青武者がこの階層に来て8年が経つ。
青武者は、限界が近かった。
―――――――――――――――
……地下6298階。
赤武者は探し続けていた。
溶岩に覆われた大地を駆け――
凍てつく寒さの氷原を越え――
無数の怪物が潜む暗い海へ飛び込み――
鎧に覆われたその巨躯は延々と休息を求めたが、それでも強靭な精神は轟く気合を放ち続ける。
寡黙な赤武者が振るう刀からは、それでも熱い想いが迸る。
どれほどの苦難が襲いかかろうと、それでも赤武者は――
それでも――――
「――助けたいのだッッ!!」
―――――――――――――――
……ゴウンゴウンと、稼働音が――
――――鳴り止んだ――
少女が愛剣とともに立ち上がる。
「――時間切れ」
「…………」
「……仕方ない、か。これ以上の放置は本当に取り返しがつかないからね……」
2人からの制止がなかったことに、少女は喜びに満ちた声を上げた。
「じゃあ約束通りでいいよねっ、私が君たちに協力した対価っ、殲滅砲を撃つ前に青と赤、2人の神威武者と本気のころしあいっ!」
「……2人も承諾した話だ、好きにしろ……長きに渡るこれまでの助力、感謝する」
「そうだね、レクイエムの聖域がなければ民は怪物たちに惨殺されていたよ。あとはせめて殲滅砲で苦しませることなく……」
シャッ――――
カーテンが引かれ、途端に眩い光が差し込んだ。
「祈りの静寂、だっけ?もういいよね、窓開けちゃうよー」
「まさか飛び降りるつもりか……?」
「もっちろんっ」
ゴウッ――――
気圧差により、勢いよく開かれた窓へ強烈に空気が流れ出す。
――殲滅砲搭載型多世界航行艦・レクイエム
そのモニター室の窓に飛び乗る少女。
「圧縮音も止んだし殲滅砲はいつでも撃てるだろうからっ、もし私が負けたらぶっ放しちゃってねっ」
「おいっ、いきなり艦長がいなくなって大丈夫なのかっ?」
「もんだいなしっ、副長ちゃんでも聖域をちょっと維持するぐらいはできるからっ。ま、そんなにかかんないよっ、私最強だもんっ」
「…………」
「――ごめんね、全能じゃなくて」
「……っ、いや、俺は――」
管理者が顔を上げたとき、すでに少女の姿はなかった。
「はぁ……未熟だな、俺は」
「兄さん、まだ管理者としての仕事は残ってるよ」
「ああ。レクイエムまで動かしてこの始末、神界からの永久追放は確定だろうが、それでもやり通さなければ――」
―――――――――――――――
……地下231階。
青武者は探し続けて、探し続けて――
「こんにちは」
「こんにちはっ、青武者さんっ」
――少女に出会った。
終わりを、悟った。
―――――――――――――――
ただ広大で、荒廃した大地。
少女と青武者、抜き身の剣と刀。
「――ねぇ、青武者さん」
「はい」
「どうして鍵を探そうと思ったの?」
「人々を助けたかったからです」
「どうして助けたいの?」
「人々の笑顔が私にとっての幸せだからです」
「どうしてそれが幸せになるの?」
「そう言った人がどうしようもなくかっこよかったから」
「……どうして青武者さんは、諦めずにここまで来れたの?」
「私の心を燃やす赤が、どうしようもなく熱くて熱くて、たまらないからっ!」
ボウッッ――――
――――刃に宿るは蒼炎。
熱い熱い赤の芯に支えられた、それよりも熱く燃え盛る蒼の炎。
それを見た少女は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「勝てないよ?」
「はい、私の道はここが終点。それでも私は赤が少しでも長く燃えていて欲しい」
「時間稼ぎかぁー。でも私、長引かせて苦しめるのとか嫌なんだぁ」
「存じ上げています、これは貴方なりの慈悲でもあると。ですから手加減は無用にどうぞ」
「へぇー、言うじゃん。ならスパッといっちゃうよー?」
――ゆるりと構えられた両刃の剣
――スッと構えられている蒼炎の刀
静謐な間が流れ……。
剣が動く――――
――その直前、刀は振るわれていた。
青武者は少女の全てを見ていた。
そして見出した攻撃の予兆は確実であり、生涯最高の神威が込められた刃は速度の乗り切らない少女の剣を砕く……
――――はずだった。
蒼炎が散った刀の先に少女の剣はなく、青武者が繰り出した最高の一撃はどこにも辿り着かなかった。
――青武者は読み合いに敗れた。
瞬間、少女の顔に浮かんだ優しげな微笑みを告別だと悟る。
「――おやすみ」
青武者は想う。
来世があるのなら、どうかまた赤と一緒にしてほしい。
刀以外にはてんで不器用な赤を、今度はずっと……。
「――――そっか」
不可思議な少女の声に、いつの間にか閉じていた目を開く。
目の前には少し呆れたような笑みを浮かべる少女。
そして、あまりに美しい剣の切断面。
そして、そして、周囲に漂う暖かくて優しい、それでいてとても熱い火の粉たち。
そして――――
――あぁ、そして……。
どんな炎よりも熱く燃え盛る大きな赤。
どうしようもなく胸を焦がす赤。
強くて優しくて、もうひと時も離れたくない……。
「――あかっ!」
赤は振り向いて、優しく笑う――
「もう大丈夫だ、青」
―――――――――――――――
「――赤武者さん。見つけたんだ、侵食を止める世界の鍵」
「ああ。貴殿の助力がなければ到底間に合わなかっただろう、感謝する。とはいえ――」
赤武者は刀を構える。
溢れ出す力は炎となり、その闘志は無形の圧を放った。
「――青に刃は届かせん」
「……確かにきみ、すごく強くなった。初めて会ったときは青武者さんより体力があるってぐらいだったのに。ほんと、よくがんばったね」
微笑む少女はすでに剣を構えておらず、落ちた剣先も消え去っていた。
「リュークエスタ殿……?」
「きみ、勘違いしてる。鍵を見つけたなら斬らないよ。殲滅砲ではすぐに死ねない人を私の無痛剣で斬る、それがレクイエムでのやり方。一人一人とお話してから斬るっていう条件つけてるから、激安なんだよ?」
「――今回、料金の支払いはなかったようだ」
「あははっ、鍵を持つきみに隠し事はできないねっ。ここは世界の位置的にも厳しかったからさ。ま、存分に感謝してくれていいよー?」
「――この恩はいつか必ず返そう」
「……ふふっ」
静かに笑った少女は、いつの間にかいなくなっていた。
「慈悲の大女神、テンリル・リュークエスタ殿……。神話に違わぬ素晴らしい御方だ」
「――あ、あかっ。私はどうですかっ?たくさんがんばりましたよっ?」
「ああ。青の想いはずっと伝わっていた、よく頑張ったな」
「ええっ!?お、想いっ?そ、それってどういうかんじの……。いやっ、いいですっ。とにかくあかっ、本当にすごいですっ。これから毎日いっぱい褒めてあげますからね?」
「……毎日、これから……あぁ、そうか、もう、世界は、俺は……」
「あか……?」
「青、本当は……俺は、ずっと……苦しかった……痛かったっ、辛くて辛くてっ、仕方がなかったっ!」
「あか……」
青はそっと赤を抱きしめた。
「お疲れ様でした、あか。たくさんゆっくりしましょうね……」
「ああっ、青!たくさんっ、おれは……ぅ、くっ、ぅぅぅ……」
青と赤は2人でひとつ。
青が赤に胸を焦がされるように――
――青の言葉は、赤にとって何よりも暖かかった……。
―――――――――――――――
……多世界航行艦レクイエム、艦長室。
長身の女神が、明るい笑みを浮かべる少女を見据えた。
「――よろしかったのですか?」
「ふっふーん、言うと思ったぁー」
「副長として、私は艦長を諌める責任があります」
「管理者の兄弟はまだまだ新人っ。上への報告をちょこぉっと甘くしてきたのも仕方ないよねっ?」
「その点ではありません。そもそも彼らの赴任は政治的要因が大きく、責を求めるべきは現在の堕落した長老会にあります」
「だよねっ、それじゃ次のお仕事は――」
「世界の鍵――」
朗らかな笑みを見せていた少女は、困ったような微笑を浮かべた。
「あれがどれほどの物か、艦長もご存知のはずです。なぜ回収せず戻ったのですか?」
「…………」
「何か特別な理由でも?」
「……私ね、絶対に無理だと思ってたんだ。世界の鍵、誰も実物を見たことがない創世の遺物。早く諦めたほうがいいのにって、ずっと思ってた」
――副長はずっと違和感を感じていた。
強力な聖域が必要な状況だったとはいえ、いつも実働部隊と現場に出ることを好む艦長が、それよりもモニター室で管理者の兄弟といる時間のほうが長かった。
珍しく随分と依頼者に入れ込んでいるなと思っていた。
「初めて会ったときは、正直口だけだと思ったんだ。それなのに、あの人は止まらなくて。どれだけ痛めつけられても、どれだけ倒れそうになっても……」
――用があったのは兄弟にではなく、モニター室に。
「あんなにすごい人、初めて見たから……だから……」
長い時を共にしてきた副長は、少女の初めて見せる表情に動揺した。
「――必ず恩、返してくれるんだって……。ヒーローみたいだよね……」
そう言った少女は、自身の秘密を共有した女神に、柔らかくはにかんだ。