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金髪美少女奴隷を高く売ろう


 カフェに入ると、奥の方の部屋に通された。

 正式な商談や契約を行う為に用意されている応接室だ。


 部屋ではジャンマルコと、身なりの良い大柄な男性がテーブルについており、その後ろに従者らしい男女が二人控えていた。


「よし、来たな。では紹介しよう。

 まず自分はジャンマルコ・ダンディーニ。以前はダンディーニ商会の代表経営者だったが今は息子に譲り、個人で金融業をやっている。

 彼女がアリーチェ・プレスティ、今回の自分の顧客だ。

 そしてこちらは北方氷海のハーヴァルから来られたウルリク・ノルディン殿だ」


「ウォルトゥナに本拠を置くプレスティ商会の会頭であったカルロ・プレスティの娘、アリーチェ・プレスティ・ディ・トゥランです。初めまして、ウルリク様」


「ハーヴァル戦士団ヴァルデマル・ノルディンの息子、ウルリク・ノルディンだ」


 ウルリクは立ち上がり、アリーチェと握手を交わした。

 その掌はアリーチェの手を丸ごと覆うように大きく、節くれだっていた。腕は丸太のように太く、ぶ厚い胸板がティニア様式のシャツをはちきれんばかりに押し上げている。

 アリーチェからは見上げるほどに体格が良く、くすんで縮れた赤茶色の髪を大雑把に切りそろえ、薄く顎髭を生やしている。


 三人が話しているのはティルセノ語だ。これはかつて西大陸全土を支配した古代ティルセニア帝国の言葉で、今は俗語としてはどこでも使われていないが、国を跨いだ商人や学者の間で通じる一つの共通語になっている。

 ウルリクの発音は少し固いようだが、やり取りに問題はなさそうだった。



「ウルリク殿はハーヴァルとの交易の為にメネルウァに滞在しておられるが、今回自分とアリーチェ殿との契約を纏める為にお声がけし、同席を承諾していただいた。協力に感謝を」


 ウルリクは鷹揚に頷く。

 ジャンマルコはテーブルの向かいの中央、ウルリクはその脇に少し離れた位置の席につき、アリーチェはジャンマルコの対面に座った。



「さて、アリーチェ殿。先日に提示された時計と馬だが、時計についてはメルラン金貨にして4メルラン、馬については16メルランの価値を認める。

 そして、融資金額としては100メルラン以上を希望されている。そうだな」


「おっしゃる通りです」


「信用の証として、あらゆる労働と奉仕を行う用意はお有りか」


「はい、如何様にでも」


「承知した」


 ティニアでは、犯罪者以外のティニアの民について、その身柄を売り買いすることは表向きには禁じられている。

 その為、身売りの契約などが結ばれる場合、時としてこのような持って回った言い方がされるのだ。


「現在メネルウァは困難に見舞われており、融資にはより確かな裏付けを必要とする。よって、ウルリク殿に保証に立ってもらう形での取引を提案する。

 具体的には、アリーチェ殿とウルリク殿の労働契約書を作成して自分が預かり、馬と時計の所有権にこれを加えて融資の担保とする。アリーチェ殿の返済が滞った場合、その融資額と引き換えにこの契約書は自分からウルリク殿に引き渡され、有効となる。返済の期限は二ヶ月、利子は単利25%とし、10%は自分が、15%はウルリク殿が受け取る。繰り上げ返済による割引は無しだ」


「つまり、実際にはウルリク様が私の価値に応じて融資をしてくださるという事ですね」


 要するにジャンマルコは、アリーチェの身柄の買い手として、ウルリクを引き合わせてくれたという事だ。


 北方氷海地方では人身売買の市場も盛んであり、金銭と引き換えにアリーチェの身柄を流すにも都合がいいという訳だろう。



「そうだ、だがその前に少々あなたの事について確認させてもらいたい」


 ウルリクはそう言って、アリーチェに小型の魔石ランプを渡してきた。


「これを灯してくれ」


 魔力持ちの試験だろう。アリーチェは手早く力の失われた魔石に魔力を込め直し、仕掛けを操作して明かりを点けて渡した。

 ウルリクは中を確かめ、次に後ろに控えていた女性の従者に合図をして側に呼んだ。


「ジャンマルコからあなたの健康について調べた結果は知らされている。だが念の為、あなたの体を彼女に調べさせたいが、良いか」


「ええ、お願いします」

 頷いて答える。


「では店の者に言って別室を用意させよう」


「いや、それには及ばない。彼女は確かな手相見の技を持っているのだ」


 従者の女性は北方の出身では無いようだ。まっすぐな長い黒髪を後ろで一つに縛っており、少し肌の色が濃く、おそらくは東方のシェオール人のように見える。

 二人で部屋の隅に移動した。


「口を開けて中を見せてください」


 奴隷商人などが行う基本的な検査だ。医師の所で虫歯も腫れも無い事はすでに診断されている。

 奥歯まで見えるようしっかり開いて見せる。


「右腕を捲って見せてください」


 女性の少々ぎこちないティルセノ語の指示に従い腕を出す。


 次に行われたのはアリーチェの知らない手法だった。

 筋肉の付け根や骨の出っ張りを指で触れながら観察するその手つきは確かな目的意識に沿っている様で、迷いが無い。肘の先から手首、掌と、時に関節を動かしたり、痛いほど強く押すなどしながら確かめられていく。


「終わりました」


 身体を調べるにしてはさほど時間もかからなかった。女性は腰を折って一礼し、ウルリクの元へ戻っていって二言三言小声で報告をした。


「三人で相談をする。少し待っていてくれ」



 ウルリクはそう告げて、もう一人の男性の従者も呼んで一緒に話し始めた。氷海地方の言葉の様で、聞き取るのは難しい。


 ただ眺めていると、机の上で座っていたアーテルが、な~~、と鳴いた。一瞬注目が集まるが、ウルリク達はそのまま会話を続ける。

 その頭の上にそれぞれティニア語の文字が浮かんでいた。喋るのに応じて文章が追加され、上に流れていく。


《彼らの言葉をリアルタイムで翻訳して字幕にするようにしたよ。勝手にやってしまったけど良かったかな》


 よくやった、という意味を込めて猫の背を撫でる。




『俺は賛成しませんよ、若。金貨80枚出すならそれで新しい船漕ぎ奴隷が5人は買える』


『比べる意味がない。彼女にオールを握らせたり鉱山で石を掘らせたりする訳では無いだろう』


『じゃあ何をさせるんです、あんな感じの金髪女なら氷海でだっていくらでも探せるでしょ。まさか一目で情が移ったなんて訳じゃないでしょうね』



 彼らはどうやらウルリクが契約に前向きで、男性の従者は反対の立場を取っているらしい。



『だが、あれくらいの器量の良いのはそうそう居ないぞ』


『ええ、本気ですか?』


『別に見た目だけの事を言っているのではない。若く、身体の丈夫な魔力持ちで、ティニア式会計の学識がある。

 ジャンマルコは彼女の経歴について嘘は言うまいし、あの淀みのないティルセノ語は内海の商人でもそうそう身につけているものではない』


『金庫番でも任せようっていうんですか?金貨100枚欲しさに自分を売ろうなんていう跳ねっ返りじゃないですか。周りが納得しませんよ』


『いきなりそんな事をさせずとも、下積みからやらせて信用を築く時間は充分にある。氷海の言葉もすぐに覚えるだろう。

 それにもし本当に素行に問題があるのなら、手放したっていいのだ。彼女の身体に問題は無いのだろう?』



 ウルリクは黙って控えていた女性の従者の方に水を向けた。



『そうですね。肌の綺麗さは見た目通り。怪我なども無く、乙女で、内蔵に病を持っている事もありません。造作の良さに魔力持ちという事も相まって、売るならば買い手に困ることはないでしょう』


『そうだろう、どう見ても滅多にない掘り出し物だ』

 ウルリクは大きく頷く。


『ですが、金貨80枚の値が付くとは言い切れません。よく手入れされていますが、しかし貴族の血筋では無く、身代金も期待できない。

 能力についても、魔力持ちの奴隷が欲しいのなら別にそれを求めればいいのだし、計算をさせたければ商売の経験がある人間を連れて来れば良い。綺麗所の女性というのもそうです。

 若君がそれらを併せ持つ彼女のような人をお探しならば、他ではそう見つからないだけの価値はあるでしょうが、奴隷商がどう判断するかはその時次第でしょうね』


『そうでしょ、無駄に知恵のついた女奴隷なんてのを好むような奇特なやつ居るもんじゃない。その辺の女と変わりゃしませんね』


『ええい、見る目のない。だいたい売り払うのはもしもの場合だと言っているだろう!ティニアの会計士が期限無しで加わって一から育てられるんだぞ、安いものだろうが!』



 眼の前で、アリーチェの介入できない自分についての議論が続く。

 ウルリクの立場が強いようだが、簡単に彼の意見が通るわけでも無いようだ。やがて一段落ついて、ふたたび従者達が後ろに下げられた。



「アリーチェ殿、70メルランならどうだろうか。これでも一般的な女性の相場の倍以上にはなると思うが」


「困りましたね、私には、馬と時計の値段と合わせ、100メルランが必要なのです」



「ふむ、では10メルランは自分からの貸付けとし、返済にはこれを優先する事とする。どうかな」

 ジャンマルコが提案をする。


「こちらはそれで構わない」


「私もそれで問題ありません」


「よし、では少し書類を書き換える。双方とも、確認の上でサインを頼む」



 ジャンマルコが用意していた契約書の条文には、返済までの期間において、アリーチェがメネルウァから離れる事の禁止、アリーチェが自分の身体を損なう事についての禁止、一週間に二度はこちらのカフェかダンディーニ商会の店に顔を出すことなど、種々の条件が盛り込まれている。ジャンマルコはその誠実さで評判を得ているが、それは尋常の取引で利益を逃さないという事を意味する。別の一枚にはウルリクへの無期限無条件の労働契約。


 もう一枚には利子を合わせた返済額と期限が記され、そしてそこに記載された金貨100枚という数字が、自分の現在と未来全てを担保にして貸し出される金額だ。


 アリーチェは幾度も詳細まで読み込んで見直した。

















「どうするかね、今ならまだ取り消しても構わんよ。もっとも、手数料はいただくがね」


 声をかけられ顔を上げると、ジャンマルコとウルリク、それに従者の二人がこちらを見下ろしている。机に張り付くような姿勢でじっと書類を見ていたせいで、自分の体が強張っているのに気がついた。


「ごめんなさい、時間をかけすぎてしまいましたね。よく読んでおきたかったのです」


 何回も確認した、間違いはないはず。


 アリーチェが名前を記入して渡すと、ウルリクも何度か読み直してサインをし、最後にジャンマルコがサインをし、三人が印章を押した。


「これで取り引きは成立した。100メルランの受け渡し方法について、希望はあるかね?」


「10メルランのダンディーニ商会の小切手を9枚と、金貨で10枚の形でお願いします」


「わかった、すぐに用意しよう」


「では、我々は先に失礼するとしよう。アリーチェ殿、また会うのは2か月後になるだろうが、幸運を祈っているよ」


 ウルリクは従者二人を伴い、退出していった。




 ジャンマルコは手早く9枚の小切手を作成する。

 ダンディーニ商会は内陸に軸足を置いており内海の嵐の影響は比較的少なく、メネルウァにおいて自由に換金と交換が可能なその商会の小切手は金貨と同様の価値を持つ。

 メルラン金貨十枚と小切手の束を受け取り、最後に挨拶して席を立ち、応接室の扉を開けた。


「ま、お嬢ちゃんの場合、しくじった所で死ぬような目に合う訳じゃねえんだ。気楽にやんな」


 部屋を出る間際、背後からそのように声をかけられる。

 曖昧に会釈を返し、そのままカフェを後にした。


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