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大嫌いな自分の悩み

作者: 光井 雪平

「何してんだろ」


 一人、私はつぶやく。


 目の前には海が広がっている。近くに海などなかった場所で生まれ育ってきた私にとっては、珍しい光景だ。


 目の前に広がる一面の青。空の青さと海の青さは違うのだと漠然と思う。


 ただただ、海を眺める。


 海を眺めていると、徐々に自分が今やっていることへの後悔、不安、恐れが心を蝕んでいく。


 今日は休みじゃない。


 本来ならば今頃、私は会社で仕事をしなければならない。


 今日までの仕事もあったはずだ。


 しかも、私は連絡すらもしていない。今頃、上司と同僚は私が来ないことに気づき、驚き、連絡を取ろうとしているだろう。


 だが、スマホは家に置いてきた。


 今、私と連絡を取ることは不可能だ。


 恐らく両親に連絡が行くだろう。かなり不安にさせてしまうだろう。


 それがわかっている。


 今自分がやっていることは良くないことだとわかっている。


 自分は何をやっているんだろうとも思っている。


 だけど、戻ろう、帰ろうという気はおきない。


 今日の朝ふと思い立った。

 

 会社に行かずに、海を見に行こうと。見たことない、行ったことのない場所へ行ってただただ海を見よう。最近読んでいた漫画の舞台のモデルになっている海に行ってみようと。


 会社に連絡もせずに、サクッと手ごろな服に着替えて、いつも外へでかけるときの最低限度の荷物を入れていたバッグ片手に。


 良くないことだとわかってはいたが、体が勝手に動いていた。


 会社へと向かう電車とは反対方向の電車に乗った。いつもとは全く違う簡単に乗れ、座ることすらできるガラガラとは言えないが、人があまり乗っていない電車に。


 そして、海へと着いた。着いてしまった。簡単に。


 海岸で影がある場所に適当に座り、海を眺めていた。


 自分にこんな行動力があるとは思いもしなかった。


 世の中の多くの人には馬鹿だ、無責任だとか批判されるであろう行動ができるとは思いもしなかった。


 ずっと、ずっと同じレールに乗ってきたような人生だった。


 別に悪いことをしてこなかったわけじゃない。だけど、多くの人が歩むであろう道、多くの人にとっての普通だと思われる道。傍目から見ればだが。それを進んできた。


 適当に勉強して、地元のトップレベルの進学校に行った。行けてしまった。


 高校ではまともに勉強せずに、適当に受かるところの大学に行った。テストの成績が良くなかったことを隠し、それっぽい理由をつけて親をだまして。


 大学でも適当に過ごして、適当に就職をした。


 就職した後も、自分の最低限度の努力をした。それ以上はしなかった。


 過程はひどい。だけど、大学に行って就職をした。結果はそうだ。


 やりたいことはあった。でも金にならないし、生活できないし、それに自分が楽をしたいだけなのがわかったからそれは隠した。親に反対されるとも思ったし、友達からも馬鹿にされると思ったから。


 だから、普通の人が歩むであろう道を歩んでみた。ごまかし、だまして、それっぽい道を進んだだけだが。


 だけど、気づいたのだ。


 気づいてしまった。


 自分は逃げたい、と。


 辛く苦しい道から。


 自分は我慢ができないのだ、と。今まではそれっぽくすることでごまかせた。ごまかせてしまった。自分には才能があると思っていた。


 そんなもの高校、大学でないのだと自覚できた。自覚できていたと思っていた。


 だけど、実際には、わかっていなかった。わかっていなかったのだ。


 自分はなんの才能もない人間だと。


 誰かのために動きたかった。誰かのために生きたかった。


 そうしなければ自分が生きてていいと思えなかったのだ。


 だけど、結局のところ、自分には何もないとわかった。自分は、誰かのためになることはできないとわかってしまった。


 だから逃げた。


 その事実に気づいた瞬間、自分はもう生きられないと思ったからだ。


 だから、その思考から脱却するために、逃げた。


 だが、結局、今その思考につかまっている。


 向き合うことが怖い。


 辛い。


 苦しい。


 だけど、向き合わなければならないのだ。


 自分に。


 子どものままでいる自分と。


「わかってる」


 自分に言い聞かせるようにつぶやく。


 自分は結局、子どものままなのはわかってる。


 だけど、それを否定したい。


 そう思っていれば、自分を守れるともわかっているから。


 生きることは辛く苦しいことがある。だけど、それを耐え、踏ん張れる自分ではないのだ。


 でも、結局、生きることしかできないとも思っている。


 生きることを終わらせる決断すらできないのが自分だから。


「ほんと、嫌いだ」


 自分が。


 傲慢で臆病で強欲で嫉妬深くて、ほかにもほかにも。


 嫌いなダメなところしか自分にはない。


 好きなところはない。


 それが自分への評価だ。


 ただただ惰性で生きている空っぽの人間。それが自分なのであろう。


 そんな自分に向き合いたくない。


 怖い。


 辛い。

 

 苦しい。


 負の感情のみが自らを支配する。


 その時、目の前が真っ白になる


 何事かと思い、自分の頭についたものをとってみる。


 それは袋だった。


 なんだこれは?と思っていると。


「申し訳ない。風で袋が飛んでしまった。大丈夫かい?」

「ええ」


 そう言って、声をかけてきたおじいさんに袋を渡す。


「いやあほんと申し訳ないね」


 頭を下げてもう一度謝ってくれる。その時、問いが自分の口から出ていた。


「何しているんですか?」

「ゴミ拾いさ、ほらそこにもあるだろ」


 おじいさんが指さした方向には、なんだかわからないが包装紙があった。おじいさんは聞いてもいないのに、話を続けた。


「海をきれいなままにしたくてね。仕事も辞めて暇だから始めたんだ。結構いい運動にもなるのでよくてね」

「そうなんですね」


 相槌を打つ。そして、おじいさんはちょうど指さしたごみを拾いに行く。その後ろ姿を見ながら声をかける。自分でも思いもよらない言葉を。


「手伝ってもいいですか?」


 おじいさんはこちらを見て、一瞬びっくりした顔をする。その後、「予備の道具があるから貸してあげよう」と優しく言ってくれた。


 そして、おじいさんから軍手やらなんやらの道具を借りて、ゴミ拾いをした。


 色々なごみがあった。おじいさんは時折、「このごみはすごいな、初めて見た」とか言って、今までのゴミ拾いで見つけたごみについての話しをしてくれたり、ここらの観光名所についての話しをしてくれたり、自分の仕事や家族についての話をしてくれた。


 おじいさんは何かを察していたのか、こちらのことをほとんど聞かなかった。聞いたとしても、どこの生まれかとこころはよく来るのかぐらいだった。


 ゴミ拾いをしているうちにおなかがすいてきた。そう思って空をなんとなしに見上げると、太陽がほぼ真上に来ていた。


「そろそろ切り上げるかね」


 おじいさんはそう言う。私もなんとなしに「そうですね」と返す。


 そして、おじいさんについていき、おじさんの軽トラにゴミ袋を乗せる。借りた道具もそこで返す。


「ありがとね」


 おじいさんは笑顔で感謝の言葉を言う。私は「いえ」と顔をそらしながら言う。その明るい笑顔を直視できなかった。


「そうだ、家内が弁当代わりにおにぎりを作ってくれてね。もしよければ一緒に食べないかい?」

「えっ?」

「実はね。いつもそんなに食べれないと言っているのにたくさん作って持たせて来るんだ。困ってるんだよ」


 おじいさんは苦笑交じりに言う。私はそれを聞いて、なんとなく「いいですよ」と答えた。

 おじいさんと近くのベンチに座る。


「形はあまりよくないがおいしいぞ」


 そう言って、おじいさんは確かに少し不格好のおにぎりを渡してくれた。


「なぜかおにぎりだけはずっと不格好なのだよ。別に不器用でもないのだがね」


 おじいさんはそう言って、「家内には言ったら怒られるから言わないがね」と冗談交じりに言う。


 私は「いただきます」と言って、おにぎりを食べてみる。


 ほどよい塩味でとてもおいしかった。


 おいしかった。


 気づけば涙があふれていた。


 なぜかはわからない。だけど気づけば泣いていた。


 私が泣いている間、おじいさんは何も言わずにいてくれた。ただ黙ってそばにいてくれた。


 私は少しして落ち着くと、おじいさんに問う。


「話をしてもいいですか?」と。


 おじいさんは「どうぞ」と優しく言ってくれた。その厚意に甘え、私は自分の悩みを話す。今日の行動も。しっちゃかめっちゃっかで、話の流れはぐちゃぐちゃであった。


 自分の思いをただただ言葉にしただけのもの。


 見知らぬ初めてあったおじいさんに話すようなことでは絶対ない。


 だけど、おじいさんは聞いてくれた。時折相槌を打ってくれた。


 自分の思いを感情を吐露しきると。自分は落ち着く。


「いきなりごめんなさい、こんな話して」

「かまわんよ、誰かに話したほうがいいときもある」


 おじいさんはそう優しく言ってくれた。その優しさはありがたいが、同時に辛かった。


「私も少し話していいか?」


 私はうなずく。おじいさんは私がうなずくのを見て、話し始めた。


「私には君の気持ちのすべてはわからない。君の考えを甘いとか否定したいという気持ちもある。だけど、すべてを否定するつもりはない。私も悩んで困って生きてきた。君のように逃げたいと思う気持ちもあり、君のように逃げたこともある。だけど、私は生きてきた」


 おじいさんの言い方は優しかった。だけど、重さのようなものを感じた。


「生きることは辛く苦しいことだ。言葉にすれば簡単だ。そして、その程度で逃げるなというのも簡単だ。どんな言葉も、言葉にするのは簡単なことだ。だが、行動するのは違う。行動していくことは難しい。行動の積み重ねが私は生きることだと思う。だから、生きることは難しいと思う」


 おじいさんは目をつぶる。そして、黙り込む。少しして、また話し続ける。


「だからこそ、人は悩むのだろうと思う。悩みには色々ある。すぐ解決するもの、時間をかけて解決するもの、一人で解決するもの、誰かの助けで解決するもの、と色々あると思うのだ。悩みは無限だ、悩み苦しむのが人なのだろう」


 おじいさんは言葉を切り、お茶を飲む。


「悩むのは辛く苦しいものだ。一人では辛いものだ。だからこそ、誰かに悩みを共有する時が必要がある時があると思う。私も多くの悩みをしてきた。そして、それを誰かに話した。自分だけではたどり着けない答えにたどり着くからだ。君に一つ問いたい」

 

 おじいさんは私のほうをまっすぐ見る。私も唾を飲み込み、そのまっすぐな視線に向き合う。


「私には私を愛してくれる家族がいる。君には家族でも家族でなくても自分を愛してくれる誰かがいるかい?」


 その問いを聞いて、すぐに自分の頭に顔が思い浮かぶ。母と父の顔が。だから即座に問いの答えを返す。返せた。


「います」


 おじいさんは微笑む。


「だったら大丈夫だ。君が一人でないということは君の強みだ。自分の価値を決めるのは自分だけではない、君を愛してくれる誰かが決めてくれる。どれだけ自分が自分を嫌っても、どうしようもない自分だと向き合うことになっても、そんな君を認めてくれる人がいるのだろう。だから、君は大丈夫だ」


 私はベンチから立ち上がる。そして、おじいさんに頭を下げる。


「ごめんなさい。今すぐ行くべきところ、いや帰るべきところがあるので、失礼します」

「構わないよ。行きなさい」


 おじいさんは優しく言ってくれる。


「ありがとうございます。色々と。ぜひ、また今度もし会えたら」


 私が言葉を続ける前におじいさんは首を振る。そして、笑顔で言う。


「ゴミ拾いでも一緒にやろうではないか」


 私は「はい」と返事をして、もう一度頭を下げる。そして、「ありがとうございました。さようなら、また」と言って私はおじいさんに背を向け、駅に向かって走る。


 駅に着くと、私は家へと向かう電車にのる。


 家の最寄り駅に着くと、出来る限り人の邪魔にならないように急ぐ。そして、家へと着くと、スマホを急いでとる。


 大量のメールと着信履歴が入っていた。


 それらを無視して、電話をかける。


 電話の主はすぐに出てくれた。


 私を愛してくれる父が。


 私が愛する父が。


 私を心配する声が聞こえる。その声を聞きながら、謝り、そして、伝える。自分の今最大限に伝えたい思いの一つを。震えた声で。


「会って話したいことがあるんだ。たくさん、ほんとにたくさん」

『わかった』


 父はただ了承の返事をして、どこで会える?とそのまま聞いてくる。私が実家に行くというとただ一言返した『母さんと待ってる。だから必ず来い』と。


 私は「すぐ行く」と言って電話を切る。


 そして、父と母の待つ実家へと向かうのだ、私は悩みを相談するために。


 大嫌いな自分の悩みを解決するために・・・


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