氷の少女が笑った夜
東京の夜景を、遠く足元に見下ろすハイワールドタワー。
999メートルの高さを誇る、タワーの地下には、
何重もの壁に囲まれた秘密の施設が設けられている。
表向きは日本一の高さを持つ電波塔。
しかし、その実態はインスペクター日本支部の拠点であった。
「あのミア様ことだ。低級なヒトを加護したらしいが、
いつもの気まぐれだろう?」
「いいえ、それが少し事情が違うようなのです。
報告によると、加護したヒトがタイムリープした
という報告が挙がっているのです。」
「「「 まさか! 」」」
その場にいた全ての目が、報告者に集まった。
「それが事実なら、
2500年前のヒト族以来じゃないか?」
「本当なら、まずいことになるな」
「まだ確実ではないのだろ?」
「はい、まだ推測の域を出た訳ではありません」
「よろしい、引き続き観察を続けろ」
作戦本部が重い空気に包まれる。
「実はもうひとつ、気になる情報があります」
「まだあるのか?」
「はい。本国の知らせでは、ガーディアンが
観察対象のヒトに気づいたようなのです」
「なに?奴らも気づいているのか!」
「はい。その証拠に近々日本に
ネームドがやってくるようです」
その場にいた全員が「ネームド」と聞いて
立ち上がった。
「だ、誰が来るんだ?」
報告者は手元のエーテル通信に目を落とした。
「送られてくるのは、『レッドシューター』とのことです」
報告を聞いた瞬間、
座り込む者、
頭を抱える者、
天を仰ぐ者が出た。
「師団級のエースが送られてくるのか・・・。
ミア様のヒト族と関係があるのかもしれないな」
「ところで、我々も本国からエージェントが
来るはずだったが、こちらはどうなった?」
「今夜、日本に到着するそうです。」
「たしかコールドビューティだったな。
彼女だったらレッドシューターにも負けないはずだ。」
「ただし・・・」
『コールドビューティ』、この世界にいる者で
その名を知らないものはいない。
名前の通り氷の支配者。
一度、狙われた獲物はマイナス100度の中で、
永遠の眠りにつくことになる。
エーテル力は、まさに規格外。
一度の攻撃で干渉できる範囲は10キロメートル超。
一撃ごとに都市ごと吹っ飛ばすチート級戦士だ。
あまりに強大な力のため、敵味方なく攻撃に飲み込まれる。
つまり無茶苦茶なのだ。
「前の戦役では、戦場にいた全員が氷漬けにされ、
10万人近くいた戦場は両軍ともに全滅したらしいぞ」
「なんでそんな悪魔のようなエージェントを
こちらに呼んだんだ?」
「彼女は本国の戦場にいたのではないか?」
あちこちから声にならない、深いため息が漏れた。
「あぁ、なんてこった」
「もしも、コールドビューティとレッドシューターの
2人が戦ったら、こちらの世界は跡形もないぞ」
「神々が決められたことだ。何か深い意味があるのだろう。
とにかく我々は生き残ることだけを考えよう。」
あきらめに似た空気が作戦室に漂った。
◇
ため息で飽和された作戦室の外では、
その夜、ハイワールドタワーの20周年イベントが行われていた。
今夜は花火も上がるため、ハイランドタワーから
少し離れた東京湾も金持ちのクルーザーや
屋台船たちで賑わっている。
宴会で盛り上がる東京湾で、
「あたし号」と書かれた青い小さな船が、
船の間を縫うように進んでいた。
動力は無限とも思われるエーテル。
その帆先には、銀髪青瞳のツインテールの少女が立っている。
「ここがジパングね。超天才のあたしにかかれば、
ものの10分で征服完了よ。
痛みも感じさせずに凍らせてあげるわ。」
夜景に浮かぶ小舟と少女、
不気味なシルエットが、静かに水面に揺らいでいる。
「おねーさん、イチゴ味を5個お願いね」
「はーい。ありがとうございまーす。
ちょっと待ってくださいねー」
屋形船の1つから声がかかかると、
瞬時にして少女の顔が営業スマイルに変わった。
少女は手元で次々と氷を生み出し、かき氷機を回し始める。
「5つで2000円でーす」
「かき氷」の“のぼり”がはためく小舟、「あたし号」は大盛況だ。
【夏の東京湾で銀髪美少女のかき氷が話題沸騰中!
ギンギンに冷えていて旨いわよ】
「あたし号」のかき氷は、SNSで口コミが広がり、
一晩のうちに東京湾の人気者となっていた。
かき氷を客に配り終わると、
少女は千円札の束を握りしめ高々に笑った。
「わーはははは。50個も売りあげたぞ。
この調子で資金を集めて、あたしの帝国を作るのだ。
そして国中を氷の国に作り変えるのだ。
ちょろい、ちょろい、ちょろすぎるぞ」
彼女の名は誰もが恐怖するコールドビューティ。
彼女が通った戦場は全てが凍り付き、
無音の死の世界が広がるという。
「おねーさん、
ブルーハワイ味と、いちご、メロン味、2つずつね」
「ありがとーございまーす」
腰が低く、丁寧な営業スマイルが深々と頭を下げる。
「よっしゃー、売りまくるぞー」
もう一度、言おう。
コールドビューティ、彼女の通った戦場は全てが凍り付き、
無音の死の世界が広がるという。
首都東京は今、
長い歴史の中で最悪の時を迎えようとしていたのだ。
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