AIによる社会貢献度判定と視力回復トレーニング
AIを公的な場で活かすに当たっていくつか乗り越えなくてはならない問題があった。例えば、AIが差別発言などの社会的に好ましくない言葉を覚えてしまったりだとか、特定の思想や企業など、一部の団体だけの利益になるような発言をしてしまったりだとか。
それは逆を言えば、公的な場で使用されるようになったAIには、そういった言動を抑制するシステムが実装されているという事になるのだけど、それは同時に、公の利益になる言動をAIが判断できるという事でもある。そして、副産物とも言えるそのAIの機能に、あるSNSが注目をした。そのSNSではユーザーの言動をAIが判定して、社会貢献度を出してくれるというサービスが始まったのだ。
まぁ、中国などで採用されている信用スコアの別バージョンだと思ってくれれば分かり易いかもしれない。
「AIに監視されているようで嫌だ」といった意見や、「AIに善悪を判断されて堪るか!」といった意見、中には「思想教育が行われるのではないか?」といった過激な反対意見もあったが、このサービスを利用するか否かは自由だったし、公開非公開も選べたので、それほど大きな反対もなく導入が決定された。
導入されると、社会貢献度は一種の人々のステータスになった。つまりは数値が高い人間が尊敬されるような風潮が生まれたのだ。一部の企業では、採用の条件にも使っているのだとか。これにより、少しは炎上事件などが抑制されるようにもなったらしい。
ただ、僕はそれほどこの社会貢献度を気にしていなかった。その必要をあまり感じていなかったからだ。だって、社会貢献度が低くっても日常生活では何の支障もないんだ。もちろん、高い方が良いのだろう。が、多分だけど、必死にこの数値を高めようとがんばっているのは、就職活動をしている人くらいなのじゃないかと思う。
しかしだ。ある日、友人達の間で、何故かこの社会貢献度を競い合うゲームが始まってしまったのだった。
切っ掛けはなんだったのか。多分、誰かが「どれくらい意図的に社会貢献度を高められるか試してみようぜ」とか、そんな事を言い始めて、「どうせなら競ってみるか」なんて話の展開になったのだと思う。
「おーし、どうせならがんばってみるか」
なんて、一人は気合を入れていた。勝負事が好きな奴なんだよ。勝者は飯を奢ってもらえる事になっていたから、多少は分からなくもないのだけど。
それからその友人は、寄付サイトをSNSに載せたり、いじめ反対キャンペーンを紹介したりとかいった事を行い始めた。なるほど。確かに社会貢献度が上がりそうだ。
僕はあまりやる気がなかったのだけど、視力回復トレーニングが上手くいった報告なんかを一応SNSに挙げてみた。
実は最近になって僕は視力が下がり始めていたのだ。僕はそれをやや諦めかけていた。デスクワークで目を酷使する仕事な上、プライベートでも読書をしたりゲームをしたりしているから仕方ない、と。それは、目の水晶体が硬くなるのが原因だと聞かされていたからでもあった。
――そんなのどうしようもないと思うだろう?
が、物は試しと思って、視力回復トレーニングの動画を視聴して、その認識が少し違っているのだと分かったのだ。
その動画によると、目の水晶体が硬くなる前の段階として、目の筋力の低下があるらしいのだ。筋力が弱くなるから、水晶体をあまり収縮できなくなって来る。その所為で、水晶体が硬くなるのだとか。
いや、それだけが原因かどうかは分からないのだけど、少なくとも原因の一つはそれなんだそうだ。
筋力の低下ならば、鍛えればなんとかなるはずだ。具体的には、近くを見たり、遠くを見たりを交互に5秒ほどの時間をかけて繰り返す運動を行う。目に“腕立て伏せ”をやらせているようなイメージだと思ってくれれば分かり易いかもしれない。
近くの親指と遠くの景色を交互に見る運動を3分。目がぼやけるまで文字などを近づけ、ゆっくりと離し、また近づける運動を2分。
僕はそれを毎日続けるようにした。すると、なんと一週間ほどで、明確に効果があったのだ。実感できるくらいに視力が回復している。直ぐにピントが合うんだ。
暗い気分になっていた僕は、それだけで随分と明るくなれた。SNSにその体験談を上げたのはだからでもあったのだけど、もし似たような悩みを抱えている人がいたら、役に立つとも思った。
もっとも、それだけで、社会貢献度が上がるとは思ってはいなかったのだけど……
――が、
「凄いな、お前。トップじゃないか」
僕の社会貢献度は、なんとトップになっていたのだった。
僕には訳が分からなかった。どう考えてもチャリティーイベントの紹介だとかの方が社会貢献度は高いだろう。僕の投稿したSNSは閲覧回数も低かったのだ。
AIを社会に活かす方法の一つに、“AIのホワイトボックス化”というのがある。
AIは何かしら判断を行う訳だけど、AIが何を根拠にそのような判断したのかが分からないと人間としては不安が残るだろう。だから判断根拠を明確化する技術が開発されていて、僕らが使っているSNSにもそれは採用されてあった。
自分の社会貢献度の高さの理由が不思議だった僕は、その機能を使って調べてみた。
すると、偶然だけど、僕の投稿した視力回復トレーニングの記事を、あるインフルエンサーが読んでいると分かった。彼も視力の低下に悩んでいたらしく、それで視力回復トレーニングを実施したようだ。すると、僕と同じように視力が回復した。喜んだ彼は、その内容をSNSにアップした。それは当然ながら多くの人の目に留まる。
視力の回復は、それだけで医療資源の節約になるし、視力の低下によって起こる事故などの二次的な災害も防止できる。
つまり、高い社会貢献効果がある。
それに対し、チャリティーイベントの紹介などは確かに価値のある行動ではあるけど、社会貢献度を上げようとしている多くの人が既に行っている。
同じ情報を広める事に、それほどの価値はない……
僕はそのAIの判断理由に驚いていた。
どうやら、高度に人々が繋がった情報社会では、何気ない情報発信が役に立ったりするものであるらしい。
もし、あなたがそんな情報を握っていたなら、「どうせ役に立たない」などと思わず、SNSなどに書き込んでみると良いかもしれない。
視力回復の話は、本当です。視力の低下に悩んでいる人は、調べてやってみたら良いかも……