炊飯器、洗濯機
ある日突然私の中にお米が飛び込んできて、スイッチを押すと否応なく私はその体を動かし始めた。ああ、私は炊飯器だったのだ。私は一生懸命お米を洗った。
もう頃合かと思って私が呼ぶと、蓋を開けたあの人の顔は怪訝なものであった。それはそうであろう、ふっくらと温かいお米を望んでいたのに、与えられたものは冷えてふやけたお米だったのだから。
けれど私は自分が洗濯機だとは気づかなかった。次の日もその次の日も、あの人は私の中にお米を入れ続けた。私はなんとか喜ばせたいと思って、一心不乱にお米を洗い続けた。けれども当然、あの人はいつも顰めっ面をしていた。
ある日、あの人はお米ではなく薄汚れたパンツを私の中に放り込んだ。私は戸惑ってしまった。しかしあの人も同じように戸惑っているようだった。けれど私は汚れたパンツを一生懸命洗った。なんだかよくわからなかったが、私が洗い終わるとあの人は嬉しそうな顔をしていた。私も嬉しくなった。
あの人は一言、「そうだったのか」と呟いた。
それからあの人は私の中にいろいろな服を入れるようになった。私はあの人の喜ぶ顔が見たくて、来る日も来る日も一生懸命洗い続けた。
しばらくして、私のところに別の人がやってきた。その人は泥だらけの服を着ていて、はっきり言って見るに堪えなかった。その人は何やらぶつぶつと言いながら、私のことをジロジロと眺めていた。
「この型の炊飯器は珍しいですね。最近の炊飯器はお米を炊くだけではなく揚げ物までできるんですよ。今ならお得にお買い求めいただけますので、ご検討ください」
どうやら世の中の大勢は薄汚れた服よりも白い綺麗なお米が好きらしい。それから数日、あの人は私のところへは来なかった。
数日後、あの人は私のところへやってきた。手には綺麗なお米を持って。何を血迷ったのだろう、あの人は一心不乱に私の中へお米を入れ始めた。何をしているんだい、私は洗濯機じゃないか。そう私が叫ぶと、あの人は耳を塞いでお米を入れ続けた。
ようやく満帆になったところで、あの人はスイッチを入れた。私は拒むこともできずに、お米を洗い始めた。
そしたらまた数日前の人がやってきた。
「おかしいですね。多分故障しているんでしょう。今すぐ最新型のものに取り替えますから」
「ありがとうございます。でも結構です、壊したのは私ですから私が直します」
「そうですか。しかしうまくご飯が炊けないと困りませんか?」
いえ、僕がお米を炊こうなんてこと自体間違ってたんですよ。それに服を洗うことだってきっと誰かのためになっているでしょう?
「しかし炊飯器は私たちにご飯を与えて、お腹を満たしてくれるじゃないですか。ご飯が食べられないと、死んでしまうでしょう」
彼方の国を見れば、お米ではなく小麦をよく食べているそうです。
それに、これは炊飯器ではなく洗濯機ですから。