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ギフト  作者: マフィン
8/8

公園

 トレイシーの顔は、口紅と頬紅で色付けされている場所以外は真っ白だった。トレイシーは家路に向いながら、辺りをきょろきょろしながら、ジムくらいの歳の子供を見つけると、たとえそばに保護者がいたとしても、近づき顔を確認した。そうしながらトレイシーは一人朝の反省会を行っていた。なぜ、あの時ジムを探しに行かなかったのか?ケイティがあんなことを言ったとしても、しっかり学校の校舎に入るまで、見届けるべきだった。

 トレイシーの自責の念はだんだんと恐怖と焦りでいっぱいになった。ミスメリーウェザーに協力を頼もうと家路についていたが、しだいに逸れていき、ジムの学校の周辺からピーターの学校の周辺や、ジムが寄りそうな公園まで思いつく場所は片っ端から探した。しかし、ジムがいつもトラがいると言っている公園の小さな穴や、猫がたくさんいる路地裏、ジムと仲がいいパン屋にも聞き込みをしたが一向に見つけることが出来なかった。

 公園を何度も何度も行ったり来たりしているトレイシーの姿はまるで放浪者のようで、公園にいる人は最低でも八回は彼女の姿を見ている者がいるくらいだった。

 トレイシーは疲れ切ってふと、公園のベンチに座り込んだ。目の前には公園にしては少し大きな川が流れている。大人からしたらそこまで大きくはないが、子供が入るとそこそこ大きな深さで、よく夏は水難事故なんてことも少なくはなかった。それによく精神的に追い詰められた人がこのあたりをうろうろした挙句に、そのまま飛び降りてつらいことから何から何までに終止符を打ってしまう人もいるという噂があった。

 トレイシーはよくない考えがよぎった。もしさっきの噂の正体がミスメリーウェザーなら・・・もしその噂が本当なら・・・

 トレイシーは川底をよく見るために川に近づき、柵から身を乗り出した。その瞬間、両肩に力強い手の感覚が伝ってきた。トレイシーはその勢いで川から引き離された。あまりに急なことで、トレイシーは何が起こったのか理解するまでに、数秒かかった。やっと状況を把握した時に、隣で鬼の形相のピーターがトレイシーの両肩をつかんでいた。

 「母さん、正気?」

 「ピーター・・・あなたこんなところで何しているの?」

 「いやそれはこっちのセリフだって。」周りの人たちがピーターとトレイシーのやり取りをちらちらと見ているのをピーターは感じていた。

 「今、母さんここに飛び込むつもりだったんだろ?」

 「何言ってんのよ。そんなはずないじゃない。」トレイシーの言葉にピーターは呆気にとられた顔をしていた。

 「じゃあ、何を?」ピーターはトレイシーの肩から手を離すと、今度はトレイシーがピーターの両肩をつかんだ。

 「ピーター、大変なのよ。ジムが行方不明なの。」しかし、ピーターは冷静だった。

 「家にもいないの?」

 「家はまだ見てないけど、あの子が学校から家ま一人で帰れないわよ。いつもあなたと帰ってるんだから。」

 するとピーターは少し目線を下げると両手を組みながらソワソワし始めた。

 「いや、ジムは帰ったこと何回かあるよ?」ピーターが少しばつ悪そうな顔で答えた。確かによくよく考えればこの前トレイシーは道でばったりジムに会ったことを思い出し、今となってみたらあれもおかしな話だった。

 「もしかしてだけど、いなくなる前、ケイティ・ベインって子がいなかった。」

 「居たけどなぜ?」その答えにピーターはすべてを察した顔をした。

 「何よ?」

 「母さん、とりあえず座って。ジムはちゃんと家にいると思う。」

 「どういうことよ。」トレイシーは椅子に座る気になれなかった。

 「実は、前にも同じようなことがあって。母さんには黙ってたんだけど、ジムはいやなことがあるとすぐ家に帰っちゃうんだよ。でも、今回は家にミスメリーウェザーもいるし、大丈夫じゃない?」ピーターの説明を聞いてトレイシーは一気に足の力が抜け、骨と筋肉が溶けて無くなってしまったかのように、ベンチに座り込んだ。

 「なんで言ってくれないのよ。そういうこと。」

 「だって、ジムが学校に行く代わりに母さんには黙っててくれっていうもんだから。」

 「それでもそういうことは親に言うもんでしょ?」

 「ごめんなさい。」ピーターはそう言うと、うつむいた。トレイシーはピーターのちょっとした異変に気が付いた。

 しばらく二人の間で、ひと段落のゆったりした沈黙が流れた。少し落ち着いたところでトレイシーが、その沈黙を破った。

 「ところで、あなたはなぜここにいるの?学校は?」するとピーターは大きく息を吸い込むと外なのに空気がずっしり重く感じた。

 「実は、戦地に行くことになって・・・。」ピーターはトレイシーの顔を見ることが出来なかったが、とりあえずすべてを話しきることを優先した。

 「予定では一か月後。医療班としてだから戦うことはない。それでその一カ月間は学校に行かなくていいみたいで。」生温かい夏の風が少しつよく吹き始め、木々が静かにうなり、緑色の葉っぱを二人のベンチに落としていた。トレイシーの頭の上にも数枚おちていたが、トレイシーの頭の中は、まるでシルクのように真っ白で、なにも聞こえていないようだった。

 「でもこれで父さんを、サポートできるんだよ。やっと父さんを守れるんだよ」ピーターは少し興奮気味だった。するとトレイシーは風に流されそうなか細い声を出した。

 「それはあなたの意志なの?」

 「志願兵としていきます。」ピーターはまっすぐ母親を見て答えた。トレイシーは大きなため息を一つついた。

 「あなたは私に隠し事ばかりね。それでほかに隠していることは?」

 「もうない・・・と思う・・・。」ピーターは頭の中で言うべきことはないか探した。トレイシーは今度はすこし軽いため息をついた。

 「なんで言ってくれなかったの?」

 「心配をかけると思って。」

 「もっと心配よ。そういうことは普通母親には言うもんでしょ?」ピーターは少しの間黙っていた。そして目の前に流れている川を眺めながら話した。

 「だって、最近母さんが心配で。父さんもいないし、いつも大人しい母さんが急にハイテンションだったり、サンドウィッチ作ったり、無理している気がして・・・。」ピーターの言葉を聞いたトレイシーは情けない気持ちだった。自分の子供に気を遣わせる親がどこにいるというのか。自分は母親失格なのかもしれない。そう思っているとピーターがさらに心配そうなまなざしを向けてきた。トレイシーはまた、息子に無理を装った。

 「子供が親の心配をするな。」トレイシーは笑いながらピーターを小突いたが、ピーターは表情一つ変わらなかった。そしてすぐにトレイシーからも笑顔が消えた。

 「それは決定なのよね?」ピーターは黙ってうなずいた。

 「自分で決める前に相談はしてほしかったなぁ。なんか母さんが頼りないみたい・・・」ピーターは母親の顔を覗き込むと、自分の過ちに気がついた気がした。

 「私って・・・」トレイシーは顔を上に上げ気持ちを切り替えるような素振りをとった。

 「でもよりによってなんで戦争に行くのよ。人の役に立ちたいなら、医者とかお巡りさんとかいろいろあるのに、父さんに憧れちゃったのかしらね。」トレイシーの口調はさっきとうって変わって少し明るかった。ピーターは母親にここまでさせてしまっている自分が少し情けなかった。

 「仕方ない、ウエリントンの血は争えないわね。ジムと一緒にあなたとお父さんの帰りを待ってるから、ちゃんと帰ってくるのよ。」ピーターは最後に少し声がうわずったのを聞き逃さなかった。ピーターは黙ってうなずいた。

 「さて、じゃあ家に行きますか。ジム何してるかしらね。」そう言うとトレイシーは立ち上がった。

 「ミスメリーウェザーと何かしてるんじゃない?」トレイシーにとってちょっと気に入らない発言だった。

 二人は公園を出て家に向った。公園から家はそんなに遠くはなかった。この時間になると仕事や学校帰りに、たまりにたまったストレスをリフレッシュしようと、人々が集まってきた。しかし、その人々の流れに逆らって二人は、家を目指していた。

 帰路の途中二人は交際をし始めたばかりのカップルのように、お互いの様子を伺い結局何も話さずに家の前に到着した。

 「なんか違う。」ピーターが二階のバルコニーを眺めながら息を吐くように言った。確かにどこか小綺麗になった印象をトレイシーも持った。すると家の中でジムの楽しそうな笑い声と共に駆け回るような足音が複数聞こえてきた。

 トレイシーとピーターは顔を見合わせると、急いで玄関の扉を開けた。

 「ジム!あんた・・・」勢いよく入ったトレイシーは、目の前に広がるいつもと違う家の中の光景に、言葉を失った。

 庭に干されていたはずの洗濯物はきれいに畳まれた状態で部屋の中に置かれ、流しにたまりっぱなしだった食器たちは、本来より純白に輝いていた。そして何よりも床だった。まるで張替えをしたのではないかと思えるほど、茶色が際立ったフローリングに生まれ変わっていた。

 すると、二階からミスメリーウェザーが涼しい顔で降りてきて二人を見た。

 「おかえりなさいませ。お食事の準備ができております。」

 「あなたが全部?」トレイシーは呆気にとられた様子だった。

 「いえ、ジム様も一緒に手伝ってくださいましたよ。」ジムと言う言葉に、トレイシーは反応するかのように、床の雑巾がけをするジムを目で追った。今見せているジムの笑顔をトレイシーは見たことがなかった。

 「ジム様とお話しされますか?」ミスメリーウェザーがそう言いながら再び、階段の方に体を向けていた。ピーターはもう既に二階に向っていた。

 トレイシーは再びジムの無邪気な普通の子供のような笑顔を眺めた。

 「今はやめておくわ。それより食事をお願いできるかしら?」その言葉にピーターが引き返してきた。

 「かしこまりました。」ミスメリーウェザーはそう言うと、台所へと向かった。

 「ジム。」トレイシーの声を聴いたジムの顔から笑顔が消えた。

 「食事の時間よ。雑巾をしまってきなさい。」トレイシーはなるべく優しく言うように心がけた。しかし、ジムの顔に笑顔は戻ってこなかった。おそらく今日のことで叱られると、ジムは考えていた。

 「ジム、今日はよく頑張ったわね。ありがとう。」ジムの表情が少し緩くなった気がしたが、笑顔は戻ってはこなかった。

 その日の夕食はいつもより静かに感じた。

「さぁ食べましょう。」ミスメリーウェザーが作った食事は絶品だった。しかし、三人は何を食べたのか覚えていなかった。ただ、一席誰も座っていない食卓テーブルの存在だけが虚しく残っていた。三人は大黒柱の偉大さと喪失感を改めて感じていた。

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