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ギフト  作者: マフィン
7/8

ケイティ・ベイン

 ケイティやトレイシーが学校に着くよりもずっと前、ジムは校庭の遊具であるドラム缶くらいの大きさの、大きな筒の中に隠れていた。

 なぜ、お母さんはいつも自分にちょっかいばかり出してくるケイティの味方をしたのか。ジムは母親を取られた喪失感を感じていた。ケイティはいつもジムに工作の時間、のりでジムがくっつけようとしていたものをケイティがくっつけたり、ジムが滑り台で滑ろうとすると、必ず滑り方が下手だといちゃもんをつけてきたり、しまいには、ジムの嫌いなドッチボールに、無理やりジムを入れて笑い者にしようとしたりと、ジムにとっては悩みの種だった。

 そんな、ジムにとって遊具の大きな筒は秘密基地のような場所だった。何せボールは飛んでこないし、石も飛んでこない。意地悪をしてくる奴もみんなこの筒の存在は気にも留めていなかった。

 すると、突然薄暗い筒の中に声が響き渡った。

 「ここにいたのね。教室にいないからおかしいと思ったのよ。」その声は宿敵ケイティ・ベインだ。とうとう彼女にこの場所もばれてしまったようだ。

 「なんであんたここにいるの、やっぱり変な子ね。」ジムはケイティのこの言葉と態度が大嫌いだった。何ならその態度のせいで今朝は、母親を失ったのだから。

 「お母さんが心配してたじゃない。ちゃんと謝らなきゃだめよ。」ジムは、三つほど上のお姉さんたちにそういうことを言われてもなんとも思わなかった。だが、ケイティ・ベインに言われると、なぜか胸にもやがかかるような気分になり、大声をあげたくなる衝動に駆られた。

 「別に、良いじゃないか。お母さんには君から大丈夫って伝えてくれよ。」今のジムからしたら、ケイティに味方した母トレイシーも敵だった。

 「良いから、早く出て来なさい。授業が始まるわよ。」まるで小さなお母さんのような口調で、ケイティは筒の中へ入ってきた。

 「入るな。やめろ!来るな!」ジムは迫りくる化け物から逃げるように、ケイティから逃げたがすぐにケイティは、ジムの脚をつかんだ。ケイティはそのままジムを筒の外へ引きずり出した。

 「やめろ!!!よせって!!!」ジムの声が筒の中でこだまして増幅されて外に出ていた。

 ジムが筒から引き出されると、校庭にいた生徒たちがみんなジムを見ている気がした。

 「ほら、汚い。」ケイティはジムの服をはたいて汚れを落としていた。その姿はまるで小さな親子・・・いや、小さな夫婦にも見えた。それはほかの生徒もそうだった。

 「おい見ろよ。ジムのやつケイティにお世話してもらってるぜ。」一人のボールを持った少年が、そう言うと今度は別のところで少女がからかい始めた。

 「ほんとジムっておこちゃま。まるでうちの3つ下の弟を見てるみたい。」ジムが聞こえていなかっただけで、ほかにもいろんな陰口がひそかに飛び交っていた。

 しかし、ケイティは全く気にしている素振りを見せなかった。それもそのはずで、ケイティをからかう陰口は一つもなかった。むしろ彼女を同情するような声がちょくちょく聞こえてきた。

 ジムはますます嫌になってしまった。なぜこうなってしまったのか。いつもピーターに送り向かいをしてもらっているときはこうはならないのに。ジムは無性にピーターに会いたくなった。ジムは今、一人ぼっちになった気分になりながら、ふと、もう一つ今日がいつもと違うところがあることにジムは気づいた。いつもは家に逃げても、家に誰もいない。しかし、今日は違う。あの良い匂いのするミスメリーウェザーがいるではないか。ジムは自分が今学校の校庭で、こうして笑われていることがむしろばかばかしく思えてきた。なぜ僕は今、学校にいるのだろう?ジムはそう思うと、一目散に校庭から走り去った。こう言う時ばかりはジムの脚は、同い年で一番速かった。

 遠くでケイティの呼ぶ声が聞こえていたが、ジムは振り向きもせず一目散に走り、校庭のフェンスの下の小さな穴をくぐり、いとも簡単に脱校に成功した。

 ジムはいつもピーターに家までの道のりを案内しながら帰っていた。なぜならピーターは驚くほどの方向音痴で、一度ロンドンの端っこまで迷いすぎてたどり着いたことがあった。その時は帰りが遅くなった理由も、校庭で二人でずっと遊んでいたと嘘をついた。校庭でそもそもジムは遊んだことはないが。とにかくその事件以来、学校からの帰り道はかなりジムの中で自信があった。

 最初の角を曲がり、パン屋の路地に入り、よくわからないおじさんが話しかけてくるお店を左に曲がり、あとはその先の川を渡り切った先を右に曲がれば、見慣れたロンドンの住宅街に到着できる。

 今日もいつも通り順調に住宅街へたどり着いた。強いて言えばいつもの変なおじさんはいなかったくらいだ。

 しかし、家の前に着くと、いつもはしない物音が家の中から聞こえてきた。やけに中は騒々しく、まるで引っ越しの荷解きをしているように、いろいろな家具の音が聞こえてきた。すると上から冷たい何かが降ってくるのを感じた。ジムは思わず二階を見るために、顔を見上げた。冷たい物の正体は、バルコニーの花の水をやる水であることが分かった。しかし、それはおかしなことであることはジムにもすぐに分かった。

 花に水をやっているはずの人間がどこにも見当たらなかった。仮にもし誰かが水をあげているとしたら、中で音を立てているのは誰?そもそもバルコニーに花なんてあったっけ?ジムは不思議に思いながらも、何のためらいもなく家のドアを開けた。

 「ただいま。」ジムはミスメリーウェザーに向けたつもりだったが、違うものが答えた。

 「お帰りなさいジム。」ジムはとびあがり、声のする方を見た。すると玄関先にあるコート掛けが、まるで長身のドアマンのようにお辞儀をしながらジムの背中に背負っている鞄をするりと拾い上げた。

 ジムは驚きのあまり足をヨタヨタさせながら後ろに下がっていると、今度はおぼつかない足元を知らない何かが勢いよく通っていった。ジムはそれを避けるように足をあげたが、バランスを崩して倒れた。するとさっき何かが通った床の部分に自分の顔が反射して映った。ジムは不思議そうに顔を上げ、いつもと様子が違う家の中を見回した。

 そこに広がっていた光景をジムは口をあんぐりと開けながら眺めた。掃除機や雑巾が一人でに部屋中の掃除をし、流しの食器たちは自ら水の溜まった洗剤入りの桶に浸かり、スポンジはその食器を丁寧に撫でるように洗っていた。

 ジムは一つ一つの家具の仕事ぶりをまるで博物館に来たかのように楽しそうに眺めていると、家具たちは皆ジムに挨拶をした。ジムもそれを面白そうに返していた。ジムはこんなことをしたであろう張本人が一体どこにいるのか家の中を探し回った。

 するとバルコニーに人影を見つけたジムは一目散に外に出た。

 「何してるの?」ジムの声に下に散らばっている洗濯バサミ達が一斉にジムを見た。

 「あらジム。あなたまだ学校にいると思ってたけど?今この子達に洗濯物の干し方を教えていたのよ。」エプロン姿のミスメリーウェザーがそういうと洗濯バサミたちがお辞儀をした。ジムがお辞儀を返すと再びミスメリーウェザーの指導が始まった。

 「良いかしら?干すときはまずシワを伸ばすの。できるかしら?」ミスメリーウェザーがそう言うと洗濯バサミたちは小さな体を巧みに使いシワを伸ばし始めた。

 「それをみんなで協力しながらテキパキとやるのよわかった?」洗濯バサミたちは小刻みに二回うなずくと各々作業に取り掛かった。

 「それで・・・そうだった。」ミスメリーウェザーはジムを見下ろした。

 「なんでこんなところにいるの?あなたが帰ってくるのは、まだずっと後のはずなのに・・・」ミスメリーウェザーはからかうような笑みを浮かべていたが、ジムはちっとも嫌な気はしなかった。

 「ケイティ・ベインがまた僕に意地悪をするんだ。」ジムは口を尖らせた。

 「そう・・・。とりあえず座りましょ。」そう言うとミスメリーウェザーは、ジムをリビングのソファへと促した。ジムは黙ってジェームズがいつも座っている場所のソファに座った。ミスメリーウェザーもその隣にゆっくりと腰を掛け、ジムの方を向いた。

 「それで?何をされたの?」ジムは学校であったことをすべて話した。

 「そう。それであなたは何が嫌だったの?」ジムはその質問をされても、何と答えて良いかわからなかった。ジムがしばらく黙っていると、ミスメリーウェザーは質問を変えた。

 「じゃあ、あなたの今の気持ちは?怒ってるの?」

 「もちろん。」ジムは強い口調で答えた。

 「なぜ?」

 「だって、ケイティはいつも僕がしていることに口を出してくるんだ。校庭で一人でトラを探していた時も、トラはいないって言って僕を無理やりグラウンドに引っ張り出して、みんなでボールを僕に投げつけるんだ。

 「それってドッヂボールをしてるってこと?」

 「そうだよ。でも、僕はあれが嫌いなんだ。痛いし面白くもなんともないんだもん。」ジムの口がどんどんとがってきた。

 「その時ケイティはどんな表情をしてる?」

 「楽しそうに笑ってる。」ジムは少しうつむきながら答えた。

 「もしかして、ケイティはあなたと友達になりたいんじゃないかしら?」

 「どうしてさ?」ジムはミスメリーウェザーがとんでもないこと言っていると言わんばかりに、若干にらみがかった目つきで見上げた。

 「それは、あなたに魅力があるからかしらね?」

 「でも、そしたらなぜ僕の嫌がることをするのさ。」ジムがそう言うとミスメリーウェザーは笑った。

 「そうね。確かにあなたからしたら嫌なことばかりしてくる子とはお友達になりたくないわよね。でも、ケイティにとってドッヂボールや外遊びが楽しいもので、それをあなたと一緒にやりたいから誘っているとしたら?」

 「でもなぜボールを当てて面白がるのさ。」

 「でも、あなた昨日お父様とお兄さんとでサッカーをしていた時、点数を入れられていたのに、すごく楽しそうだったらしいじゃない?」ミスメリーウェザーの言葉に、ジムは目を丸くした。

 「なんで知ってるの?」

 「洗濯竿に聞いたのよ。なんせ昨日の サッカーゴールだったものね。」ジムは、庭をみると、せっせと洗濯バサミと竿が洗濯物をきれいに干していた。

 「それにあなたもその気持ちはなんとなく感じているはずよ?」ミスメリーウェザーがそう言うと、まん丸いジムの目がまたこちらを向いた。

 「だって、もしケイティにされたことが嫌なら、何が嫌だったのかについての私の質問にしっかり答えられたはず。でも、あなたは答えられなかった。」

 「そうなんだ。なぜかわからないけど・・・。」

 「人間の気持ちって難しいわよね。でもそれは多分あなたは、相手の気持ちをちゃんと理解できる賢い子ってことなのよ。」

 「なぜ?」ミスメリーウェザーはその答えをすぐには言わなかった。

 「多分だけど、あなたはケイティの行動が嫌なわけじゃなくて、周りの反応が嫌なんじゃないかしら?」

 「周りの反応?」ジムは首を傾げた。やはりこの歳の子には難しい内容だった。

 「あなたはケイティの言動に対してのお母さんの言葉や、ケイティに泥を落としてもらっているときの周りのお友達がからかってくるのが嫌だったんじゃないの?」ジムはミスメリーウェザーの言葉にどうやら心当たりがあるようだった。ジムは胸の中で霧のようにもやもやしていた気持ちが、晴れ渡るようなすがすがしい気分がしていた。

 「じゃあ僕はケイティに怒っているわけじゃないの?」

 「確かにあなたは、ケイティに怒っていた。だって友達やお母様があなたに対して嫌な行動の原因であるから。でも本当にケイティはあなたに悪いことをしていたのかしら?もう一度考えてみて。」ジムはミスメリーウェザーにそう言われると目を閉じて考え込んだ。

 「彼女はただ、あなたの手助けをしたかっただけかもしれない。それがたとえあなたにとって迷惑なことだったとしても、それでケイティを悪者にしてしまうのはどうかしら?」ジムは黙って首を横に振った。

 「ミスメリーウェザー、僕は悪い子なの?」ジムは心配そうにミスメリーウェザーを見つめた。するとミスメリーウェザーは優しく微笑みながら答えた。

 「確かに。でも仕方がない。その時はわからなかったのだから。」ジムは安堵した表情を見せた。

 「でもそれはケイティも一緒よね?」ジムはうなずいた。

 「でも、今日はもう学校には行きたくないよ。」ジムはミスメリーウェザーに訴えた。

 「そうね。もうそろそろお母様が戻ってくるし、また話し合いをすることになるでしょう。」

 「怒られるかなぁ?」

 「それは心配させたんですもの。仕方がないわね。」ジムはその言葉を聞いて深くうつむいた。

 するとその下を勢いよく雑巾たちが、まるでF-1レーサー並みのスピードで通り過ぎていった。ふと顔を上げると家中が、輝いているかのようピカピカになっていた。そして家具たちは各々の場所に再び戻っていくと、そのまま再び動かなくなっていった。

 「ねぇ、どうやってやったの?」

 「何を?」ミスメリーウェザーは、猫なで声のように聞き返した。

 「洗濯バサミとかスポンジとかどうやって動かしたの?」

 「どうやってってどういうこと?」

 「だって普通は動かないでしょ?」

 「あら?もう忘れたの?そうやって決めつけているから家具は動かないのよ。それに彼らから聞いたわよ。ずいぶんとほったらかしにされていたらしいわね?」確かに、ジムを含めウエリントン家の人々は掃除が大の苦手だった。

 「良いかしら?存在を忘れられるってとても悲しいことなの。それは家具たちも一緒。それにあなたは、あまり物を大切に扱わないようね。さっき上で本が3冊ほど泣いていたわよ。」ジムはバツの悪そうな顔をした。

 「だって本が嫌いなんだもん。」

 「それはなぜ?」ミスメリーウェザーの質問にジムは答えが出てこなかった。なぜなら理由を言ったら、それに対しての答えが予想できたからだ。ジムは黙ったまま、外に干してあった雑巾を手に取った。

 「僕もお掃除する。家具のお手伝いをするよ。」

 「それはいい考えね。きっとあなたとお掃除が出来て、家具たちも喜ぶわよ。」ジムは、家中の家具を見渡すと、家具たちの動きがどこか嬉しそうに感じた。

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