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ギフト  作者: マフィン
4/8

サッカー

 ダイニングテーブルにはロールパンや食パンなど様々なパンが並んでおり、ハムやキュウリ、卵やオートミールなどに加え、オリジナルの具材が挟んである。サンドウィッチとは別にフライドポテトがテーブルの真ん中に添えてあり、むしろ今日の夕食の主役の座を牛耳っているように、ダイニングのにおいも支配していた。

 そのテーブルをジェームズの隣にトレイシー、向かい側にピーターとその隣にジムが座り、皆お腹を空かせて食卓に並んだご馳走を眺めていた。しかし、ジェームズだけ一人心ここにあらずと言わんばかりに、浮かない表情で座っていた。

 「どうしたの?大丈夫?」トレイシーがジェームズの顔を覗き込んだ。ジェームズはふと我に返ると、二人の息子の心配そうな顔が目に入った。

 「すまん。さぁ食べようか。」ジェームズはどうにかごまかすように、少し声のトーンを上げ明るく振る舞った。その声に二人の子供は笑顔になり、手を顔の前で組むと、食事の前のお祈りを始めた。

 お祈りの言葉を言い終えると、ジムは勢いよくサンドウィッチに手を伸ばし、あっという間に一切れを平らげた。ジムはとても満足そうな笑みを浮かべると、トレイシーも今日の疲れが吹き飛んでいった。さらにジムはすかさずフライドポテトに手を伸ばし一本食べるや否や、先ほどとは比べ物にならないくらいの笑顔で「やっぱりポテトが一番。」と一言言った。

 すぐにピーターが別のサンドウィッチに手を伸ばした。

 「こっちのサンドウィッチもおいしい。この具材は?」ピーターは勢いよく食べたものの、今まで食べたことがない触感と味のハーモニーに困惑した。すると、トレイシーは怪しい笑顔で

 「さぁ、何でしょう?」と気を使ったピーターをからかった。しかし、そんな中一人ずっと無言でジェームズはサンドウィッチをほおばりながら、ちらちらと玄関の方に視線を送っていた。先ほどの女性が頭から離れなかったのである。

 ただ者ならぬオーラ、現れる前に吹き抜けた突風、そして雨が降っていないのにさしていた紫色の雨傘。ジェームズは、兵士仲間の間で噂になっていた話を思い出していた。

 それは時々戦場に明らかにその場の雰囲気ではない人を見かけ、それが死神ではないかと言う噂だった。その噂によるとその人は、性別は不明だがどんなに寒くても、暑くても、雨が降っていようが、雷が鳴っていようが、紫色の雨傘をさしているのだという。

 さらにジェームズは彼女の言動にも違和感を覚えていた。

 「最後の家族団らん・・・」その言葉は食卓に漏れていた。

 「あなた、大丈夫?」ジェームズは再び心配そうに自分を眺める家族の姿を目にしていた。

 「すまん、この具材が何なのか考えていた。」ジェームズは再び、トーンとユーモラスな話題でごまかそうとしたが、さすがに無理があった。

 「最後の家族団らんってどういうこと?」ピーターは察していた事実を否定してほしい気持ちで聞き返した。

 「ねぇダンランって何?」ジムもただならぬ空気を感じているようであった。

 「俺そんなこと言ったか?聞き間違えじゃないか?」ジェームズはそう言いながら、サンドウィッチを食べた。

 「これ本当になんだかわかんないなぁ。ジムわかるか?」ジェームズは、ごまかすのに一番適した人間に話題を振った。

 「まだ食べてない。」しかし、なかなかジムも雰囲気を察知してか、ジェームズの答えに応じてくれなかった。

 「じゃあ、一口食べてみて。」そう言うと例のサンドウィッチを渡した。

 「僕もうお腹いっぱい。」ジムは完全にご機嫌斜めモードになってしまった。

 「そうか、残念だなぁ。ねぇ母さん。」ジェームズはトレイシーに話を振ると、トレイシーも何か考え事をしていたのか、はっと気が付いたような表情で我に戻った。

 「そうねぇ。」トレイシーのあたりさわりのない答えにジェームズは孤独感を感じた。

 「なんで?」ジムの純粋かつストレートな返答に、ジェームズは頭をフル回転させた。

 「だってこれは・・・あの伝説の海でとれた食材をいっぱい使ってるんだぞ。」

 「それってどこ?」ジムはかなり疑いの眼差しをジェームズに向けていた。

 「どこって、遠い国さ。シルクロードの終着点くらいに、黄金の国があってそこの海も黄金の色をしている。」ジムの体が少し前傾姿勢になり始めた。ジェームズはいつもの調子を取り戻し、さらに話をつづけた。

 「そこを泳いでる魚は、ジムくらいの大きさで、何と黄金色にきらきら光ってるんだ。」すっかりジムは、その魚の虜になっていた。

 「もしかしてこのサンドウィッチはこの魚が入ってるの?」ジムの無邪気な顔にジェームズはさらに話を膨らました。

 「もちろん。しかも、この魚を食べると幸運になれるんだ。」

 「コウウンって?」知っている言葉を、わかりやすく説明することほど難しいことはない。

 「ジムに良いことがいっぱい起こったり、何かするときに助けてくれたりする不思議な力さ。」ジェームズが得意げに言うと、ジムは渡されたサンドウィッチを、まるで二度と手に入らない財宝のように眺めると、恐る恐るほおばった。

 「おいしい。これすごいおいしいよ。」ジムは今日一番の笑顔で叫んだ。

 「よかった。いっぱいあるから、いっぱい食べなさいね。」トレイシーがそう言うと、ジムは柔らかいほっぺを膨らませながら、笑顔で右手を挙げた。

 ジェームズはその様子を見ながら、クリスティンの耳元に近づいた。

 「ちなみに本当はあれ何?」その質問に対して、トレイシーもジェームズに近づいた。

 「ウナギゼリー。」トレイシーは嬉しそうに答えた。ジェームズは彼女の料理センスを少し疑った。

 「よし、じゃあご飯食べ終わったら今日は二人の好きなことをして遊ぶぞ。」ジェームズがそう言うと、ジムは手に持っているポテトを投げる勢いで、手を上に振り上げた。

 「何がしたい?サッカーか?」ジェームズがそう言うと、ピーターは少しうれしそうな顔をした。ジムが生まれる前、ピーターはジェームズとサッカーをするのが大好きだった。

 しかし、一方のジムは浮かない顔をしていた。もちろんその理由をピーターは知っていた。

 「いや、違うことしようよ。」ピーターがそう言うと、ジェームズはジムに目線を近づけた。

 「ジム、どうかしたか?」ジェームズは優しく語りかけた。

 「僕、サッカーはしたくない。」ジムはうつむきながら答えた。

 「なぜ?」

 「だって、僕がサッカーをするとみんな僕を嫌うんだ。だから、サッカーをしたら、ピーターもお父さんも僕を嫌うでしょ?」ジムの言葉にピーターはジムとジェームズの間に割って入ろうとした。しかし、ジェームズはそれを許さなかった。

 「じゃあこれならどうだ?」そう言うとジェームズは立ち上がりどこかへ向かった。三人は、不思議そうな表情でジェームズの行方を追いながら、ウナギゼリーのサンドウィッチをほおばった。

 すると、すぐにジェームズはほこり被ってヘロヘロのサッカーボールを持って帰ってきた。

 「これはなーんだ?」ジェームズはサッカーボールをジムに見せた。

 「サッカーボールでしょ?」ジムは不思議そうに恐る恐る答えた。

 「残念。」ジェームズの言葉に、ジムは驚きを隠せなかった。

 「実はこの中には、秘密の宝が隠されている。中を見たいかい?」ジェームズは小声でジムに言うと、ジムは無言でうなずいた。同じくピーターもうなずくとジェームズはピーターからボールを遠ざけた。

 「これはジムとの宝だからピーターはだめだ。」ジェームズは冷たくあしらいながら、目で合図を送った。

 「じゃあ、力づくで奪ってやる。」そう言うとピーターは下からボールをつつき、そのまま庭へ向かった。

 「あ、まずい、追いかけるぞ。」

 「うん。」そう言うと、男三人は食卓から離れ、庭へと向かった。

 「ちょっと、まだ残ってるわよ。」トレイシーは口ではそう言いながら、そこまで強く言わず、三人が遊ぶ姿をほほえましく眺めながら、サンドウィッチをつまんでいた。

 「これは、しばらくはこの残り物で過ごせそうね。」そう言いながら、自称最高傑作のサンドウィッチを眺めた。

 ジムの動きも宝を守るためのロールプレイングゲームから次第にサッカーに変わっており、ピーターとチームを組んだり、ジェームズとピーターのコンビを相手にゴールを狙ったりと、彼の短い人生で一番楽しいサッカーをしていた。

 しばらくすると、ジムは眠くなってしまったのかリビングルームのソファで眠ってしまった。それと同時にジェームズとピーターもサッカーをやめ、少し外の空気をゆっくりすっていた。

 今日は満点の星空で、リビングルームの明かりを落とすとさらにきれいに見えた。

 「すっかりサッカー好きになったね。ジム。」ピーターはトレイシーの膝を枕にすやすや眠るジムを窓越しに視線を向けた。

 「血は争えないな。」ジェームズもジムに視線を向けながら話していた。トレイシーがジムを抱き上げ、寝室へ連れて行くと二人は再び星空を眺めた。

 「ジムの空想好きも父さん譲りだしね。」

 「いや、ジムには負けるよ。」ジェームズは両手を広げ大きく伸びをしながらあくびをした。それにつられピーターもゆっくりとあくびをした。

 「あいつ、すごいよな。想像力だけでできないものができるようになっちゃうんだから。あのまままっすぐ育ってほしいなぁ。」ジェームズはつぶやくように言った。

 「でも、父さんもすごいよ。あんな発想はなかった。」ピーターは親をほめることに対して少し照れくささを抱いていた。

 「お前だって、同じ血が流れてんだから、その気になればいくらだってできるさ。」

 「でもジムみたいにたとえ父さんの言葉があったからとはいえ、あそこまで自分をだませるなんて・・・」ピーターはそう言いながら、大きなため息をついた。

 「俺もそれが出来たらなぁ。」すると間髪入れずにジェームズが答えた。

 「できてるよ。」その言葉にピーターは不思議そうにジェームズを見た。

 「ただ、その才能の使い方を間違えてるだけで、お前は悪い意味で自分をだましてる。」そう言うと、ジェームズはピーターの両肩を軽く添えた。急なことでピーターも少し驚きながらも、どこか心を見透かされたような気分だった。

 「お前はもう少し、自分のために生きなさい。誰かのために何かするのは良いことだ。だが、自分を犠牲にする必要はない。それがたとえ家族のためであったとしてもだ。」

 「でも、父さんだって母さんだって僕らのために・・・。」ピーターからの質問を予想していたかのように、ジェームズはピーターの言葉を遮って答えた。

 「それは俺たちにとって二人は宝だからさ。」

 「じゃあ、仕事は?なんで国のために父さんは命を懸けるのさ。」ジェームズは返す言葉がなく、思わず笑ってしまった。

 「結局、血は争えないってことだな。」しかし、ジェームズの笑ってごまかしていることにピーターはあまり腑に落ちていない様子だった。ジェームズはその様子を察し、今度はピーターの頭を軽く撫でた。

 「お前は正真正銘の俺の子供ってわけだ。」ピーターは久方ぶりに父に撫でられ、懐かしさを感じていた。

 「さぁ、そろそろ冷えてきたし、中に入るか。」ジェームズがそう言うと、二人は家の中へ入った。

 「もう寝るのか?」ジェームズの答えに、ピーターは一言返した。

 「明日早いし。」しかし、日曜日に学校などない。ジェームズはその一言ですべてを察した。

 「そうだな。」ジェームズの声が少し上ずった。ピーターがそのまま階段を上がろうとしたとき、上からトレイシーが降りてきた。その入れ違いでピーターも上に上がろうとしていた。

 「父さん。」ピーターがそう言うと、ジェームズとトレイシーも静かにピーターに視線を向けた。

 「おやすみなさい。」二人は久しぶりに彼からこの言葉を聞いた。いつもジムを寝かしつけるのをお願いしているせいか、ピーターも言うタイミングがなかった。

 「ああ、おやすみ。」ジェームズはその一言をかみしめた。

 「ゆっくり休んで。」トレイシーもジェームズと同じ気持ちだった。二人はいつの間にか大きくなった息子の背中を姿が見えなくなり、寝室の扉が閉まる音が聞こえてもなお、そこに浮かぶ残像を見つめていた。

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