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ギフト  作者: マフィン
1/8

クリスマスリース

 クリスマスのウエリントン邸には、今年も家主の息子家族が休暇に訪れていた。林業で成功を収めたウエリントン氏は、広大な林の中に豪邸を建て、自然に囲まれて生活していたが、彼が亡くなり今はウエリントン夫人と十人の使用人たちが、木々に囲まれた不便な土地に住んでいた。そのため、彼女にとってクリスマスは一大イベントであった。この日も朝から屋敷の外も中も使用人たちが行ったり来たり、ウエリントン夫人のあれやこれやという怒号が、飛び交っていた。今は、家族も到着し落ち着いたのか、屋敷はひと時の平和な時間が流れていた。

 そんな屋敷のリビングでは息子家族とウエリントン夫人が団らんをしていた。リビングの中央にある暖炉が、破裂音を発しながら部屋を暖め、彼らのそばに置いてあるティーカップからは、紅茶の香りが漂っていた。

 「そう、ピーターは母親に似て、賢いのね。」ウエリントン夫人はそう言うと、ティーカップを口に近づけた。暖炉のすぐそばに座っているウエリントン夫人と向かい合うように、横一列に左から息子のジェームズ、その奥さんのトレイシー、長男のピーター、そして一番窓側には末っ子のジムが、窓の外をぼーっと見ていた。

 「そんなことはございませんよ。もうティーンエイジャーですからそれくらいは・・・」母のトレイシーが謙遜をする姿は、まるで私立学校の入試の面接のような光景であった。すると、ウエリントン夫人は、今度は紅茶をすすりながら鋭い視線を窓の外を眺めているジムに向けた。

 「あなたはジム。今年からの学校はどうかしら?」しかし、ジムは全く反応しなかった。すると、ウエリントン夫人は目線をまっすぐジムに向けたまま、

 「ジム・ウエリントン。」と低い声で呼び上げた。しかし、ジムは窓の外から視線を外すことはなかった。すると、ウエリントン夫人は軽くため息をついた。

 「全くこの子は残念ながら、あなたに似てしまったのね。ジェームズ。」ウエリントン夫人はがっかりしたように頭を抱えた。

 「母さん、まだ六歳だから遊びたい盛りなんだよ。」ジェームズの言葉を聞いて、ウエリントン夫人は、鋭い視線をジェームズに送った。

 「そう言ってあなたのお父さんは、あなたを甘やかした結果どうなったかしらねぇ?」ウエリントン夫人は、皮肉たっぷりに反論した。ジェームズは自分の学歴や職歴を考え、反論するのをやめた。

 「でもジムは今日、おじいさまの林で遊ぶのを楽しみにしていました。」ピーターは淡々と毅然とした態度で言うと、ウエリントン夫人の表情が少し和らいだ。

 「まぁそうね。彼も外に出たいようだし・・・」そう言うとウエリントン夫人はティーカップを置いた。

 「少し各々自由に過ごそうかしらね。ピーター、あなたに面白い本を見せてあげるわ。」

 「ありがとうございます。」そう言うとピーターはウエリントン夫人と文学好きのトレイシーと一緒に書庫へ向かった。

 残されたジェームズは、外を眺めているジムに近づいた。

 「なにか見えるかい?」ジェームズはジムの目線に自分の目線を合わせると優しく話しかけた。するとジムはゆっくりとジェームズの方を見た。

 「ねぇお父さん。なぜおばあ様は僕のことが嫌いなの?」ジムは寂しそうな顔で質問した。

 「それはジムがおばあ様の質問を答えないで外ばかり見ていたからだぞ。」ジェームズは優しく言い聞かせるように答えた。

 「だって、おばあ様はいつもトラみたいな怖い目で僕を見るんだよ?」

 「全く。そんなこと言ったら、おばあ様泣いちゃうぞ?」そう言うと、ジェームズは優しくジムの頭に手を置いた。

 「よし、もみの木探しに行くぞ。」ジェームズがそう言うと、ジムは無邪気な笑顔でジェームズを見上げた。

 「もう僕見つけたよ。そこのおっきいやつ。」ジムはそう言いながら、窓の外の無数にあるもみの木から一つを指さしていた。

 「じゃあ、そこまで行こうか。」ジェームズがそう言うと、ジムは嬉しそうにうなずくと、椅子から立ち上がり、ジェームズと手をつなぎながら外へ向かった。

 「もしかして、ずっと窓の外を見て探していたのかい?」

 「うん、だってずっと楽しみにしてたんだもん。」ジムは毎年のクリスマス休暇のウエリントン邸の訪問で、唯一の楽しみが父と行くもみの木探しであった。毎年、ウエリントン家の所有している土地の林の中にあるもみの木を探しに行きながら、木々やそこに咲く花を見たり、枯れ葉で遊んだり、ロンドン育ちのジムにとって、ウエリントン家の林は冒険の舞台だった。

 そして今年も父親と二人で林の中に入り、自然に触れ光合成によって生成された新鮮な酸素をいっぱい吸って、自然を満喫していたが、少し元気がないようにジェームズは感じていた。もちろんその理由は、彼も分かってはいた。

 「今年もピーターとお母さん、来なかったね。」ジムは、寂しそうに下に転がっている木の実を蹴り飛ばしながらつぶやいた。

 「まぁピーターも勉強が忙しくなってくるから仕方がないよ。」ジムにとってはただ林に行くことが楽しみだったわけではなく、家族四人でもみの木探しに行くのが楽しみであった。ジェームズはもちろん、しっかりわかっていた。

 「よし、ピーターと母さんのためにも立派なもみの木を持って帰るぞ。」ジェームズがそう言うと、ジムもすっかり機嫌を直したが、父を気遣っての幼心の思いやりであることも、ジェームズはしっかり感じていた。

 「で、ジムが見つけたもみの木はどれだい?」

 「えっと、あっち。」ジムは先ほど屋敷で指をさしていた方向と真逆の位置を指さしながら、走り始めた。

 「気をつけろよ。」ジェームズは少し遅れて、ジムの後を追いかけて林のさらに奥へと向かった。

 「遅いよ。」ジムがそういうと、ジェームズは辺りを見回していた。

 「どうしたの?」ジムは心配そうな顔をしてジェームズの様子を伺っていた。

 「ジム、あれを見てみろよ。」そこには枯葉に埋もれた小さな洞穴があった。

 「もしかしたら、この辺りはもみの木を守るトロールがうろついているかもしれないぞ。」その言葉を聞いてジムの顔は少しこわばった。

 「じゃあ、慎重にいかないといけないね。」

 「そうだ。少しでも大きな音を立てると、トロールが襲ってくるかもしれない。」ジムのひそひそ声に合わせて、ジェームズも声を落として答えた。

 ジムの中でもみの木探しは、一瞬で大冒険へと変化した。

 しばらくすると、ジムは一本の大きなもみの木の前で立ち止まった。

 「これ。」ジムはそう言うと、笑顔でジェームズを見つめた。ジェームズはそのもみの木を見上げた。

 「確かにこれは立派な木だ。」そう言いながらジェームズは、木を優しく押し始めた。ジェームズが押した部分は、少しへこみ痛みかかっていた。

 「よし、これにしようか。」ジェームズが何の迷いもなくそう言うと、ジムは嬉しそうに飛び上がった。

 「ちょっとごめんよ。」ジェームズはジムに聞こえないくらいの声でつぶやくと、もみの木の枝を折り始めた。軍隊で鍛えた彼の上腕筋が膨れ上がったがなかなか折れなかった。ジムはその光景を楽しそうに眺めていた。

 すると少しずつ木から亀裂が入る音が聞こえ始めると、なんとかきれいに枝が折れた。ジェームズは折れたもみの枝を眺めた。ジェームズはその後も何本かその木の枝を折った。

 「よし、この木を持ち帰ろう。」ジェームズがそう言うと、ジムも大きくうなずいた。

 「ちゃんと、木にお礼を言って。」

 「ありがとう。」ジムは元気に腐りかけていたもみの木にお礼を言うと、何本かのもみの枝を大事そうに手に持って、屋敷へと向かった。

 「ピーターとお母さんびっくりするかな?」

 「今年はジムが豪華なのを見つけてくれたから、きっと喜ぶぞ。」ジェームズがそう言うと、ジムの歩みはスキップに変わった。

 屋敷に到着すると、ピーターとトレイシーが玄関先で待っていた。

 「おかえり。遅かったわね。」疲れから歩みが遅い二人の到着を待たずに、トレイシーが遠くに見える二人に声を飛ばした。

 「すまない。ちょっと遠くまで行ってたもんで。」ジェームズも負けじと大きな声を、屋敷の玄関先へ飛ばした。辺りは落ちた日のわずかな光が紫色に照らされていた。

 「ピーター、今年は僕が選んだんだよ。」ジムも到着まで我慢できずに大きな声でピーターに伝えたその声は、あちらこちらに飛び散っていた。

 「全く。こっち着いてから喋ればいいのに。」ピーターは笑いながらそう言うと、ジムの元へ走っていった。ピーターがジムの元へ到着すると、ジムは嬉しそうに手に持っていたもみの枝をピーターに見せた。

 「見て。すごいでしょ?」ピーターはジムとジェームズが持っていた枝の量に衝撃を受けていた。

 「すごいなぁ。母さんにも見せておいてで。」

 「わかった。」そう言うと、ジムはトレイシーの元へ走っていった。

 「父さん、毎年毎年あんな量持って行っちゃって平気なわけ?」

 「大丈夫。今年のはギリギリ売り物にならそうなやつだったしな。」しかし、その説明にピーターは納得ができていない様子であった。

 「ていうか子供がそういう心配をするものじゃないの。」ジェームズはそう言うと、残りのもみの枝をピーターに渡した。

 「お前にもそろそろウエリントン家直伝のクリスマスリースの作り方を教えるとしよう。」ジェームズがそう言うと、ピーターはジムのように嬉しそうに、屋敷へと向かっていった。そんな息子たちの様子をジェームズは満足そうに見つめ、自分も屋敷へと向かった。

 「すごい量ね。ジムが見つけてきたの?」

 「そうだよ。」そんな二人のやり取りを、ピーターが割って入った。

 「なぁ、ジム。今年は俺もリースを作るぞ。」するとジムの口がとがり始めた。

 「え、ずるい。僕も作りたい。」

 「ジムには、まだ難しいって。」二人はトレイシーの前でけんかをし始めた。その声は林の奥まで届いていそうなくらい、辺りに響きわたっていた。トレイシーも母親とはいえ、二人の勢いに圧倒されていた。するとジェームズが、わかりきった顔でジムに近づいた。

 「ジムはその分、飾りつけの仕事を独り占めできるんだぞ。」するとさっきまでとがっていたジムの口が引っ込んだ。

 「そっか。じゃあいいや。」そう言うとジムは、持っていた枝をすべてピーターに渡した。するといきなり屋敷の玄関口が開いた。

 「それならお夕食までリビングを使いなさい。」そこにはウエリントン夫人が、ティーカップを持ちながら立っていた。

 「お袋?珍しいこともあるなぁ。」ジェームズが少し笑いながら言うと、ウエリントン夫人は、少しばつの悪そうな顔をした。

 「そんな声で外で話されたら近所迷惑ですから仕方なしにです。さぁ日も沈んで冷えますから中へお入んなさい。」ウエリントン夫人は、屋敷の周りに広がるだだ広い林を眺めながら言うと、屋敷の中へ入っていった。

 大人二人とピーターは顔を見合わせると、少し笑いながら、ジムはその光景を不思議そうに眺めながら後をついていくように屋敷へ入った。

 リビングルームは先程とは雲泥の差で、温かい雰囲気に包まれていた。暖炉の火で温まった部屋が四人の体を芯まで温めた。

 「よし、早速始めようか。」ジェームズがそう言うと、ピーターとリースづくりを始めた。ウエリントン夫人とトレイシーは各々読書をはじめ、ジムは一人何をしようか辺りを見回した。しかし、リースができない限り自分の仕事が来ることはない。すると、それを見かねたジェームズが、ジムの方を見た。

 「ジムも少し見てみるかい?」ジェームズの言葉に、ジムは日が射したかのように笑顔で、駆け寄った。

 しかし、ジムのそのうれしさもつかの間、しばらくするとジェームズが申し訳なさそうに、ジムの方を見た。

 「ごめんな。ここからは企業秘密だ。」すると再びジムの口がとがり始めた。

 「えぇ、なんでよ。」すると窓際で読書をしていたトレイシーが、本から目を離した。

 「ジム、こっちで母さんと本を読みましょ?」トレイシーがそう言うと、ジムはまた一人で部屋の隅の椅子に座った。トレイシーは読書嫌いのジムの性格を見越した作戦の成功を見届けると、また本に目を移した。

 しかし、あきらめがいかないジムは、ジェームズとピーターの周りを徘徊し始めた。しかし、ジムの身長では二人の手元で何が行われているのか、はっきりと見ることが出来ずにいた。ジムはそこから情報を得るのあきらめた。

 しばらくすると、ジェームズがジムに近づいてきた。

 「お待たせジム。このリースに飾り付けをお願い。」そういうとジェームズは、出来立てほやほやのクリスマスリースをジムに手渡した。たくさんのもみの枝を編み込んで作られたそのリースは、とても手作業で作っているとは思えないほど精巧な出来であった。

 「父さん、ここからわかんないや。」ピーターがまだ枝の状態のもみを何本も手に持ちながら訴えていた。

 「もうすぐ兄さんのも来るからな。」そういうとジェームズは再びピーターのそばに戻った。ジムはリースを不思議そうに眺めていた。今までこのリースをどうやって作るのかなど考えたこともなかったジムは、完成したリースを見ながら、その謎を解き明かそうと頭の中で奮闘していた。

 すると、ジムが座っていた椅子の近くに、余ったもみの枝が散らばっていた。ジムはその枝をかき集めて、見様見真似でリースの形を作り始めた。その様子をウエリントン夫人は鋭い目で見つめていた。

 そんなことも知らず、ジムは一生懸命進んでは、元に戻しと一歩一歩完成に近づけていた。

 「難しい。こんなのできないよ。」ピーターが大きな声で弱音を吐いた。

 「最初はな。でもいつかはこんなの軽くできるようになるから。」ジェームズの軽い口調に、ピーターは自分に対して憤りを感じていた。そんなやりとりをしている中、ジムは黙々と作業をしていた。すると、とうとうウエリントン夫人がジムに近づいた。その姿を他の三人は、息をのんで見守っていた。

 「ジム、あなた何をしているの?」ジムはいきなり話しかけられ、背筋が伸び切った。

 「いや、何でもないです。」ジムはおびえた声で答えた。

 「あなたお父様になんて言われたの?」ウエリントン夫人の鋭い視線が、ジムを貫いていた。

 「いや僕もリースを作ってみたくて・・・ごめんなさい。」ジムは顔を下に向けると、ジェームズが作ったリースを机の真ん中に置き、余った枝をどかした。

 「おふくろ、別にいいじゃ・・・」

 「ほんとよ。全然作り方が違うわよ。」ジェームズの言葉を遮ったウエリントン夫人は、膝をついてジムと目線を合わせると、もみの枝を持ち始めジムにリースの作り方を教え始めた。その光景を他の三人は、驚いた表情で見つめていた。ジムは相変わらず、ウエリントン夫人の厳しい口調に委縮しながらも、リースづくりを進めていた。

 「おい、もうジムあそこまで行ってるぞ。」ジェームズがそういうと、ウエリントン夫人が虎のような目つきでにらみつけた。

 「誰が教えていると思っているの?」

 「はい、そうでした。」ジェームズは顔をこわばらせて答えた。

 「ほんと、あなたにそっくりね。」ウエリントン夫人はかすかに聞こえる声でつぶやいたその表情は、少し緩んでいた。

 すると突然、部屋の扉が開いた。

 「皆様お待たせいたしました。ディナーの準備が整いました。」使用人がそういうと、ジェームズたちは、各々持っていたものを机に置いて、立ち上がった。

 「この続きはディナーの後で。」

 「え?」

 しかし、ウエリントン夫人は立ち上がろうとしなかった。

 「ジム、あなたはもう少しやるわよ。」

 「分かりました。おばあ様。」ジムは不本意ながら、同意の返事を返した。

 「ほんと熱中するところは、お母様似なのね。あなた。」その様子を見ながら、トレイシーがつぶやいた。

 そんなウエリントン邸の外は、雪が散らついて、ホワイトクリスマスが期待できる天気になっていた。


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