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天の雫  作者: 紘仲 哉弛
第1章 嵐の前の静けさ
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2.油屋とお嬢様

 土埃が舞っている。

 今日は特別風が強く。

 舗装されていない道は土をむき出しにしている。


 少年は目を細めながら、道ゆく人を見ていた。

 子供を抱え、庇いながら歩く女。

 顔の周りに布を当てて歩く大男。

 それぞれが先を急いでいた。


「こんな日は店を早く閉めようぜ」


 恰幅の良い若い男が嬉しそうに話す。その若い男は店に土埃が入らないように、いそいそとガラス戸を引き始めた。


「こら!ダン!なに店閉まいしようとしてんだい!!」


 店の奥から、痩せた中年の女がバタバタと出てくる。ダンは慌ててガラス戸から手を離した。


「母さん、こんな酷い日に客なんて来ないよ」


 ダンは恐る恐る母を見る。


「わからんだろ!それにシュリお嬢様がまだ来てないじゃないか!」


 女は遥か向こうに目をやった。


 あのお嬢様は、必ず金曜日にやってくる。ほんの少しの油を買いに来るだけだが、万が一、来た時に店が閉まっているのはマズイ。とても優しい方だが、この金曜日は別だ。こちらの都合で閉めてしまったら、あのお方は酷く激怒するのだ。


「所詮、子供じゃないか」


 ダンは不服そうに、ボソリと言う。


「は???何だと?」


  女は目を見開いた。


 あのお嬢様は商家の1人娘。この国で1番大きな商家、緑家の娘だ。それも、恐ろしく頭が良く、次期の当主は間違いない……。


「あの子は油を買いに来るんじゃない。リュウに会いに来るだけだろ」


 ダンは控えめにボソボソと言う。


 女は苦笑いをする。


(リュウか……あのよくわからない子供)


 ある日、店を開けたら、母子で行き倒れていた。子供だけ生き残った、面倒なことに。役所に引き渡そうとしたら、緑家の奥様が「月々お金を出すから面倒を見て欲しい」と言う。


(なぜそこまでしてやるのか、母親の知り合いでもないのに)


 おまけに成長した緑家の娘はその子を気に入り、毎週様子を見に来ている。


 その子がリュウだ。


 リュウは口をきけない。字も書けず、ただ地面に絵を描いている。それも意味不明な記号ばかり。店の手伝いどころか、家の手伝いすらできない。


(所謂、穀潰しだ)


 奥様が生きておられた時は毎日金が貰えだが、亡くなってからは無くなった。週に1度、お嬢様が油を買いに来るだけだ。正直、迷惑なお荷物を追い出したいが、それもできない。


 1度追い出そうとして、店の仕入れを止められそうになった。あのお嬢様が裏で何かしたらしい。


(恐ろしい娘だ)

 

 まだ子供だからお金は持てないが、どうも帳簿や伝票を握っているようだ。


(リュウ、リュウ!いったいこのガキがなんだってんだ!?)


 店の前でしゃがんでいる男児を睨みつける。


 リュウと呼ばれるその子は髪は伸び放題、ボロボロな服を着て、臭いは酷い。手は土だらけ、薄汚れた顔、割れた唇は汚らしい。痩せてこけた顔と虚ろな瞳、それに似つかわない深緑の瞳。まあ、瞳だけは綺麗だった。


 リュウは遠くを見ながら、一瞬、ふと笑みを浮かべた。


(あっ、来たのだな)


 女は気付いた。


「女将さん、いつものちょうだいな」


 その声に女が振り返ると、深い紅色の生地に金の刺繍を施した、それはそれは見事な着物を着た少女が立っていた。


 艶やかな黒髪は1つに纏められ、白く透き通りそうな肌は紅色をいっそう引き立てた。太く形の整った眉は知性を表し、大きな黒い瞳は美しい。亡き母を生き写していた。


「シュリ様、お待ちしておりましたよ」


 そう言うと、ダンに目をやった。ダンは無言で準備をする。


「女将さん、明日の朝までリュウを連れて行くわね」


 少女は女にそっと包みを渡す。


 女はギョッ!と驚いた。


 リュウを時々連れて行くのはよくあるが、物を渡されることなど今まで無かった。触った感じ、お金の感触がする。


「もちろんでございますよ!お嬢様!」


 女は作り笑いをしながら、早々に懐にしまう。


 ダンが小瓶を持ってきて、シュリに渡した。


「リュウ、行くわよ。ついて来て!」


 シュリがそう言うと、リュウはゆっくり立ち上がり、近くに寄り添う。土だらけの手に臆することなく、シュリはリュウの手を引いた。


「女将さん、リュウは明日、家の者に送らせるから」


 やれやれと女は思う。


(別に返しに来なくてもいいのに)

 

 しかし、懐の重みがあるので、今日はいくらか気分はましだ。


 そっと頭を下げた。


 それを見届けると、シュリはリュウと歩き出した。










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