1.教授
ロナウドはため息をついた。
(この白くて長いローブをわざわざ着る必要があるのか!?)
この世には最高と言われるアカデミーが3つある。
青がシンボルカラーの「アクア」
アクア共和国立大学
銀色がシンボルカラーの「スノウ」
スノウ国立大学
赤がシンボルカラーの「サン」
サン国立大学
アクアは先進的
スノウは保守的
サンは芸術的
と世間では言われてはいるが。
(当たってるか)
ロナウドはもう一度ため息をついた。
教授会なるものが月1回ある。この伝統衣装を正装とするというのが、我がスノウアカデミーの決まりである。
白いローブには、まだ決まりがあった。仕立てる布だ。家柄が良いものは、絹を使用する。それ以外は綿しか使ってはならない。また、掛け襟の縁に位毎に色を入れる。
下の位から
無色→黄色→青→赤→茶色→黒→緑→紫色→金
ロナウドは綿ののローブを羽織ると、もう一度ため息をついた。首元に金の刺繍が光る。
(自分は周りによく思われていない)
公爵家の者なのに絹を着ない。まだ、29歳だと言うのに金を纏う。鼻持ちならない奴らしい。
身分は窮屈だ。生まれは学問とは関係ないだろう。
好きな物を着ればいいし、自分は金の刺繍は欲しくない。もっと自由でいいと思う。
でも、アクア大学には行けない理由があった。ここには、あの本があるのだから。
書庫の奥に教授にしか入れない区画があり、そこには貴重な古文書がある。この世界でここにしかない本があるのだ。それを解読するまで、自分はここから離れられない。
「ロナウド、今日もエライ不機嫌だな」
白髪混じりでクシャクシャの髪、背は150cmくらい。手足が細い老人が笑いながら話しかけてきた。
「トン先生。珍しいですね」
ロナウドは少し驚いていた。
トン師は古株の教授で重鎮なのだが、権力には無頓着。学問以外には全く興味を持たない人だった。
普通は、教授の襟の縁は黒色の刺繍から始まる。トン師は金の刺繍を入れるべきだが、襟は無色で綿製のローブを着ている。
権威を良しとせず、自由な学者であること。それがこの師の意志であった。
知る人は知る素晴らしい師だが、新入生はまず舐めてかかる人でもあった。知らない者は、襟の色でまずは判断する。もちろん、礼を知らない後輩に対しては、先輩が黙ってはいないが……。
「教授会に来い!とロンに言われてね。しょうがなくだよ」
トン師は苦笑いを浮かべる。その様子にロナウドは訝しんだ。ロンとはロンシャン学長のことで、学長がトン師を頼るのはよほどの時だ。
トン師は権力には無頓着だが、恐ろしく頭が切れ、策士だというのは周知の事実。その師が呼ばれたと言うことは……。
(何かありそうだ)
「ロナウド。研究に明け暮れているそうだな」
トン師の真っ直ぐな言葉に、ロナウドは苦笑いする。不意打ちだった。
「教授は生徒に教えるべきでしょうが……」
「まぁ、君は好きで教授になったわけではないが。持てる者には持てる者の役割はあるからね」
トン師は小さく頷いた。
(このまだ若き天才には酷なことは、わかってはいるが。才は分かち合わねばならぬ)
「クラスを少し持ってみます」
「そうだね。教えることが教わることでもあるから、やってみるといいよ」
トン師はロナウドの肩を軽く叩いた。
「トン先生、深いですね」
「そうか?君は素直だね」
そう言うと、老師はシワを寄せながら笑った。