4話 暴言幼女、降臨
「おいおい……冗談がきついぜ、ミリハウア。こんな嬢ちゃんがハウリングベアーを倒したとか、ありえないだろ」
「そうそう、ありえないって、そんなこと。もしかして、冗談で気を紛らわそうとしているのかい?」
「こんな子がハウリングベアーを倒せるなら、今頃、俺は何百頭と倒しているさ」
男連中は、口々に俺がハウリングベアーを倒せるわけがないと言う。
……だんだんムカついてきたな。
前世では、賢者とか英雄とか言われてきた。
それに対する思い入れはないし、どう思われても構わないのだが……
しかし、しかしだ。
連中にとって、ハウリングベアーは脅威なのかもしれないが、俺にとっては違う。
ただの雑魚だ。
さすがにプライドが許せない。
元賢者として、それなりの矜持はある。
「おいこら。俺に倒せるわけがないとか、勝手に決めつけんなボケ」
「な、なんだ……?」
「口の悪い子だな……」
「……でも、かわいい」
「「「っ!?」」」
お前ロリコンか!? というような感じで、ぽつりとつぶやいた男に視線が集中した。
そんな阿呆な連中の前に、証拠を突きつけてやる。
「ハウリングベアーを倒した証拠を見せてやるよ。我が手から開放されよ」
魔術を使い、異空間に収納していたハウリングベアーの死体を取り出した。
「「「おぉ!?」」」
男達が一斉にどよめいた。
「こ、コイツは……確かに、ハウリングベアーだ。ちゃんと死んでいる……」
「なんて鋭利な切り口なんだ? どんな武器を使えば、いったい、こんなことが……」
「それに今、収納術を使ったよな? まさか、魔術の使い手か? こんな小さな子が、そんなことができるなんて……」
「ふふんっ」
動揺する男達を見て、俺はドヤ顔をして、ない胸を張る。
「俺がハウリングベアーを倒したという、これ以上ない証拠だと思うが……どうだ? 俺なんかにハウリングベアーが倒せないとかいう、ふざけた台詞、撤回する気になったか?」
「「「……」」」
男達は顔を見合わせて、
「「「すまなかった! それと、ありがとう!!!」」」
「ちょっ」
一斉に、その場で土下座を始めた。
予想以上の反応に戸惑ってしまう。
「まさか、嬢ちゃんがハウリングベアーを倒してしまうなんて……驚いた。いや、本当にすまない。外見で侮っていた」
「だが、おかげでミリハウアもこの村も助かった、ありがとう。本当に、ありがとう!」
「お嬢ちゃんがいなかったら、この村はどうなっていたか……こんなことでしかお礼を言えない自分が情けない。ありがとう。お嬢ちゃんは、この村の英雄だ!」
「あ、あぁ……わかってくれればいいんだよ、わかってくれれば」
この村の冒険者にとって、ハウリングベアーは死活問題だったのだろう。
故に、必要以上に敏感に反応してしまった。
そう判断した俺は、素直に矛先を収めるのだけど、
「俺は認めねえぞ!」
ダンッ、という大きな音と共に、スキンヘッドの大男が現れた。
酔っているらしく、右手に酒の入った小瓶を手にしている。
「お前ら、正気か? あぁ? こんなガキが、しかも女がハウリングベアーを倒すとかありえないだろ」
「し、しかし、この子は収納術を使えて、そこからハウリングベアーの死体を……」
「収納術は使えるみたいだけど、所詮、それだけだよ。それだけ。ハウリングベアーは、他のヤツが倒した手柄を横取りしてるんだろ。収納術が使えるから、そういう小細工ができるんだよな」
「ちょっとまってください! アリアちゃんは、他の人の手柄を横取りするなんてこと、絶対にしません! 勝手に決めつけないでください」
「あー? 横取りする以外、ありえないだろうが。こんなガキがハウリングベアーを倒せるなら、俺だったら片手で倒せるぜ。っていうか、ミリハウアもこのガキと組んでるんだろ?」
「え? なにを……」
「いくらミリハウアでも、ハウリングベアーを倒せるわけないからな。どこかの誰かに助けてもらって、それを自分の手柄にしようとしたんだろ? で、収納術が使えるちょうどいいガキを見つけて、手伝うように頼んだんだろ?」
「そ、そんなことありません! 確かに、私はハウリングベアーを倒せませんでした……みなさんの期待を受けていたのに、情けない限りです……でも、アリアちゃんは違います! ハウリングベアーを倒す実力を持っていて、それに、私のことも助けてくれて……」
「ばーか。そんな嘘、信じられるか。もっとマシな嘘つけよ」
「うぅ……」
大男の暴言に、ミリーは涙目になり……
それを見て、ぷつん、と俺の中でなにかが切れる。
「おい」
「あん? なんだ、ガキ。自分のやったことが怖くなって、謝りたくなったのか? いいぜ。俺は寛容な男だからな。きちんと謝罪するなら、受け入れて……」
「バカなこと言ってるんじゃねーぞ、このボケが」
「なっ!?」
反抗されると思っていなかったのか、はたまた、幼女が暴言を口にすることに驚いたのか、大男が目を大きくする。
その間に、俺は、さらにたたみかけてやる。
「てめーの事情は知らねーが、ミリーよりも情けなくて度胸がない、男にしておくことが情けないくらいのヘタレ野郎ってことだけはわかるぜ。他人の手柄を横取りした? バカ言え。ミリーは、ちゃんと、こんな俺にもしっかりと礼を言えるような、まともな女だ。んなバカなことするかよ」
「な……あ……」
「ひょっとして、バカだからバカなことしか考えられねーのか? そりゃ、わりーな。俺はバカじゃねーから、てめーみたいなバカの気持ちなんてわからねーんだよ。だから、何度でも言ってやるよ。ミリーは、てめーなんかより百倍も勇気がある。それでもって、てめーは安全なところから文句しか言えないド阿呆だ」
「て、てめえ……」
「あと、一応言っておくが、ハウリングベアーは俺が倒したからな? 手柄を横取りなんてするわけがねー。っていうか、あんな雑魚の手柄を横取りして、楽しいわけないだろ。よくそんな発想が出てくるな。あぁ、そうか。てめーも雑魚だから、発想がとことん貧しいんだろうな。かわいそうに、同情してやるぜ」
「このガキィイイイイイッ!!!」
大男がキレて、酒瓶で殴ろうとしてきた。
ミリーや周囲の男達が悲鳴をあげるが、心配は無用だ。
「風よ戒めとなれ」
「なっ!?」
大男の手に風がまとわりついて、その動きを拘束した。
初歩中の初歩の魔術なのだけど、大男は、それすら脱出することができず、なにが起きたかわからない様子でもがく。
「く、くそっ、なんだこれは!? 手が動かねえ、くそっ。このガキ、なにをしやがった!?」
「やれやれ……なにをされたか理解できないのなら、口の聞き方ってもんがあるだろ? どうか、愚かな自分になにが起きたのかご教授してください、だろう? ほら、言ってみろ」
「て……てめぇえええええっ!!!」
再び激高した大男は、自由に動く足で蹴り上げてきた。
しかし、そんな動きはすでに読んでいる。
「風よ包み込め」
大男の両足も拘束してやる。
これで、ヤツは宙に浮く形で、動くこともできず逃れることもできない。
「これで、お前は動けね―な。さながら、蜘蛛の巣に囚われた蝶ってところか。あ、それじゃあ蜘蛛にも蝶にも失礼だな。お前みたいなヤツと一緒にされたくねーだろうし」
俺はニヤリと笑う。
周囲がざわついた。
「お、おい……マジかよ。あの嬢ちゃん、狂犬のクルーガーを子供のようにあしらっているぞ」
「幾人もの冒険者を再起不能にしてきた狂犬のクルーガーを、あんな風にしてしまうなんて……」
「クルーガーのヤツ、ガキのくせに、ってバカにしてたが、自分が子供扱いされてるじゃないか」
「っ……!!! 殺すっ、ブッコロスっ! このガキ、絶対にブッコロス!!!」
周囲のざわめきが耳に入り、大男の顔が真っ赤になる。
怒りに吠えて殴りかかろうとするが、しかし、俺の拘束から逃れることはできない。
わずかに体が動くだけで、宙に固定されたままだ。
「おら、どうだ? 俺のようなガキで女に、いいようにされる気分は? 楽しいか?」
「てめえ……もう容赦しねえぞ、本気でぶっ殺してやるっ!!!」
「……あんな風にされておいて、よくあんな口が叩けるよな」
「「「あはははははっ!!!」」」
誰かがぽつりとつぶやいた言葉に、全員が爆笑した。
「殺す! 殺す! てめえもてめえらも、全員、ぶっ殺してやる!!!」
「ったく……簡単に殺すとか口にするな。バカが」
「っ!?」
俺は宙で固定される大男の近くに歩み寄り、
「水よ」
魔術を使い、男の顔をすっぽりと水で覆ってやる。
「お、おい、見たか……? あの子、同時に二つの術を使ったぞ」
「ありえないだろ、そんな高等技術、王都の宮廷魔術師でもできるかどうか……」
周囲がざわついたが、気にすることなく男に話しかける。
「てめーは動けねーから、脱出できない。つまり、呼吸ができないわけだ」
「ふぐっ!?」
「ほら、俺を殺すんだろ? 殺してみろよ。でないと……てめーの方が先に死ぬぞ?」
「!?!?!?」
ようやく、自分が危機的状況に陥っていることを理解したらしく、大男の顔に恐怖の色が浮かぶ。
なんとか逃げようとするが、しかし、俺の拘束は完璧だ。
がぼがぼと、うめき声をこぼすことしかできない。
「ほら、だんだん苦しくなってきただろ? ただ単に呼吸ができないだけで、人って死ねるからな。どうだ? このままなら、数分で意識を失って、十数分くらいで確実に死ぬだろうな」
「!!!」
「あ? なに言ってるかわからねーよ。ちゃんと言え、ちゃんと」
「っーーー!!!?」
大男は涙目になり、必死にうめき声をこぼす。
助けてくれ、と言っているらしいが、口を塞いでいるので聞き取れない。
やがて息が保たなくなってきたらしく、顔色が赤く……そして、青くなる。
涙目になり、必死な顔で、懇願するようにこちらを見た。
「ったく」
そろそろいいだろう。
そう判断した俺は、魔術を解除して水を消した。
ただ、まだ拘束は解除しない。
「ぷはぁっ!? はぁっ、はぁっ、はぁっ、ひぃいいい……」
「どうだ? 俺の力、理解したか?」
「し、した……! した、十分に理解した! だから、もう許してくれ、俺が悪かった! 横取りしたとか、バカにして悪かった!」
「そこら辺、俺は大して気にしてねーよ。ただ……ミリーに対する暴言は許せねー。謝るなら、彼女に謝れ」
「あ……」
ミリーは、意外というような感じで目を大きくした。
「わ、悪かったよ。本当にすまない。俺は酒癖が悪くて、自覚してても直せなくて、それで、つい……すまない、ミリハウア。俺が悪かった、暴言を吐いた。なんでもするから許してくれ」
「えっと……は、はい。私は、別に、アリアちゃんのことを理解してもらえれば怒る理由はありませんから。だから、アリアちゃん。もう許してあげてくれませんか?」
「いいのか? 今なら動けないし、十発くらい全力殴りしてもいいんだぞ?」
「大丈夫ですよ。それよりも……アリアちゃんの怒った顔よりも、笑った顔が見たいですから」
「……」
今度は、こちらがぽかんとしてしまう。
ミリハウア・グラーゼン。
とても面白いヤツだ。
「ミリーに感謝しろよ」
「ぐあっ!?」
術を解除すると、大男が床に落ちた。
知り合いの男に手を引いて起こされて、そのまま逃げるように建物を後にする。
「ったく、あっちはつまらねー男だな」
どことなく、あのクソ勇者を彷彿とさせるような、ろくでなしだ。
「……」
気がつくと、冒険者達が唖然とこちらを見ていた。
ほどなくして、その目がキラキラと輝く。
「マジですごいな……まさか、あの狂人クルーガーを、最初から最後まで子供扱いするなんて」
「おいおいおい、この子、いったいどれだけの力を持っているんだよ。収納術だけじゃなくて、あんな力を持っているなんて……」
「俺、実は少し疑っていたんだけど……そんな気持ち、綺麗さっぱり消えたよ。この子が、本当にハウリングベアーを倒したんだ」
「な、なんだ、おい? お前ら、なんだよ……?」
冒険者達は、ものすごい笑顔を浮かべてこちらにやってきて……
「「「この子は、この村の英雄だー!!!」」」
「ひゃあああああっ!?」
いきなり俺を胴上げして、何度も何度も英雄と繰り返して、騒ぎ始める。
肉体年齢に引っ張られているせいか、驚きのあまり、ついつい見た目通りの幼い声をこぼしてしまう俺だった。
『よかった』『続きが気になる』と思っていただけたら、
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