2話 転生
「っ!!!?」
目を覚ました俺は、ガバっと勢いよく跳ね起きる。
「ぐあっ!? いってぇえええ……!」
直後、頭が割れるような痛みを覚えて、再び仰向けになる。
反射的に頭に手をやる。
ぬるりとした感触。
見ると、手が赤い血で濡れていた。
「なんだ、コレ? 怪我? ぐっ、この血の量、けっこうやばいかもしれねーな……すぐに治さないと」
なぜ、頭を怪我しているのか?
自分になにが起きているのか?
前後の記憶が曖昧で、事実関係がハッキリとしない。
ただ、現状を確認するよりも治療が先だと判断して、いつものように、俺はマナを収束させる。
マナというのは、人が持つ精神的エネルギーだ。
マナを利用することで、無から有を生み出す力……魔術を行使することができる。
「傷よ癒えろ」
魔術を使い傷を癒やす。
思い描いた通りの言葉を口にして、そして、現実を書き換える。
それが魔術だ。
あまりに非現実的な力であり、かつ、強力無比であることから魔術の使い手は少ない。
力を求める者は、もっと簡単な召喚術や紋章術、武装術などを扱う。
ただ、俺は魔術が一番しっくりと来るため、多種多様の魔術を学び、使いこなすようになった。
もっとも、魔術一筋というわけではなくて、他の術も一通り使えるのだが。
「……ふう」
傷が癒えたことで、ガンガンと頭の中で楽器を鳴らされるような、ひどい痛みも消えた。
落ち着いたところで、現状の確認をする。
「ここは……どこだ?」
気がつけば、見知らぬ森の中。
ルーファスと対峙した崖は見当たらない。
そして、自分の体を見ると、記憶にあるものと違う姿が映る。
「転生魔術……どうやら、成功したみたいだな」
死亡した際に、魂を遠くへ飛ばす。
そして、すでに死亡している肉体に魂を定着させて、新しい生を得る。
少し変則的ではあるが、いわゆる転生を自力で成し遂げてしまう、秘術中の秘術だ。
魔王と戦うということで、万が一の事態もある。
そのための保険として、あらかじめ設定をしておいて、あとは起動するだけでいい状態にしておいたのだが……
「まさか、ルーファスに追いつめられて使うことになるなんてな」
魔王に負けた時の保険が、勇者に裏切られた時に活きてくるなんて。
なんていう皮肉だろうか。
「まあ、しかし、うまくいったようでなによりだ。さすがに、転生魔術なんて試したことがないし、試すわけにもいかないからな。失敗する可能性の方が高かっただろうし、無事に転生できたとしても、なにかしらの不具合が発生する可能性が……うん?」
そこで、気がついた。
俺は、改めて自分の体を見る。
「……小さい」
やたらと体が小さい。
それに目線も低い。
この体……もしかして、子供か?
転生魔術の設定では、最低でも大人に転生するように設定しておいたはずなのだが……
「ちっ、失敗したか」
一度も試したことがない力。
しかも、急遽発動することになった。
なにかしらミスをして、予定とは異なる体に転生したとしてもおかしくはない。
「まあいい。多少のミスはあったものの、転生できただけマシとするか。しかし……この体の前の持ち主は、なんでこんなところで死んでいたんだ?」
転生魔術は、新しい器……すなわち、肉体に魂を飛ばして固定するという術式だ。
故に、新生児に魂が宿るとは限らない。
途中で命を落とした者に宿ることもある。
今回は後者のようだが……
ここは、陽の光も差し込まないほど深い森の中。
どうやら、この体の前の持ち主は、森の中を歩いている途中、足を滑らせて岩に頭をぶつけて死んだらしい。
不審な点は他にもあり、着ているものがボロボロだ。
いったい、どんな人生を歩んできたのか?
「色々と気になるが……まずは、森を出て街を探すことにするか。より多くの情報を得ないとな」
この体の持ち主は、どこの誰なのか?
そして、ここはどこなのか?
まずは、それらの情報を集めないといけない。
この体の持ち主は、実は賞金首の殺人鬼とか……
ここは人外魔境の地とか……
そんな状態だったら、さすがに詰んでしまうからな。
そうならないように祈りつつ、森を歩く。
「しかし、なんだこの体? やたら小さいし、背は低いし……歩幅がちいせーから、速く歩けねーな」
前世の力は、きちんと全部引き継がれているだろう。
マナだけではなくて、プラーナ……肉体的な能力もそのままだ。
勇者を超える力を持つと言われていた俺ではあるが、さすがに、この小さな体では、大人のように速く歩くことはできない。
能力以前の問題で、身体的構造の問題なのだ。
小さい種族ならまだ救いはあったのだが……
そういうわけではなくて、ただ単純に、幼いだけのようだ。
「あーくそ、めんどくせーな。飛行魔術でも使うか? ただアレ、マナの消費量が半端じゃねーんだよな。まだまだ余裕はあるが、今は、前後の状況がさっぱりわからん。マナの使いすぎで怪我とかするわけじゃねーが、精神にダメージが来るからな。下手したら気絶するし……ちっ。めんどくせーが、地道に歩いた方がいいか……ん?」
今、悲鳴が聞こえたような?
「こっちか?」
悲鳴らしきものが聞こえた方向へ足を向ける。
「きゃあああ!?」
「っ!」
今度は確実に聞こえた!
これは、出し惜しみしている場合じゃないな。
「風よ翼となれ」
飛翔魔術を使う。
体がふわりと浮き上がり、鳥のように飛ぶ。
視界が高速で後ろへ流れていき、すぐに目的地が見えてきた。
「あれは……女の冒険者か? それと、ハウリングベアーか」
轟くような咆哮で相手を威嚇、竦ませる力を持つ熊の姿をした魔獣に、冒険者らしき格好をした女が襲われていた。
女は十五歳くらいか?
やや幼さが残り、どことなく頼りない印象を受ける。
一般的な装備、剣と盾を身につけてハウリングベアーと戦っているが、終始押されっぱなしだ。
このままでは、あと五分と保たず食い殺されてしまうだろう。
「きゃっ!?」
ハウリングベアーの強烈な攻撃が、女の盾を弾き飛ばした。
同時にバランスを崩して、その場に尻もちをついてしまう。
絶好の機会を見逃すことはなく、ハウリングベアーは丸太のように太い腕を振り上げて……
「力よ盾となれ」
女の前に着地して、魔術の盾を展開。
ハウリングベアーの豪腕を受け止めた。
立て続けに魔術を詠唱。
「風よ刃となれ」
その腕を風の刃で切り飛ばす。
俺の前で、魔獣による犠牲者なんて出すものかよ!
「えっ、あなたは……」
「怪我はねえか!?」
「あ、はい……大丈夫です。って、危ない!?」
片腕を失い、怒り狂うハウリングベアーが突進してきた。
もちろん、その動きは把握済だ。
遅い。
その程度で、賢者と呼ばれた俺をどうこうできると思うなよ?
「風よ刃となれ」
この程度の魔獣に小細工なんて必要ないと、同じ魔法を使う。
ハウリングベアーは頭部を縦に割られ、悲鳴をあげることもできず絶命した。
ズゥンッ、と巨体が地面に倒れた。
俺は一定の距離をとりつつ、その死体を観察する。
後ろで、冒険者らしき女が呆然とつぶやくのが聞こえてくる。
「す、すごい……あのハウリングベアーを、こんなにも簡単に倒してしまうなんて」
「驚くようなことか? 雑魚じゃん」
「そ、そんなわけないじゃないですか! ハウリングベアーは、ベテランの冒険者でも苦戦する相手なのに! その凶暴さのせいで、何人もの冒険者が犠牲になったことか。それを一撃で倒してしまうなんて……本当にすごいです」
「まあ、厄介な相手ではあるな」
ハウリングベアーは強敵というわけではないが、雑魚でもない。
たまにベテラン冒険者が命を落としてしまうような相手で、決して侮れない相手だ。
「本当に……この子、いったい?」
この子とは、俺のことを指しているのか?
くそ。
やっぱりというか、子供に転生してしまったみたいだな。
鏡などがないためハッキリと確認できず、勘違いかも、なんて淡い期待を抱いていたが……
それは幻想と化して、ガラガラと崩れ落ちてしまう。
まあいい。
それよりも、今はハウリングベアーの死体だ。
「ね、ねえ……」
「あん?」
「なにをしているんですか?」
「決まってるだろ。本当に死んだか確認するために、様子を見ているんだよ」
「頭がそんなことになっているから、死んでいると思いますけど……」
「なに言ってんだ。ハウリングベアーは、擬死能力があるだろ」
「擬死……能力?」
「そんなことも知らね―のか? 死んだフリして襲いかかってきたり逃げたりするんだよ、コイツは。だから、動かなくなって、最低五分は様子を見る必要がある。五分、ピクリとも動かなければ完全に死んだ、っていうわけだ」
「な、なるほど。そういう訳が……知りませんでした。とても物知りなんですね」
「これくらい常識だ」
五分、ハウリングベアーの死体を観察するが、動き出す様子はない。
完全に死んだらしい。
警戒を解いて振り返る。
「おい、大丈夫だったか?」
「……」
なぜか、冒険者らしき女はぽかんとしていた。
歳は、やはり十五くらいだろう。
大人らしい凛々しさを少し感じさせながらも、しかしまだ、幼さが顔に残っている。
そのため、綺麗というよりはかわいいという印象を受けた。
亜麻色の髪は肩の辺りで切りそろえられていた。
本人の雰囲気とよく合っていて、普通に似合う。
メリハリのある体をしていて……
それでいて肩が露出していたり、スカートを履いているなど、やや目のやり場に困る。
「あー……大丈夫か? 見たところ、怪我はしてねーみたいだが」
「……」
「おい? どうした?」
「……」
「おいおい、まさか、精神的ショックでどうこうなったとか、そういう面倒な展開か?」
女は答えない。
ただただ、ぽかんと俺を見ている。
ややあって……
「か……」
「か?」
「かわいいです!」
「ふぎゅ!?」
いきなり抱きしめられた。
ついつい変な声がこぼれてしまう。
「かわいい、すごくかわいいです! なんですか、この反則級のかわいさは!? まるで天使、そう、エンジェルです!」
「ふがっ……な、なにを……ええいっ、くそ! 離せ!」
強引に女の抱擁から逃げ出した。
「いきなりなにしやがる!? 俺がかわいいとか、わけのわからないことを言うな!」
「えー。でも、事実ですから」
「ふざけんな。男の俺がかわいいわけないだろうが」
「なにを言っているんですか? あなたは、どこからどう見ても女の子じゃないですか」
「は?」
今度は、俺がぽかんとする番だった。
今、この女……なんて言った?
「はい、どうぞ」
女は、腰につけているポーチから手鏡を取り出して、こちらに向けた。
覗き込むと、見知らぬ美少女が映るのだった。
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