16話 格の違い
盗賊団の本隊がいる場所に乱入した。
ちなみに、危険なのでミリーは俺が捕縛した連中の見張りを任せている。
「なんだ、このガキは? ……そうか、部下が言っていたガキだな? こんなところに現れるとは、失敗したというのか。ガキ一人捕まえることができないとは……やれやれだ。再教育が必要だな。まあいい。部下の失敗は俺が……」
「ぐだぐだと長々とうるせーよ、ゲス野郎」
「……は?」
突然、幼女の口から飛び出した暴言に驚いているらしく、男の目が丸くなる。
「は? じゃねーよ。間抜け面晒してんな。って、そのままでいいか。ゲス野郎はゲス野郎らしく、そのまま黙ってろ。喋るな。空気の無駄だ。存在事態が害悪だから、自分で窒息して死んでくれ」
「……よし。とりあえず、お前は死ね」
マジギレしたらしく、男が風の速度で駆けてきた。
鋭い黒のナイフで俺の首を斬ろうとするが……遅い。
あくびが出るほどに遅い。
「七曜の拳・弐之型、散華!」
拳で敵の攻撃を受け流して、カウンターを叩き込むという武装術で、男を迎撃する。
武装術というのは、肉体的なエネルギーであるプラーナを使用することで発動する、物理戦闘専用の術だ。
要するに、物理系の必殺技というヤツだな。
「ぐあっ!? ば、ばかな……俺の動きを見切るなんて!?」
「まさか、ボスがやられた!? ボス! しっかりしてください!」
「まるで動きが見えなかった……あのガキ、何者なんだ!?」
俺は魔術を専門をする賢者ではあるが、武装術もしっかりと習得している。
なので、近接戦闘も可能だ。
「まだ意識があるんだろ? 来いよ。そこの人にしたように、俺も、お前で遊んでやるよ。それともなにか。自分より弱い相手じゃないと遊べないのか? はっ、とんだチキン野郎だな。それでも男か? 情けねーゲス野郎だな。呆れ果てて涙が出てくるぜ」
「この……クソガキがぁあああああっ!!!」
まんまと挑発に乗り、血管がブチ切れそうな勢いで男が激高した。
まあ、幼女にここまで言われたら、誰でも切れるわな。
「死ね! お前は今すぐ死ねっ!!!」
男は真正面から突撃してくるが、
「それは幻術による幻。本体は……こっちだな」
「なっ!?」
右方向から飛び込んできた男の攻撃を避けて、その腕を掴む。
その上体で懐に潜り込み、
「七曜の拳・弐之型、崩打!」
拳を叩き込む。
肋骨をまとめて数本砕き、さらに、その奥の内臓にダメージを与える。
男は吐血して、その場に崩れ落ちた。
「ど、どうして……この俺の幻術を……」
「なぜ見破ったのか、って言いたいのか? そんなの簡単なことだ」
「なぜ、だ……?」
「あんな低レベルの幻術、俺が見破れないわけねーだろうが。ボケ。術が甘い。幻体が完全でないからわずかに揺らいでいるし、気配も薄い。人によっては騙されるかもしれねーが、俺を騙せると思うな。もう一度、一から修行しなおしてこいや。まあ、そんな機会はないだろうけどな」
「コイツは……化け物、だ……」
そこで限界に達したらしく、男が気絶した。
男が使う幻術は、まあまあのレベルで、決して悪くはない。
人一人分の幻体を精密に再現して動かすことは、並大抵の努力ではできない。
しかし、だ。
「相手が悪かったな。その程度、俺にとっては朝飯前なんだよ」
ニヤリと笑い、男を魔術で拘束した。
それから、周囲で様子を見ていた残りの盗賊達を見る。
「さて」
「「「っ!?」」」
「それじゃあ……ゴミ掃除といくか」
「「「ひっ、ひぃいいいいい!!!?」」」
盗賊達の悲鳴が林の中に響き渡るのだった。
――――――――――
「ま、こんなところか?」
一分後。
俺達を取り囲み、圧倒的に優勢だったはずの盗賊団は、ひとり残らず地に伏していた。
二十人ちょい、用意していたみたいだが……
いくら数を揃えても、雑魚は雑魚。
質より量という展開にはならず、全て、俺の術の前に踏み潰された。
「しかし、ホント、しぶとい連中だな」
本気を出してはいないが、かといって、手加減もしてない。
それなのに、死んだヤツは一人もいなさそうだ。
しぶとさに関しては天下一品かもしれない。
「エリンッ、エリンっ! しっかりして、ねえ、お願い! お願いだから目を開けて!!!」
女の子が泣いていた。
血に濡れた女騎士を抱きしめて、何度も何度も呼びかけている。
「……なあ。こんなことは言いたくねーが、もう、彼女は死んでいる」
「っ!?」
「あんたを守ろうと、必死に……必死にがんばった結果だ。今は、ゆっくり休ませてやろうぜ?」
「それは、でも……だけど……」
女の子は諦めきれない様子で、全身を震わせていた。
やがて、必死な眼差しでこちらを見る。
「お、お願いします! エリンを助けてください!!!」
「いや、だから、その人はもう……」
「で、でも、あれほどの力を持つあなたなら、もしかして……お願いします! お願いします! エリンは私の騎士ですが、それ以前に、姉のような存在なんです! このまま姉を失ってしまうなんて、そんなこと、耐えられなくて……だから、どうか、お願いします……私にできることはなんでもしますからぁ、ぐすっ、お願い、しますぅ……」
「あー……まいったな」
詳細は知らないが、この子は貴族だ。
下手をしたら、この子を通じて、聖光国にいるであろうクソ勇者に俺の情報が流れる可能性がある。
そのことを考えると、余計なことをするべきではない。
ないのだけど……
「仕方ねーか」
「え? それじゃあ……」
「女の子の涙には誰も勝てない、ってな」
見た目は幼女だが、中身は男だ。
己の騎士を思う彼女の涙に、俺の心は強く動かされた。
「少し離れていてくれ」
「は、はい……」
さて、どうするか?
死者蘇生に一番適しているのは聖光術なのだけど、クソ勇者の国専用の術なので、俺が使うことはできない。
その代わりとなると……やはり、星の力を借りる、占星術になるか。
聖光術に比べると、治癒の力は劣るものの……
死後、長時間が経過していなければ、問題なく蘇生できるだろう。
「星の力よ我が右手に。心と霊の欠片をこの左手に。優しさと慈しみをこの胸に。運命の鐘を鳴らせ、時の門を開け。スィー・ステラ・ラル・エル・ラクシエル。女神の聖域<ソフィア・サンクチュアリ>」
星の力……神の占いによって、対象の運命に手を加える。
死者の蘇生すら可能とする、かなり強力な力を持つのが、占星術だ。
攻撃、防御、回復、補助。
一通りのことはなんでもできる。
しかも、陽術や陰術と違い、その力は大きい。
難点があるとすれば、しっかりとした詠唱をしなければならず、しかも長い。
術の発動までに時間がかかるために、前衛がいないと機能しないところが問題だ。
「あっ……」
占星術が発動した。
空からキラキラと輝く光が舞い降りてきて、女騎士の体を優しく包み込む。
時間を逆再生するかのように、背中の傷がゆっくりと塞がり……
ほどなくして、傷一つない綺麗な体に戻った。
「こいつはおまけだ」
パチンと指を鳴らして、魔術を起動。
血に濡れた衣服を綺麗にしてやる。
「……うっ」
ほどなくして女騎士が目を覚ました。
寝起きのような感じで、目を擦りつつ、静かに体を起こす。
「これは……? 夢、なのか……確かに、私は、あの男に負けて……」
「エリンっ!!!」
「ひゃ!?」
突然女の子に抱きつかれて驚いた様子で、女騎士がかわいらしい声をあげた。
それに構うことなく、女の子はミリーがやるような感じで、必死に女騎士に抱きつく。
「エリンっ、エリンっ、エリンっ! よかった、無事に生き返ったのね! 本当によかった、よかったぁ……!!!」
「お嬢さま? えっと、これは……」
「うぅ、エリン……エリン……」
「……お嬢さま、私のことを案じていただき、ありがとうございます。この通り、私は無事なので、どうか安心してください」
女騎士は、まだ現状を正確に把握していないようだったが、今は、主のことを優先することにしたようだ。
己のために泣いてくれる小さな主を抱きしめ返して、その頭を優しく撫でる。
そんな二人の姿は、とても仲の良い姉妹のようだ。
「ひとまず、問題解決ってことでいいかね?」
仲の良い二人を見つつ、俺は微笑むのだった。
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