15話 逃亡
「はっ、はっ、はっ……!」
林の間を縫うように、二人の女性が走っていた。
一人は、華やかなドレスを纏う、十二歳くらいの女の子だ。
淡いクリーム色の髪の毛はふわふわで、指で梳けば、とても心地良い感触を得られるだろう。
年齢故の幼さは残るものの、利発さも兼ね備えており、将来が有望視される。
「お嬢さま、がんばってください!」
そんな彼女の手を引くのは、女騎士だ。
戦いの邪魔になるからと、髪は短く、飾り気のある服を着ていない。
代わりにまとうは、剣と鎧。
凛々しい顔を汗で濡らしつつ、己の主の手を絶対に離すまいと、強く掴んでいる。
「くっ、まさか、このようなことになるなんて!」
女騎士は苦い顔になる。
突然、盗賊に襲撃された。
相手は悪名高いシャドウリンク。
護衛の騎士四人は善戦したものの、数の差に抗うことができず、凶刃に倒れた。
女騎士は、護衛の騎士達を囮にすることを心の中で謝罪しつつ、主の手を引いて馬車を抜け出して、そのまま林の中を逃げた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……エリン、私、これ以上は……私を置いていって。エリンだけなら、逃げられるはずだから……」
「主を見捨てるなど、できるわけがありません! お嬢さま、諦めないでください!」
「でも、本当にもう限界なの。それに、私の足は遅いから、いずれ追いつかれちゃう」
「しかし、だからといって……」
「エリンだけなら逃げられるはず。私は、たぶん、大丈夫。身代金目当ての誘拐だと思うから、傷つけられることはないの思うの。だから……」
「しかし、この襲撃の背後にドランがいる可能性もあるのですよ!?」
「そ、それは……」
「その場合、お嬢さまは死ぬよりも辛い目に遭うかもしれません。そのようなこと、お嬢さまの騎士として、断じて見逃すことはできません!!!」
「エリン……でも、これ以上は……」
エリンと呼ばれた女騎士は、腰の剣を抜いた。
「賊ならば、この私が全て斬り捨てましょう!」
「いいねぇ」
「っ!?」
第三者の声が乱入した。
エリンは女の子を背にかばいつつ、剣を構える。
男が五人。
そのうちの一人は、黒いナイフを手にしていて、狂人としか言いようのない歪んだ笑みを浮かべている。
「くっ、追いつかれたか」
「追いつかれたんじゃない。誘い込まれたんだよ」
「なんだと?」
さらに、五人ずつ……計十人の盗賊が左右から現れた。
慌てて振り返るが、さらに、追加で五人の盗賊が現れて、退路を塞ぐ。
前後左右、全ての道を断たれてしまう。
「ぐっ」
「あんたは必死に逃げてるつもりだっただろうがな。残念。実際のところは、俺達の狩りがしやすい場所に誘導されていたのさ」
「さすがボス!」
「こんな巧妙な作戦、普通は考えられませんよ!」
「くっ……罠だろうが、関係ない! 貴様ら全員、斬り捨てるまでだ!」
「ああ、ホントいいねぇ。お前みたいな気の強い女、嫌いじゃないぜ? たっぷりとかわいがってかわいがってかわいがって……犯しながら殺してやるよ!」
男は黒いナイフを水平に構えた。
対するエリンは、剣を垂直に構える。
「お前ら、手を出すなよ? コイツは俺の獲物、俺の狩りだ。楽しみを奪うヤツは、容赦しねーぞ」
「わかってますよ、ボス。ボスの楽しみは、全員、しっかりと理解してますからね」
「ただ、後でおこぼれを分けてもらえたら……」
「はははっ、いいぜ。それくらい構わない。まあ、そっちのお嬢さまには手を出すな」
「やはり、お嬢さまを狙っているのか!」
「おっと、失言だったか。まあ、構わないか。どうせ、お前さんはここで死ぬんだからな」
男は上体を傾けて、地面を這うように駆けた。
風のように速い動きに、エリンは反応が遅れてしまう。
ギィンッ!
「俺の攻撃を受け止めるなんて、やるな。大抵のヤツは、最初の一撃でやられるんだが」
「くっ、私を侮るな!」
エリンは叫びつつ、しかし、怒りに飲まれないように気をつけながら、反撃の剣を振る。
怒りは剣筋を鈍らせる。
努めて冷静に心を落ち着かせつつ、連続で剣を叩きつけていく。
「へえ、なかなかやるな。悪くない剣だ。おまけに美人。どうだ? 俺の女にならないか? そうすれば生かしてやるし、そっちのお嬢さまも悪いようにはしないぜ」
「世迷い言を!」
「まあ、そうなるか。残念だ。唯一、あんたが生き延びる道だったんだけどな」
エリンは怒りに心が支配されそうになるのを必死に堪えながら、剣を連続で振る。
この男は危険だ。
長年、騎士を務めてきた勘がそう告げていた。
故に、こちらを侮っているうちに勝負を決めなければいけない。
今ならまだ油断している。
しつこく食らいつけば、いずれ隙を見せるだろう。
その時が勝負だ。
「がんばるが、まあ、この辺にしておくか。あまり遊んでいると、時間が……っ!?」
「そこだぁあああっ!!!」
男は、長く伸びた木の根に足を取られた。
エリンは斬撃を叩き込むが、あと一歩のところで避けられる。
しかし、それは想定内だ。
斬撃は、あくまでも男の気を逸らすためのもの。
本命は別にある。
剣を振り抜いた体勢のまま、男に突撃。
そのまま懐に潜り込むと、太ももに巻きつけておいたナイフを手に取り、男の胸に突き刺す。
「なっ……ば、バカな!?」
「私を侮ったことが貴様の敗因だ」
「……なーんてな」
「なっ!?」
男の体がどろりと溶けた。
黒い水のようなものとなり、そのまま消えてなくなる。
「ど、どういうことだ!? いったい、なにが……」
「コイツが俺の切り札だ」
声が後ろからした。
エリンは慌てて振り返ろうとするが、遅い。
「がっ!?」
男のナイフがエリンの背中に深々と突き刺さる。
激痛と灼熱感が広がり、とても立っていることはできず、その場に倒れた。
ごほっ、と咳き込みつつ、血を吐き出す。
ナイフは肺を貫いて、さらにその奥にまで達していた。
完全な致命傷だ。
「どう……して……? 確かに、貴様は……」
「俺は幻術を使えるんだよ。お前が刺したのは、俺のダミーだ」
「ばか、な……そんな、気配はまるで……しなかった、のに……」
「それだけ俺が優れた術者、ってことさ」
男は得意げに笑い……次いで、下卑た笑みを浮かべる。
「さて、まだ死んでくれるなよ? 死ぬ前に犯して、死んだ後にもう一回犯してやるんだからな」
「この、ゲス……が……!」
「はははっ、それだけ元気なら大丈夫そうだな。さて、それじゃあさっそく……」
「ったく……ホント、ゲス野郎だな」
突然、幼い声が割り込んできた。
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