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11話 やらかした

「変異種? なんだ、それ?」

「アリアさんは変異種を知らないのか。ヤツは……」


 なにかしらの要因によって、霊脈が乱れ、通常の倍以上の力を得た主のこと。

 その力は圧倒的。

 動く天災と言われるほどのもので、過去、村や街が、たった一匹の変異種に滅ぼされたことがあるとか。


 中でも、人語を解する変異種は特に凶暴だ。

 討伐するためには、三級以上の冒険者を二十人は集めなければいけないと言われている。


「……と、いうわけなんだ」

「なるほどね」


 相当な脅威なのだろう。

 ニヒトの剣を持つ手が震えていた。

 マークスとレイも震えている。


 ミリーは……特に変わらないように見えるが、怖くないのだろうか?


「どうだ、愚かな人間よ。俺様の力、偉大さを知ったか。先の一撃は、戯れの一撃。本気を出せば、今の十倍の力は出せるぞ」


 どうやら、自らの力を知らしめるために、攻撃することなく、ニヒトの話を許していたらしい。

 態度のでかいヤツだ。


 それにしても……変異種か。

 三十年前は、そんな魔獣は存在していない。


 この三十年で、なにかしら霊脈に異常が起きたのか。

 あるいは、他の外的要因があるのか。

 時間があれば調べておいた方がいいかもしれないな。


「そうだな、思い知ったよ」

「ほう、愚かな人間にしては殊勝な態度だな。どうだ? 無様に泣き叫び、土下座をして命乞いをしてみせろ。俺様は優しいから、もしかしたら気が変わるかも……」

「てめーが、調子に乗ったくだらねー雑魚野郎ってことを、思い知ったよ」

「人間風情がっ!!!」


 変異種は怒りに任せて丸太のように太い前足を振り上げるが、しかし、俺が形成した魔術の盾を突破することはできない。


「ちっ、うっとうしい術だ」

「どうした? 泣いて叫んで土下座しないと、助けてくれないんじゃなかったのか? 俺、まだそんなことはしてねーけどな。それとも、変異種さまは優しいから、俺のような子供は助けてくれるのか? なあなあ、どうして殺さねーんだ?」


 ニヤニヤしつつ、問いかける。


「貴様っ!!!」


 狼の顔なんて区別はつかないが、とりあえず、怒りに表情を歪めていることは理解した。


「この俺様に舐めた口をきいたこと、後悔させてやるぞ。殺してくださいと懇願するまでいたぶり、なぶり、つま先からじわじわと食らいつくしてやる!」

「おいおい、お前、見た目通りのわんこなんだな。ほら、人の言葉が理解できるなら、こういう言葉を知っているか? 弱い犬ほどよく吠える、ってな」

「コロスッ!!!」


 激高した変異種は、再び姿を消した。

 足音が遠ざかる。


 今度は戯れの一撃ではなくて、本気を出してくるのだろう。


 ならば、こちらも相応の対応で迎えてやらないとな。


「力よ盾となれ、金剛の魂を宿せ」


 再び魔術の盾を展開した。

 ただ、さきほどのものとは少し違う。


 魔術は、思い描いた事象を現実に展開することができる。

 その際、こうあれ、という呪言を口にするのだけど……

 呪文の数が多ければ多いほど、強力な力を発揮する。


 普段の俺は、ワンワードで十分。

 ただ、相手が未知の変異種ということもあり、少し本気を出すことにして、二つの言葉を組み合わせる術を使うことにした。


「ガァアアアアアッ!!!」


 殺意がたっぷりと乗せられた咆哮と共に、変異種が姿を見せて、突撃してきた。


「ギャンッ!?」


 しかし、盾を貫くことはできない。

 街を一つ、滅ぼすほどの力を持っているはずなのに、盾にヒビを入れることもできない。


「ば、バカな!? この俺様の全力の一撃に耐えられる術があるなんて……い、今の力はいったい!?」

「てめーが、がんばっているみたいだから、俺も少しがんばることにした。それだけだ」

「くっ……このような、このようなことを認めてたまるか! 俺様は愚かな人間より、はるか上に位置する存在。上位種なのだ! 人間ごときに負けてたまるものか!!!」

「はっ、ばーか。自分がすげー存在とか言うヤツは、古今東西、チンケな悪役で負け役ってのが決まってるんだよ」

「ふんっ、吠えるがいい。こうなれば、俺様の必殺技を見せてやろう!」


 三度、変異種が消えた。

 蜃気楼のように薄れて、周囲の景色と同化してしまう。


 ザザザ! と周囲を高速で走る音が響く。


「ふははは! 俺様がどこにいるかわからないだろう!? 見えぬだろう!? 透明化した俺様を捉えることは、神であろうと不可能! そして、この状態から放つ一撃こそが、この俺様の最大の攻撃! 必殺の一撃! さあ、塵と化すがいい」

「へぇ……なら、俺も必殺技を使うとするか」


 せっかくの機会だ。

 さらにもう一段階、力を引き上げてみるか。


 体内を循環するマナの量を調節。

 右手に収束。

 さらに、特殊な術式を使い、増幅。


 さあ、準備完了だ。


「雷よ敵を穿て、嵐となり吹き荒れろ、迸る力で全てを飲み込め、そして灰燼に還せ」


 瞬間、世界が白で満たされた。


 ギィガガガガガガガァッッッ!!!!!


 数千本の剣をまとめて叩き折るような、そんな轟音。

 巨大な空間を隙間なく埋め尽くすほどの紫電が走り抜けて、俺達以外の全てを葬り去る。


 4つの言葉を組み合わせた、とっておきの攻撃魔術。

 これが、俺の必殺技というところか?


「……」


 空間が揺らいで、変異種が姿を見せた。

 ただ、全身黒焦げだ。


 当然、生きているはずもなく、そのまま地面に倒れた。


「い、今のはいったい……? 魔術、なのか? あんな力を人が使えるなんて、そんなこと……これじゃあ、本当に伝説の賢者さまじゃないか」

「完全に人を超えているな……これはもう、言葉が出てこないというか、なんというか……ははは、彼女が味方であることを、これほど安堵したことはないな」

「うそだぁ……こんな魔術、人に扱えるわけないって。無理無理、絶対に無理。でも、アリアさんは使って……ああもう、本当に、彼女は何者なのかしら?」


 後ろで三人が唖然としていた。


 そんな中で、やっぱりというか、ミリーはいつも通りだ。


「さすがアリアちゃんです♪ アリアちゃんなら、あんなヤツ相手じゃないって、お姉ちゃん信じていましたよ」

「……もう姉でもなんでもいーわ」


 ここまでしつこいと、こちらが根負けしてしまう。


「って、しまった。やらかした」

「え、どうしたんですか?」


 俺は苦い顔をしつつ、変異種の屍を見る。


「コイツの必殺技とやらを見損ねた」

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