1話 裏切り
「あなたはもう用済みだから、ここで死んでくれないかな?」
嘲るような言葉が聞こえて……
その直後、焼かれるような激痛が胸に走る。
見ると、胸から刃が生えていた。
衣服が赤く染まり、剣先からポタポタと大量の血が垂れ落ちる。
肩越しに振り返ると、仲間であるはずのルーファスが悪鬼のように笑いながら、背中から俺を剣で貫いているのが見えた。
「かはっ!?」
剣が引き抜かれた。
血が喉を逆流して、大量の血を吐き出してしまう。
体から力が抜けていく。
熱がなくなり、冷えていく。
立っていることができず、膝をついた。
ここは崖だ。
背後を取られている以上、逃げることはできない。
いや、そもそも……
すでに、この傷は致命傷。
あと一分、二分と保つかどうか。
「この、野郎……なぜだ? なぜ……ごほっ……この俺を、殺そうと、する!?」
勇者と呼ばれている男は、笑う。
一国の王子である男は、笑う。
「邪魔なんだ」
「邪魔……だと!?」
「そう、邪魔なんだよ。魔王の討伐は見事に成し遂げた。うん、それはとても素晴らしいことだ。僕達、みんなの力を合わせることができなければ、きっと、成し遂げることはできなかっただろう。ちょっとクサい台詞だけど、僕達の友情の勝利と言ってもいいかもしれないね」
「なら、どうして……仲間である、俺を……」
「だから、邪魔なんだ。うん。申しわけないと思うよ? あなたは、ありとあらゆる力を扱うことができる賢者。世界最強の賢者だ。力だけが優れているわけではなくて、頭も良い。そして、人望もある……僕よりもね」
「がっ!?」
再びの攻撃を受けて、肩から斜めに切り裂かれた。
すでに致命傷ではあるが……ダメ押しの一撃、というところか?
「困るんだよね。僕は勇者で……それ以前に、王子という立場だ。あなたの人望に、今回の功績をプラスすると、もしかしたら、次の王になることも可能かもしれない」
「そんな、こと……考えたことも、ねえぞ……」
「うん、わかっているよ。あなたは、そういう人だ。でも……安心できないんだよね。もしかしたら、気が変わるかもしれない。周囲の者に担ぎ上げられるかもしれない。そう考えると、ここで退場してもらうのが一番、って思うのが普通じゃないかな?」
「なんだかんだ、言っておきながら……てめえの保身しか、考えてねえ、ってことかよ……くそがっ」
「それのなにが悪いのかな? 誰だって自分がかわいい。そう考えることを、悪のように思われたくないな。僕よりも力があるあなたは、生きていてはいけない存在なんだ」
「自己保身を、ぐっ……否定するつもりはねえが……だからといって、そのためになんでもするヤツは……クズだろうが」
「ひどいなあ。仲間をそんな風に言うなんて」
「どの口が……こんなことが正しいとでも……!?」
「当たり前だろう?」
ルーファスは笑顔で言う。
「僕がすることは正しい。なに一つ、間違っていない。だって、僕は勇者なのだから」
「ルーファス、お前……」
ルーファスはやや独善的なところはあるが、勇者だ。
その使命を果たすために、様々な努力を重ねてきた。
時に、己の体を盾にして、罪なき人を守るところを見てきた。
だからこそ、油断してしまった。
これだけ歪んだ想いを抱えていたなんて……
くそっ。
完全に見誤った。
コイツは、正義の味方でも善人でもない。
ただ単に、自分のことしか考えていない、究極の自己中野郎だ。
絶対的に自分が信じて正しいと疑っていない。
なにをしても許されると思っているし、正しいと思いこんでいる。
ダメだ、コイツ。
違う意味で、心が壊れている。
「は、ははは……」
「どうしたんだい?」
ルーファスが訝しげな視線を向けてくるものの、笑いが止まらない。
止められない。
コイツも大概だけど……
バカなのは、俺も同じだ。
これだけ近くにいて、一緒に旅をしてきたというのに、コイツの本性を見抜くことができず、こんな状況になって初めて知るなんて。
賢者と呼ばれているものの、力だけ。
人を見る目はなかったみたいだ。
「こんな、ことをして……タダで済むと思っているのか?」
「もちろん。だって、僕がすることに間違いはないし、全部、正しいんだからね」
「ちっ」
吐き気を催すほどに独善的なヤツだ。
さっさと話を打ち切ってしまいたいが、そういうわけにもいかない。
ここで話を打ち切れば、ルーファスは容赦なく、俺にトドメを刺すだろう。
すでに俺は致命傷。
回復魔術を唱える間を与えてくれるとは思えないし、詰みだ。
ただ、最後の賭けに出るためには、もう少し、時間を稼ぐ必要がある。
「このこと、は……仲間は、知っているのか?」
「そんなことを知ってどうするんだい? 化けて、仲間のところに出るつもりかい?」
「ははは……それもいいかも、しれないな……」
やばい。
本格的に意識が揺らいできた。
そんな俺の状態を察したらしく、ルーファスが血に濡れた剣を掲げる。
「さてと。きみは油断ならないからね。そろそろ、きちんとトドメを刺しておくことにしよう。抵抗しない方がいいよ。下手に抵抗されたら、きちんとトドメを刺せないからね。余計に苦しむことになるよ。もっとも、それだけの体力は残されていないかな?」
「まあ、な……俺は、魔法が……得意、で……体を動かす、こと、は……」
何度も吐血して、うまく話すことができない。
それに伴い、体も急速に冷えていく。
ただ……準備は完了した。
これで、死んでも問題はない。
しかし、コイツに殺られるのだけは癪だ。
「なあ……ルーファス」
「なんだい?」
「遺言を、頼みたいんだが……聞いて、くれるか?」
俺が諦めたと、勘違いしたのだろう。
ルーファスは剣を掲げたまま、ニヤリと笑う。
「いいよ。きみの遺言を公表できるかどうか、それは内容次第だけど……うん、約束しよう。僕は、きみの遺言の内容をしっかりと覚えておくよ」
「いいぜ……約束、だ……」
俺は、最後の力を振り絞り立ち上がる。
一歩、もう一歩と後退して……
「てめえ、は……勇者でも、王子でもねえ……ただの……クズだよ……バーカ、くたばれ」
俺は中指を立てて笑い……
そのまま、崖に身を投げた。
19時にもう一度更新します。