7話 少女、入居する
随分間が空きましたが、書いています
結論から言えば、この建物は非常に豪華だった。
外見はさることながら中身も親切設計。
廊下はキレイなフローリング。つき当たりの窓には曇り一つない。
台所には流し台はもちろん、ガスコンロまで敷設されている。当然お湯の出せるタイプの蛇口であり、ガスコンロには魚を焼いたりする網棚もあった。
お風呂場の床は冷たさを感じさせない材質でできており、浴槽は足を伸ばせる程度には快適そうな大きさだった。下手したら私の住んでる家のものよりも大きい。
一階にはそのほかに八部屋があり、その全てが六畳。それらは現時点で先輩がたが使用している。二階に登るとさらに四部屋ありその大きさは一階と同程度だった。
全て空き部屋で、どれか一つを選んで使っていいとの事だったので、私は日当たりのいい角の部屋を確保した。
要塞とは名ばかりの、実に現代建築だったのだ。
……
台所の手前にある大部屋は、唯一の和室だ。元は洋室だったのを小夜ちゃんが自分で勝手に改造したそうな。かなり金をかけたらしい。
テーブルを二つ並べて長方形とし、それを挟む形で向かい合うように四人ずつ座る。
私は横に座った。テーブルの大きさ的にさすがに五人は並べない。
全員が席についたところで小夜ちゃんが口を開く。
「まずは入学おめでとう、美乃。Fクラスはこういう特別な集まりで、授業も割と特殊なパターンが多い。特殊すぎて慣れないかもしれないが、正直どうにでもなると思ってくれ。そのくらい管理が適当なクラスなんだよ、Fクラスは」
「まずはー、Fクラスの恒例行事だね!くふふ」
ポニテ先輩が怪しい笑みを浮かべてこちらを見ている。何されるのか不安になってきた。
その先輩の隣にいるヘッドホン先輩が軽く小突いてるあたり、良くあるおふざけなんだろうということが見て取れたため、不安は早々に消え去ったが。
小夜ちゃんはそれを否定せずにつぶやく。
「そうだな…Fクラスに新しいメンバーが来る度にやってるから恒例行事ともいえるか…」
それは、ただの自己紹介だった。いや、確かにただの自己紹介ではあるが若干普通ではない。理由は他ならぬ、魔法の存在だった。
今この場で実証できる能力はほとんどなかったため見てはいないが、それでも皆が違う効果を持っていることが分かった。
「どうぞ~」
先輩の一人…くるみ先輩があったかい緑茶を入れてくれた。
日中ずっと眠そうにしていたダイナマイトボディなふわぼさヘアの先輩だ。
自己紹介を聞いていた限りでは彼女はこういった給仕をするのが得意だとか。
入れてもらったまだ熱あつのお茶をすすりながら呟く。
「個性的ですねー、Fクラスは…」
小夜ちゃんが同意を示してくれる。
「そうだな……それと美乃、敬語は使わなくていい。上下関係なんかないからな、このクラスに関しては」
いわれてみれば周りの先輩がたはそのあたり気にしなそうな奔放な性格、というか自由な人が多い。形式上の都合で使ってはいたが、確かに同居するにあたって敬語は堅苦しい。お言葉に甘えさせてもらうとしよう。
「それでー?美乃ちゃんお引越しはいつやるのー?」
一部の先輩方が買い出しへ向かった少し経った頃
にくるみ先輩がふとそんな事を聞いてくるが、特に考えていなかった。
「普通に考えれば明後日かな?土曜日だし」
私の生活道具…というか制服のスペアやら着替えやらのほとんどはそもそも虚空に入れてあるため運び変える必要はない。運ぶ必要があるのはクローゼットやら本棚やらサイドテーブルやらといった大きめの家具だけであり、これだって一度家に帰って虚空に入れてしまえばすむため半日もかからないのだ。
それを聞いたくるみ先輩はちょっと苦笑している。
「もはや反則レベルで便利だね…私のと違って。いいな~」
くるみ先輩の魔法は名付けるなら「魅了」と「幻滅」。
しかも「魅了」にいたっては時々勝手に発動する困った能力だそうだ。
私は苦笑いするしかなかった。
空気が重い……。
「たっだいまー!!」
買い出しへ向かっていたポニテ先輩……もとい桃音先輩が元気よく帰ってきた。ヘッドホン先輩……みくも先輩も一緒である。
「寿司とサラダ、あと惣菜いくつか買ってきたよ。今更だけど、こゆみんは苦手なものとかある?」
苦手なもの…特にないなー。
そう伝えると安心したらしく、そのままテキパキと料理が並べられていった。
まあ全部買ったものだけどね?料理は料理だ。
本日は私の歓迎ということで贅沢をしているらしく、いつもはもう少し簡素な夕食だそうだ。基本的にはくるみ先輩が一手に料理を担当し、他のメンバーは交代で料理の手伝いをするそうだ。え、私?料理なんか出来るわけないじゃん、あっはっは……
訂正。料理自体はするけどあまり美味しくはないのだ。見た目は崩れ、味はまあ普通といった感じになる。
「料理、覚えないと…」
挨拶を終え、早速惣菜をつまんで出た私の感想がこれである。
普通に美味しいと言えるのだが、それでmじょ女の子としての意地がある。出来合いの物に負けたくはないのだ。そういえば、食費等はどういう扱いになるのだろうか?聞いてみる。
「建物は学校側の管轄だから、水道光熱費等は実質無料だな。ただ食費に関しては私達がみんなで出し合っている。ちなみに経理的なことは逆月姉妹がやってくれているんだ」
私達住民は毎月一定額を逆月姉妹に提出、小遣い等の申請は不要。この家全員に関する食事に関する領収書は提出する必要がある、と。
ちらっと逆月姉妹の方を見る。二人は双子の姉妹であり、舞さんが姉で夢依さんが妹だ。
髪型も前髪が似ているけど、ロングなのが夢依さんで、舞さんは割とショートである。
「そういうわけだから、夕食の材料とか買ってきた時には領収書を買った物と一緒に私のところに持ってきてね。…勝手にお菓子買って使い込んだりしちゃダメだよ?」
舞先輩は私に注意を促し、チラッと桃音先輩を見る。きっと、そういうことなんだろうね。
なお、桃音先輩はこちらを意に介せずせっせとお寿司を食べている。丁寧にワサビを取り除きながら……
「ちなみに、私のところでも大丈夫です。姉さんに私経由で渡すのも確実ですので」
二人体制なのね。確かに効率はよさそうだ。
ダブルチェックも出来て、やり取りするのも気安くでき、作業を分担もできるだろう。
「会計は逆月さん達で、料理はくるみ先輩と……掃除なんかは当番制ですかね?自分の部屋は別として」
さすがに自分の部屋は自分でやるのだろうが、共有スペースはさすがに一人でという事はないだろう。集団生活ではきっとこういうところにルールがあったりするのだろう。
「残念かもしれないけど、違う。共有スペースの掃除は私一人」
絢音先輩がボソッとそんな事を告げてきた。え、本当に?結構広いのに?
言い方的にやはり自分の部屋は自分なのだろうけど、それを踏まえてもこの家は広い。
「私のオーバーラップは、空想の世界。現象は上書き。空想の世界から一部を切り抜いて、こっちの世界を上書きできる」
よくわからん。みくも先輩、ヘルプ!
「一言で言えば想像の具現化よ。例えば彼女がこのテーブルを見て『汚れのない状態』を想像して魔法を使うと、『汚れのない状態』になるの。それが上書きってわけ」
ほうほう。…チートじゃん?何でもできるのでは…
「それは無理。これは代償がある。使い過ぎると危険」
代償があるの!?私の魔法にはほとんどそういうのなかったはずなんだけど?
そこのところどうなんですか、みくも先輩!
彼女は若干歯切れの悪い口調で説明してくれる。
「彼女の力は私達の中では二番目くらいにアブナイ能力でね……使い過ぎると彼女はこの世界から消えちゃうの」
「上書きできる量に上限がある。0時から翌0時の間に上限を超えると私は消える。回避は容易」
自分が消滅する可能性のある能力なのか…ん?
「一番ではないんです?それほど危ない能力を超える能力ありましたっけ」
さっき一応全員分能力は聞いていたが、さほど目立つものはなかった気がする。
私は世界を持ち、小夜ちゃんは異世界を渡り、里花先輩は世界を止め、桃音先輩は世界に飛び、みくも先輩は世界を知り、絢音先輩は世界を上書き。くるみ先輩と舞先輩と夢依先輩は絢音先輩の能力に近いが、上書きの対象がそれぞれ好感度、体調、感情と限定的になっている。
「一番危ないのは小夜なの。彼女は過去を除くあらゆる世界を渡れる。たまに制限はあるらしいけども、まるで小説の主人公のように、ファンタジーな異世界にさえ転移できるのよ。実際去年の夏休みなんか一週間以上ぶっ通しで寝てて、さすがに不安になったわ」
話題に出された小夜ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「アレは事情があって戻れなくなってだな……まあ、そういうこともある。そもそも異世界には女神が言っていたような魔物がわんさかいるし、いつ死んでもおかしくはなかったな。というか何度も死にかけた」
危なすぎる…そりゃ堂々の第一位も納得だ。間違いない。
その後も雑談を交えながらにぎやかな夕食を終え、各々自室へ戻っていった。
くるみ先輩が後片付けをしてくれる間に、みんな順番にお風呂に入っていく。いくら広めとはいえ、数人がまとめて入るには心もとなかったしね。食後はこうしてローテーションで風呂に入り、最後にくるみ先輩が、という流れになっているらしい。余談だけど、私が新しく加わった事でローテーションの時間が長くなったのだがくるみ先輩は「片付けを急がなくて良くなった」とむしろ喜んでいた。
風呂を上がり自室へと戻った私は持ち歩いている(虚空で)ドライヤーで髪を乾かし、明日の準備をする。といっても本日配られた教科書はまだ要らないだろうから置いていく(虚空へIN)。学生手帳の方は制服の内ポケットに入れておこう。
結局バッグの中身は変えるまでもなく、準備は終わった。
電気を消して布団へ入る。
ベッドに入って数分も経たず、私の意識は夢の世界へと吸い込まれていった。
今後は不定期でいきますw