6話 少女、守られる
6話 少女、守られる
我に返った女神様は、慌てふためいていた。
「ちょ、ちょ、ちょっとまって!?話聞いてた!?」
みくも先輩は悪びれる様子もなく答える。
まあ、悪びれる必要もないのだが。
「聞いた上での結論だ。能力の返還なんてしてやるもんか」
女神様はそれでも納得行かないようだった。
わざわざこうして出向いてくるくらいだ、そう簡単に引き下がりはしないだろう。
「その力はとっても危険なのよ?そりゃ確かに便利だから手放したくないかもしれないけど!」
確かに私はそういう理由だが、たぶん他にも色々理由はあるんだろう。私にはないけど。
女神は能力の返還をさせるべく、デメリットを並べ始めた。
「そもそも魔法に魔力使うし、魔力がなくなったら気を失って危ないわ!」
「そこにいる彼女……美乃さんの作るエナジードリンク。あれは魔力を回復するから魔力切れの心配はない。一般人が飲むと辛いだけでなにも起こらないようだけど」
なんと。
私のエナジードリンクってそういう効果があったのか。みんなが飲めたのって魔力を持つものだから、とか?
「……そもそも魔力が暴走したら体ごと消し飛ぶわよ?」
怖っ。魔力暴走怖っ。
それに答えたのはみくも先輩……ではなく、最初に私と話した桃音先輩だった。
「それは大丈夫!ここの全員、回路にセーフティを取り付けてあるもーん!私が!私がつけたの!!」
先輩はピースしながらとぴょんぴょんと跳ねて激しい自己アピールをしてる。
しかし、魔力回路にセーフティをつけた?そんな覚えはなかったけど、試しに右腕に魔力を通してみる。……確かに今朝よりも一度に流せる量が、減ってる。どうも多すぎる部分は塞き止められてるようだ。
となるとあの先輩は事実を言ってるわけだが……いつの間に?てかどうやった?
疑問はつきない……あとで聞こう。
「……だとしても!魔法を与える失態をおかした以上、なにもせずに引き下がるわけにはいかないの!『安全な生活を約束する』ことが私の役目だから!」
安全な生活を約束?……なるほど、つまるところ自分の失敗の後始末をしたいわけだ。
そのためには問題をそもそも消し去るのが手っ取り早い。私達が能力を持ってしまったのが問題だから、能力を回収すればいい、と。
桃音先輩は先ほどからくるくるとハイテンションで動き回っていたが、女神の言葉を聞いて立ち止まる。くるっと女神の方に顔だけ向けて、真剣な顔つきをする。
「神様なのに人っ子一人の能力一つ奪えないの?だっさーw」
一瞬で無表情になったと思ったら、これである。怒らせてどうするのさ。
見てみれば女神は歯を食いしばって、およそ女神とは思えない鬼のような形相で先輩をにらんでいる。
「うぐぐ……相手の同意がないと出来ないから返せっていってんのよ!!」
女神さまは未だに諦めていない。多分理解はしているはずだ……もうすでに誰も能力を返すつもりなど毛頭ないことが。ひょっとしたらここにいない能力持ちは返したりしたのかも知れない。それなら希望を捨てないのもうなずけるが。
「――手を出すな、エオラス」
睨み合っていると、いきなり教室に声が響いた。良く通る少し低めの女性の声?
咄嗟に周囲を見渡すも誰かがしゃべったわけではなさそうだ。
そもそも教室の扉は塞がれていたし、一体誰が……っ!?
突然教室の中心あたりの何もない空間に渦巻状の…私のポータルによく似たものが出現した。しかしその色は私のとは違い漆黒。まるで向こうだけ夜みたいだ。
やがてそのポータルから、一人の女性剣士が現れた。…剣士!?
やや薄紫の髪に紫の瞳、そして天狗のような和装チックな装備。
ファンタジーの世界から飛び出してきたみたいだった。
私以外のみんなもかなり驚いていた。そりゃそうだ。
「や、夜雲?……案があるなら聞いてあげないこともないわよ?とりあえず、剣はしまっておいてもらえると……」
女神がちょっとだけ後ずさった。心なしか、脂汗が吹き出ているような……?
対して夜雲と呼ばれた女性は特にした様子もなく続ける。
「私は一年前から、彼女らを護っている。それで何も問題ないはずだ。夜雲が言っていたと伝えろ、『能力の剥奪は不要だ』とな」
「は、はは…わかったわ……もうどうなっても知らない!!」
女神様はくるりと振り返り、黒板めがけてが何か魔法を使用する。次の瞬間、ポータルが開いて女神は姿を消した。通り抜けた瞬間ポータルは音もなく消滅する。
何気に別の魔法を見たのは初めてな気がする。
一瞬のうちに、教室は静寂に包まれた。
教室の真ん中にいる夜雲と呼ばれた女性は女神がいなくなったのを見届けてから口を開いた。
「突然失礼した。――せいっ!」
彼女は突然抜刀してそのまま切り払う動作をした。
もしも目の前にいたら何も出来ずに斬り伏せられていたであろう洗練された動きだった。
パリィィィィン!!
甲高い音を響かせながら、教室を包み込んでいた結界が壊れる。
てか女神さん結界残したまま行っちゃったのかよ。
結界の破壊を確認して彼女は剣を鞘に戻すと、今度は私達に向き直る。
その表情にさっきまでの威圧感のようなものは感じられず、ちょっと大人びただけの女性に見えた。
「改めて挨拶させてもらおう。私は夜雲。あいつの尻拭いに付き合ってやっている。さっきまでの事について補足が必要であれば、可能な範囲で答えよう」
その言葉を聞いて真っ先に手をあげたのはみくも先輩だ。
「あなたは、私と前も会った。覚えてますか?」
夜雲さんはふっと懐かしい物をみるような顔をして答えた。
「どうやら、今回は大丈夫なようだな」
彼女はヘッドホンを外して、丁寧に頭を下げた。
「おかげさまで。感謝しきれないくらいですよ」
そういって先輩は顔をあげて笑う。
この二人、知り合いなのか?
「あの、先輩。夜雲さんとは知り合いなんです?」
先輩はちょっと考えてから答える。
「んー……そこまでの関係ではないかな?一言で言えば命の恩人だよ」
なんですと!?
何があったのかすごい気になる。あとで聞こう。
それが顔に出ていたのか、夜雲さんがため息をつきながらも教えてくれる。
「あのバカがかつて振りまいた魔力の影響はなにも君たちの魔法だけではないんだ。時折、魔物と呼ばれる普通の人には見えない生き物が生まれることがある。私はそれを排除して回っているんだ」
女神の尻拭いとは、そういうことか。
それにしても、仮にも女神に対してすごい言いようだ。
魔物と言う生き物は魔力を持たないものには見えないらしく、つまるところほとんどの人には見えないらしい。にもかかわらずそこに質量自体はあり、ものを壊したり人を襲うこともあるようだ。
そこまで考えたところではたと気づく。
昔見たニュースのなかに、その説明をつけることでピッタリつじつまのあうものがあったなーと。
「どういった魔物が出るの?」
しれっと聞いたのは桃音先輩。
夜雲さんは特に気にした様子もなく答える。
「狼がほとんどだな。たまにゴーレムと呼ばれる石人形も現れる。魔物の種類に関係なく、やつらは黒いモヤを纏う。もしもそういったものを見たら、すぐ離れた方がいい」
その言葉を聞いたとき、みくも先輩は苦虫を噛み潰したような顔をした。もしかしたら狼が嫌いなのかもしれない。
「さて、あまり長居すると私は怪しまれるな。━━またいつか」
次の瞬間その姿は消えていた。
まるで元から何もなかったかのように。
少しの間、誰も動けずにいた。
ようやく動き出そうとしたとき廊下からつかつかと足音が聞こえ、教室の扉が開かれた。
「あ、いたいた。あなた達まだ教科書の受け取り来てないよね?あんまり遅いもんだから見にきちゃった」
半身くらい開かれた扉の奥から女性が顔をひょこっと覗かせる。
扉に手をかけて立っていたのは生徒会長だ。
小柄でスラッとした体躯の美少女だったのでよく覚えている。
私はふと時計を見る。時計の針はすでにお昼を過ぎていることを示していた。教室に来てから先輩たちとお話ししているうちに、かなり時間が経っていたようだ。
「それじゃ、荷物持ってみんな私についてきてねー」
そう言って会長さんは昇降口へと歩きだした。
私たちも特になにも言わずについていく。
昇降口へ着き、各自自分の教科書等を受け取っていく。重いので正直虚空にしまっておきたいが、人目があるため今は出来ない。
鞄の中に詰め終わったのであたりを見るとすでに先輩方はしまい終わっていた。私を待っていたらしい。
「先輩方、終わるの早くないですか?」
私の投げかけた疑問に桃音先輩が指を振りながら教えてくれた。
「こゆみんよ!早いんじゃなくて荷物が少ないのだよ!」
……んん?
「こ、こ、こゆみん?」
先輩はドヤ顔で答える。
「こゆくみのだからこゆみん!どうどう!?気に入った?」
目を輝かせながら聞いてくる先輩。
「はい!ありがとうございます!」
私は二つ返事で即答した。
ふふ、こゆみんか。いいあだ名をもらってしまった。
にまにましているといつの間にか目の前に、先ほどまでいなかった人物が目の前に立っていた。下を向いてたから気づかなかったよ。目があったその女性は…知ってる人だった。
「もしかして、小夜ちゃん!?身長高っ!いつ来たの?何してた?」
「ああ。美乃は変わらないな…私はさっきまで寮の方で受入れ準備をしていたんだ。新しいメンバーがFクラスに来ると聞いてな。それが終わったから迎えに来たんだ」
会長いわく、彼女は入学式前に受け取りを済ませて一人だけ別行動で事務をしていたらしい。
「聞いているとは思うが念のため伝えておこう。Fクラスは学生寮暮らしとなるので、Fクラス入りの通告から一週間以内に引越する必要がある。つまり美乃は今日から一週間以内だ。大丈夫か?」
学生寮にはいるとは最初にみくも先輩が教えてくれたが、一週間でというのは初耳だった。
だけど私には魔法があるのでどうにでもなる。
普段意識する必要はないが、私の開くポータルはその大きさを自由に変えられる。やろうと思えば移動させて収納することも可能なシロモノなのである。それは、部屋のものを丸々持てるということだ。
そういえば小夜ちゃんも魔法は持ってると先輩は言っていた。ならば魔法のことは話しておいても問題はないだろう。
そう判断した私はそのまま伝えた。
小夜ちゃんは最初こそ驚いていたが、当然のように受け入れていた。
「それじゃ、そろそろ学生寮へ向かおうか。会長、また明日」
「うん。またねー!みんなもね」
会長はヒラヒラと手を振り、私達を見送ってくれた。
私は小夜ちゃんを先頭に先輩達についていく。
学校の裏門を出ると道路があり、その道路に沿うようにして川が流れている。
道路を渡り川沿いにしばらく歩くと橋が見えてきた。
その橋を越えた向こう岸には同じく川沿いに道路が敷設されていて、橋を渡りきってすぐのところには大きめの公園があった。この公園を真っ直ぐ越えたところにあるのが私達Fクラスの生徒が住む事になる学生寮…通称【要塞】がある。
「名前の割に、シンプルだ…」
私の感想にみくも先輩が苦笑する。
「現代日本にどんな建築物を期待してたんだか…」
そりゃ、ね?要塞ですよ、要塞。もっと石のレンガとか重々しい感じを想像してもしかたないでしょう?
だが、見た目だけが違和感のないようにされているかもしれない――実はほとんど期待はしていないが――という淡い期待を胸に私は新しい生活の拠点へ足を踏み入れた。
次はまた日曜日に。