5話 少女、拒否する
5話 少女、拒否する
女神。教壇に立つドレスの女性はそう名乗った。
今日までの人生を何事もなく平穏に生きていたなら、「何をバカな」と一笑に付すことができただろうか。しかし今は違う。
魔法を知っているからだ。神なんて非科学的な存在は魔法と同じくらい、架空の存在と認識している。だが、この手のオカルト話は面白いことに
一つでも実在すれば「もしかしたらあれもこれも」と思えてしまう。
冷静に観察すればその存在からは、およそ人のものとは思えない膨大な魔力を感じられる。
ガタッ、と机をならして銀髪ショートの先輩が立ち上がる。教壇に立つそれをまっすぐに睨み付けて冷たく言いはなった。
「……悪いけど、神なんて信じてないから」
彼女は先程からずっと本を読んでいた。そのため何となくオカルトを信じていそうだったのだが、私の予想とは違い、彼女は神を信じてはいないらしい。
他のみんなは口を出さず、成り行きを見守っている。
「けど……あなたが人じゃないのは、きっと真実。だから……」
小さく唇が動く。音は聞こえなかったがそれは確かに世界に干渉した。魔力の流れに気を付けていた私には、先輩の前に魔力がたまるのが見えた。
魔力はひときわまばゆく発光し、そこには黒い針のようなものが三本現れた。……しかしそれは針と呼ぶにはかなり太い。杭ほどの太さがある。
「ふーん……面白いわね、あなた。確かに私が死んだところで殺人にはならないわ。……もっとも、私を殺せる存在は上位の神くらいの者だけれど。好きにするといいわ」
そう言って女神は手を広げて受け入れるポーズをした。挑発のつもりだろうか?
先輩はさして気にした様子もなく返す。
「見くびらないで。――-射!」
絢音先輩が号令のような言葉をかけた。
次の瞬間三本同時に射出され、女神に向かって飛んでいく。
狙いは正確。頭部、腹の中央、そして心臓。
このままいけばいくら女神といえどもひとたまりないだろう。完全に殺すつもりの一撃なのが見てとれた。
いくらなんでも本気はまずいだろうとは思うものの、私の能力ではどうしようもない。
恐ろしい速さで飛来する杭を一瞥し、女神はため息をついて呟いた。
「除外」
女神は私たちと同じ魔法を使用した。
名前をはっきり聞いたので、それは事実。
私達と同じものなのだろうが、その魔法はまるで異なる性質を見せつけた。
消えたのだ。目の前で、音も跡形もなく。
一直線に飛んでいた杭がなくなっていた。
先輩はそれでも冷静でいた。いや、冷静を装っているが声が震えている。あれだけのことができるから、自分の力に自信があったのだろう。それが
得体のしれない能力で防がれたのだから、驚くなというのは酷だろう。
「…あなた、何をしたの?」
どうにか絞り出した言葉は、ただシンプル。
しかし、言葉の裏には「信じられない」といった絶望が隠れている。
「『先ほどの物体が存在しなかった世界』で上書きしました」
…スケールが違いすぎた。世界で上書き?なんというか……寝言は寝て言え、と言ってやりたいレベルだ。
女神は髪をかきあげながらめんどくさそうな顔をして告げる。
「言ったでしょう?私は女神。貴女たちの魔法も、元々私のものなのよ」
未だにうちひしがれてる先輩から視線をそらして周りを見渡し、女神は満足そうに頷く。
「よし、落ち着いて話を聞く気になったようね。ではとりあえず私について話しましょう」
――女神いわく。
10年前、流星に変身して地球へ遊びに来た。
何事もなく二年前まで遊んで生きていた。
あり得ない事に人間の少女に話しかけられた。
本来なら人間に女神の姿は見えないのだと。
そこで、違和感を覚え始めたそうだ。
――
「彼女に見つかった理由は簡単だったわ。魔力を持っていたから私を見ることができたわけよ。私みたいに人間ではない……そうね、精神体とでも呼ぼうかしら。肉体を持たない生命体は普通見えないのよ」
それをきっかけに、女神は魔力を持つ存在を探し回ったらしい。そしてちょっとした工夫をして結果、今はその大部分と会うことができたらしい。
ヘッドホン先輩が前に出て、訊ねる。その顔は何となく怖く、嫌悪感がにじみ出ていた。
「一応聞きます。何をした、お前は?」
その声はとても荒っぽく、怒りを含んでいるように聞こえた。
「能力を持つ子の運命に干渉して『全員がこの学校に入学、Fクラスになる』ように仕向けたの。うまくいったわ、現にここには全能力者の約8割が集まっているもの。この様子だと、残る能力者も一人を除いてそのうちここに来るわね」
私はこの学校を選んだことを運命と思っていたが――どうやら本当に運命だったらしい。
しかし、みんなが同じ運命…てことは。
「私達って運命共同t「違います」」
言い終わる前に女神にきっぱり言い切られてしまった。泣いてやる。ぐすん。
「なぜ、そんなことをした?」
私はスルーされ、ヘッドホン先輩は話を続けた。
女神はその上からな物言いに肩をすくめて答える。
「その魔法自体は「異世界へ接続する」効果。でも、人によって二つ目の効果が異なるの。もっとも、私はなんでもできるけどね!ふふん」
何故か女神はどや顔で偉そうにした。
しかし、言われてみたらそうかもしれない。
確かに私の能力もそれで説明がつく。別の世界への入り口をこじ開けて、その世界を私は独り占めして物置にしてる……と、実際はこんな感じな訳か。
「私が変身していた流星をあなた方は10年前に目にしているわ。その時魔力をばらまいちゃってあなた方に魔法を与えるという影響を与えたわ。その力をあなた方人間が思い思いに振るってしまったら、どうなると思う?」
正直、スケールがでかすぎで私にはわからなかった。むしろ途中から思考は止まってる気がする。
しかし先輩は何か思い付いたようで、恐る恐るといった面持ちで訊ねる。
「……侵略行為の増長?」
「そのとおりよ。あなた方の能力はそのどれもがうまく使ったら敵なしと言える強力な魔法。言うならば、あなた方全員で数千人規模の軍隊とだって渡り合えるでしょうね。やった場合ね」
私の能力は戦争においては確かに非常に有利だ。
虚空は未だに底無しにものがはいるし身軽だし、他人に盗られる事もないのだから。
きっと他の先輩の能力も、それだけ便利なものなのだろう。隠してきて正解だった。
「なので……その力を、返してもらいたいの」
能力を、返す?
それはつまり、魔法が使えなくなるということ。
魔法を使った生活が当たり前になっている私は激しく動揺した。人は一度便利なものに触れると、戻れなくなってしまう。
事実私は魔法を失いたくなかった。
「お断りします!」
だから私は意思を示す。
先輩かたは少し驚いた顔をしたけど、すぐに同意を示してくれる。
それを確認して、みくも先輩は一歩前に出て女神に告げる。
「私も反対です。いきなりしゃしゃり出てきて私たちがずっと付き合ってきた能力を手放せと?――はっ。寝言は寝て言え」
突然口の悪くなったヘッドホン先輩に、女神様は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして固まってしまった。
次回はまた日曜日。