3話 少女、Fクラスを知る
3話 少女、Fクラスを知る
ゆっくりした朝を過ごしていた先程とは一転、急いで学校へとやって来た。当然走りもしたが体力は人並みでしかなく、向かい風のなか2km走りきるほどの体力はなかった。そのためどうしても途中からは歩きとなり、疲労も相まってむしろ遅くなっていた。
入学式の開始時間よりすでに十五分ほど遅れている。入学式の立て札がたっているので日付を間違えたわけではないが、それでもあまりに静かなため、若干不安を覚える。耳をすませば体育館から辛うじて声が聞こえた。入学式は始まっているようだった。
今度は若干小走りで体育館へと向かう。
入試もこの学校で行ったため、ある程度施設の位置はわかる。
体育館へと続く渡り廊下に近づくと、チラホラと人が増えてきた。
「ごめんなさい!通ります!!」
私はその、新入生の親と思われる人達の間をすり抜けて、何とか体育館へ入る事に成功した。
私が開けた扉はどうやらステージの正面だったようだ。席は大きく右側と左側で別れていて、後ろあたりには来賓席があるようだ。
左の座席の生徒たちは制服がピカピカなのでおそらく新入生は左だ。
しかし、ここでまちがえたりしたら目も当てられない事になるだろう。聞くは一時の恥というので私は強行手段を取ることにした。
体育館の中央に軽く走りながら、大きな声で挨拶をする。
「遅れてごめんなさーい!!っ、新入生の恋雲美乃です!!どこに座ればいいでしょうか!!」
一瞬にして、静まり返る体育館。
在校生も、新入生も全員が私を、みていた。
注目度No.1間違いなし。
しかし心地よくはなく、むしろ居心地は悪かった。もはや注目ではなく監視といった方が適切だろう。
どこからかは分からないがくすくすと笑い声も聞こえてくる。それもそうだ、こんなことやらかす生徒はそうそういないはず。
ステージ上および舞台そばの壁づたいに立っている生徒会の方々はというと、呆れた目で私を見ていた。
どこに座ればいいのか、という質問には
ステージ上にいた方が答えてくれる。
「恋雲さんね?残念だけど、席はないわ。体育館の後ろへ向かって右の壁際……あのあたりに向かってくれる?あとは彼女が何とかしてくれるわ」
そう言って彼女は後ろの方を手で示す。
見れば何名か生徒が立っている。
どうやら私もあのあたりに立っていればいいらしい。
「え……あ、わかりました」
席がないと言われて一瞬固まってしまったが、ひとまず指定された場所へ向かう。
そこにはすでに7人ほどいた。
いったいどういう集まりなのか?彼女達も、遅刻したのだろうか……。
あくびを噛み殺しながら待つこと約一時間。長々とした式は終わり、クラスごとに教室へ向かうのだとか。
だがしかし。
私、自分のクラス知らないぞ?
自分のクラスを知らないため、クラスごとに分かれた(らしい)新入生たちに混ざっていくのは難しい。むしろ向こうから声をかけてきたら楽なのだが。
しばらくこえがかかるのを待ってみたものの成果はなく、すでに在校生の退場も始まっている。
なのに、なぜか周りの子達は動かなかった。
私と同じでクラスがわからない?いや、上履きの色からして上級生だ。あり得ないだろう。
埒が明かないので訊ねる。
「あ、あの!私達は、移動しないんですか?」
話しかけたのは隣にいたポニーテールの先輩だ。
「んあ?」と素っ頓狂な声を出してこちらへと向く。手にはスマホが握られていて、その画面にはゲームと思われる画面が写っていた。
「あーそっか、キミ遅刻したから何も知らないでここに来たんだね」
事実だ。黙って頷く。
しかしその間も先輩はゲームをやってる。
「ひょっとしてパンフレットも見てない?」
私はもう一度頷く。見てないものは見てないのだ。先輩はニカッと笑い、教えてくれる。
手元見てないのにずっと指は動いている。
「前の座席に座ってたのは各学年の、AからEのクラスだけなの」
そういえばクラスに関するその話は説明会で聞いた気もする。
あれには続きがあったはず……
「もうひとつFクラスってのがあってねー、そこは学年の区切りのない合同のクラスなの」
思い出した。たしかこの高校には、問題のある生徒が集められるクラスがあったはず。
まさか。
顔に出てしまったのか、先輩はニシシといたずらに成功した子供のようにあくどく笑う。
「問題児の巣窟━━Fクラスへようこそ!」
なるほど。ようは、ここのメンバーは皆クラスメイトなようだ。だから最後まで移動してなかったのか。
ていうか、問題児の巣窟ってことは……。
「私、問題児なんですか?」
私の言葉を聞いて、ちょっと目を細めてニヤリと笑い低めの声で先輩が答える。
「『くくっ……ここに来たやつぁみんな同じことを言うぜー』」
ドスを効かせたつもりなのだろうがそこに迫力はまるでない。
そんな先輩の頭にチョップが叩き込まれた。
「そんなこと言ったのは桃音だけでしょ」
チョップした人はヘッドホンをつけている。
叩かれてもヘラヘラしてるあたり、良くあるやり取りなのだろう。そしてこの先輩は桃音という名前らしい。「叩くことないでしょー」と喚いてるがスルーされていた。
「あなたは遅刻魔みたいだから問題児と言われても文句は言えないでしょ」
確かに私は遅刻魔で、実際今日も遅刻した。
しかし、それにしてもこの先輩……
「初対面なのによくわかりましたね、私が遅刻魔だって」
今日一度の遅刻だけで、常習犯と見抜かれるとは思いにくい。経験則か何かだろうか?
何故か先輩は「しまった」といった感じの表情を浮かべていた。
「あっ……いやー、行事に遅刻するならそうじゃないかなーって、思っただけだよ、うん」
……怪しい。この先輩、なんか隠してそうだ。
私の経歴でもどこからか見てきたとか?
「それにしてもあなた、あまり嫌そうじゃなさそうね?Fクラスは普通みんな嫌がるのに」
え?嫌がる?Fクラスを?何故……あ、何となくわかった。
「問題児だらけだから、とかですか?」
「たぶんそれもあるでしょうね……学生寮に入らなきゃいけないのよ、Fクラスは。もちろん、Fクラス全員でね」
シェアハウスみたいなものか。
嫌なことがあったのかため息をつきながらも説明はしてくれる。
「夜間は出かけられないし、消灯時間も決まってる。とにかくルールが多くてね……みんなはこの学生寮を《要塞》って呼んでるよ。あと、Fクラス自体も《要塞クラス》って呼ばれたりする」
蔑称なんだよ、と彼女は自嘲ぎみに笑う。
「学生寮!!なんか楽しそう!!しかも要塞って!!なんかカッコいい!!」
わたしは逆に目を輝かせた。何てかっこいい響きなんだろうか、と。
その後も学校について色々教わった。
4分くらいそうしていただろうか。突然隣にいたショートカットの子に腕を引かれた。
きっとこの人も先輩だろう。
「話、途中で悪いけど。そろそろ教室へいかなきゃダメ」
そう言い残して先輩は出口へ向かって歩きだした。他の先輩たちもあとに続く。私も後ろを歩いてこれからお世話になる教室へと向かっていった。
教室に着いて少し遅れて教師がやってくる。
黒髪短髪の、細マッチョといった感じだ。体育の教師だろう、きっと。
「あー、新入生諸君、まずは入学おめでとう!俺は担任の風巻龍だ。担当教科は体育だ!よろしくな」
わたしは興奮していてもたってもいられなくなり、立ち上がる。
「とっても強そうな名前ですね!初めまして、恋雲美乃です!!趣味はゲーム!あと、エナジードリンク作ったりします!よかったら、みんなどうぞ!!」
そう言って私は鞄からエナドリを人数取り出して配って回る。
桃音先輩がなんの疑いもなく飲み始めた。
果たして、その反応は……?
「おー!うまーーい!!」
「そんな馬鹿な!?」
思わず言ってはいけないことをいった気がする。
これでは美味しくないと思われること前提に渡したと言っているようなものではないか。
「エナジードリンクを自作するのか!すごいな!!……くぁwsdfgふじkp」
先生は口に含んだあと、悶絶していた。
むしろ、こうなるはずなのだ。
先を見越して用意しておいた水を素早く渡す。
すばやく水筒から水を用意して先生に渡す。
「助かった……はー……辛い!てか、よくお前ら飲めるなこんなの」
ん?お前ら?
振り返って確認すると、桃音先輩以外も飲んでいるようだった。今まで誰もまともに飲めなかったのに。
「え、すごーい!!今まで飲んだ子達はみーんな先生みたいに辛いっていうんだよ、これ」
先生は教壇に立ち直して、咳払いしてから話を始めた。
「話が脱線してたけど、今日はこのあと昇降口にいって、新しい教科書を受け取ってくれれば帰っていいぞ。それじゃ!HR終わり!解散!」
先生はそう言い残してそそくさとどこかへ行ってしまった。あんなのでいいのだろうか?
……
「ねえ、キミ……」
先生がいなくなったあと。
学校について教えてくれたヘッドホンの先輩が声をかけてくる。先ほどとは違い、その声には冷たさ、鋭さを感じてしまい、思わず萎縮してしまう。
「な、なんでしょうか?」
先輩は私の頭に手を置いて、呟く
「聞いた方が早いよね━━《掌握》」
━━私のよく知る、魔法の言葉を。
次回はまた日曜日に。




