2話 少女、寝坊する
29日投稿予定だったのに遅れてしまった(コミケのせい)
2話 少女、寝坊する
目覚まし時計ががなりたてている。
目をうっすらと開けてみると目の前には朝八時三十分を指す時計が置かれていた。
懐かしい夢を見ていた。十年ほど前の、流星の日のこと。
そして、私が魔法というものを手に入れた日の事でもある。
私はベッドを降りてカーテンを開く。ついでとばかりに窓も開けた。
その瞬間心地よい風が部屋を吹き抜けていき、睡魔を連れ去ってくれる。
「いい天気だなぁ……新生活も始まるし、いいスタートになりそう!」
この時すでに、大ピンチだったことに私は気づくことはなかった。
手早く着替えてキッチンへ移動し、お湯を沸かしながら物思いにふける。
今日からついに、高校生活が始まるのだ。楽しみにならない人はいないだろう。
私が通う事になっている夢園学園は割と海に近いところにある。この家からは歩いて二十分程度で着くのだが、不運な事にこの間まで住んでいた家……実家からは遠く、片道一時間はかかる見込みだった。
さすがにそれは許容できなかったため、私は学校近くのアパートへ引越して一人暮らしをすることにした。当然最初は反対されたが、深夜に外出しない、週に一度はメールをする、などの条件でどうにか説得に成功した。
かといって、そこまでしてここに行きたい理由があったわけではなかった。
何故かここに行くべきな予感がして、なんとなくでここを選んだのである。
もっとも、近くの高校を選んだところで私の成績では間違いなく落ちていただろうが。
お湯が沸くまでまだ時間があるのでひとまず食パンを冷蔵庫から取り出し、一緒に出したハチミツを塗ってそのままゆっくりと食べる。朝はやはり甘い物……というのはあくまで私のこだわりである。
食べ終わるころにお湯が沸いたのでインスタントコーヒーを作り、ゆっくりとスマホを眺める。といってもゲームの攻略掲示板を見ているだけだ。
入学式の日だと言うのにこんなにのんびりしているのはおそらく私だけだろう。
入学式…今日から私も花の女子高生なのである。…いい響きだ。
そしてきっと、たくさんのお友達ができるに違いない。
具体的には二桁に届くと思っている。中学の頃はクラスメイト皆が友達だったほどだ。
せっかくの高校デビューなのだから、なんとしても「ぼっち」だけは避けたかった。
コーヒーも飲み終えた私はカップを軽く洗って、水気をとって棚へ戻す。
そろそろ学校へ行く準備をすることにしよう。
と言っても私には「魔法」があるため準備自体は非常に単純だ。
私は左手を前に突き出し、唱える。
「……《出納》」
手をかざしていたあたりの空間がねじ切れ、亜空間へと接続される。
この亜空間を私は《虚空》と呼んでいる。物体をいれると時間が止まるのだ。
最近読んだ小説などでいえば「収納魔法」といったところである。
私はその空間へ腕を突っ込み、頭の中で必要な物を念じる。こうすることで自由に中にある物を取り出せる。
実際私の手にはずしっとした重さが加わっていた。取り出したそれは私の通学鞄だ。普段使いする鞄や筆記用具なんかは大体ここに入れてある。
この空間を作る場所はある程度操作が効くので鞄の中であってもこの空間の切れ目は…『ポータル』は作ることが出来る。そのため、鞄さえ持っていればたいして怪しまれることなく取り出せる。
私は鞄を開いて、中を確認する。
「筆記具、よし!メモ帳、よし!エナジードリンク、よし!」
中身の確認を終えて問題がない事を確認した私はそのポータルを閉じる。
私は魔法を隠して生活しているため、ポータルをそのまま開くわけにはいかない。
だが、かといって使わないのはもったいない。そこで鞄が役に立つ。
鞄だけは手で持って歩くのは、そういった理由がある。
必要なものがあれば、鞄から出す振りをして虚空から取り出せばいいため、鞄の中身はほぼ無いに等しい。さすがに筆箱とメモ帳はそのまま入れてあるが、クリアファイルなどは亜空間に入れてある。
入学式に持っていく物として一見するとエナジードリングは不要に思えるだろうが、高校デビューを目論む私にとっては割と重要だった。
俗に言うプレゼント攻撃というやつだ。雑誌にも「仲良くなるには贈り物が効果的」とあったため、クラスメイトに配ろうと画策していたのだ。とりあえず十本は用意してある。
このエナジードリンクは私が自分で作ったものであり、「コユクミン」と名づけた。
これを飲んだ事のある同級生からは畏怖の対象として見られていた。
うたい文句は「眠気も疲れも吹っ飛ばす!!」なのだが、同級生いわく「眠気も疲れも(意識ごと)吹っ飛ぶ」らしい。
ただ、私は意識が吹っ飛んだことは一度もない。そして、私以外で意識が吹っ飛ばなかった
人を見たこともなく、今のところ評価としては同級生のいっているほうに軍配が上がる。
こうして朝食、手荷物の確認、着替えまで終わらせてあとは入学式に間に合うようにぼちぼち家を出るだけ……だったのだが、ここでようやく大ピンチに気がつく。
「あ~~~~!!?もう八時五十分すぎてる!!遅刻だよ!」
私がこれから通う事になる夢園学園の入学式は、九時からである。
学校まで二十分はかかる距離なので、それはもう、間違いなく遅刻である。
のんびりゆっくり朝食食べてたことを今軽く後悔していた。
そして思った……もう少し早く食べるべきだったなー、と。
朝食を抜く、という選択肢は元より存在しなかったが。
私は部屋に急いで戻り、昨日のうちにピカピカにしておいた制服に着替える。
この制服はワイシャツとセーラー服のどちらも学校指定であり、私は三着ずつ持っている。
ワイシャツは白く、袖口に青紫色のラインが入っている。
その上からセーラー服を羽織るように着用する。色は黒く、襟は広目の構造になっており、ワイシャツ同様ところどころが青紫で縁取られている。
スカートは可愛らしいチェック柄で、その淡い紫色は上着との対比でかなり際立って見える。
一通り着替え終わった私は鞄を手に持ち玄関へと向かう。
家を出てすぐに魔法を使って家の鍵を取り出して鍵を掛ける。鍵は再び魔法へしまう。自分で持ち歩いてしまうことが最大の防犯作なのだ。
少し歩きながら自身の手を開いて見つめ、魔力の流れを確認する。
大方問題のない、特に代わり映えしない魔力が腕を血液に混じって流れているのを感じた。
(今日は魔力が切れる事はなさそうだね)
魔力量は若干変わることがある。原因は知らないが、多分体調による影響だろう。魔法を使えば残量は感覚的に分かるのだが、どのくらい使うかを何の参考もなしに決めるのはハードルがとても高い。しかし、この小さなカンに従った時に魔力切れになったことはないので、いまでも信じ続けている。駆け出す前に足を少し止めて、気合をいれる。
時間にして5秒程度。
「さてさて、鬼が出るか蛇がでるか。れっつごー!!」
私、恋雲美乃は意気揚々と学校へ全力疾走した。
次はまた日曜日に。