16話 少女、邂逅する
16話 少女、邂逅する
朝の八時。
それは、一部の学生や大人達がせわしなく動き始める時間帯。
通勤ラッシュと呼ばれるその時間は、駅が最も混雑する時間と言えるだろう。
電車が駅のホームへと入り、ホームはたちまち人で溢れた。
「……?うっ!?」
ごったがえす人波の中、電車に乗ろうとしていた一人の男性がうめき声をあげた。
胸を押さえることもなく、そのまま倒れてしまう。
「だ、大丈夫ですか!」
近くにいた駅員がが速やかに介抱を試みるが、すでに男は事切れていた。
そんな光景を尻目に、一人の少女が電車からでてくる。
「……また、死んじゃった」
彼女――星取渚の呟きは、悲鳴に似た喧騒の中に溶けて消えていった。
◆
朝の八時。
私達はリビングに集まって朝食を取り、各々が好きに過ごしていた。
絢音先輩は自室に戻り、くるみ先輩はお菓子を作っている。
「ねぇ、このニュースって例のあの子じゃない?」
桃音先輩がスマホを見ながら話しかけてくる。
桃音先輩がスマホで見せてくれたネットニュースは駅で不審死が起こった、と言うものだ。
何の前触れもなく男性が一人死んだらしい。
確かに以前聞いた彼女の特徴と合致する。しかし重要なのはそこではなく、どちらかと言えばその直前の文言だ。
「この駅名……最寄の駅だね」
周囲の人が無差別に死に至るとんでもない少女が、ここから歩いて行けるような駅まですでに来ているということだ。
ここから駅はそう遠くない。歩いても二十分もかからないだろう。
小夜ちゃんは彼女の目的が私達を殺すことだと仮定していたが、それが正しければ彼女はもうじきここに来る。
小夜ちゃんがスマホを机に置く。
「これは渚が起こしたであろう突然死をリストにしたものだ」
そこには何時何分にどこで誰が、ということが細かく載っていた。
すでに四十名近くが突然死しているようだ。
横から覗き込んだ桃音先輩がしれっとつぶやく。
「ん?この時間、ずいぶん等間隔だね」
桃音先輩の言葉を聞いて私は改めてスマホを確認してみる。
「本当だ。二時間ごとだね」
小夜ちゃんは頷いた。
「これを見るに、制御できないとはいえ発動のタイミングは一定だ。今で言えば、あと二時間は猶予があるはず。その間になんとかしたい」
朝の八時に人が死んでいるため、次発動するなら二時間後、十時だ。確かに猶予といえば猶予なんだけど。
「何するの?殺さないとか言ったけど」
肝心な部分がまだ分からないのだ。彼女の能力を止める方法。
私にはなにも思い付かない。気は進まないが、彼女を殺してしまうのが最善に思えてしまう。
「ん?……そうか、美乃は気づいていないのか」
小夜ちゃんは一人で納得していた。
桃音先輩も少し苦笑いしているような?
「オーバーラップの魔法は、本人の願いに結び付いた事象を起こす魔法だ。それはわかるな?」
そのくらいは知ってる。世界がほしいと願ったから、この亜空間……私だけの世界を手に入れたんだから。
「では、その願いを諦めたらどうなると思う?」
「え、叶える願いがないと……あっ!!」
願いを叶える魔法で、叶える願いがないとどうなる?
なにも起こらないのでは?
そこに気づいた私を見て、小夜ちゃんは笑う。
「私たちの魔法もだが、心の奥底から願いを否定すると魔法は消滅する。つまり、渚にあの日願ったことを捨てたいと願わせれば彼女の能力は消える」
桃音先輩が立ち上がり、台所へ向かいながらつぶやく。
「つまりー、二時間以内に渚ちゃんの心をバッキバキにへし折って後悔のどん底に落とすのね?」
間違ってはないだろうが表現がドストレートだな。
「まぁ、そういうことだな。……ということで今回はリーちゃんの出番だぞ」
そう言って小夜ちゃんはリーちゃんを見る。確かに彼女には前からかすかに毒舌っぽいところがあったが、小夜ちゃんが頼る以上、マジな毒舌なんだろう。
確かに心を折るにはうってつけだと思う。
「頑張りま~す」
軽く答えるリーちゃん。
この先輩は魔法を持ってないが特異体質を持つという話だ。きっとそれが役に立つんだろう。
突然、玄関が開く。
誰が来たか、言われなくてもわかった。
そこに立っていた銀髪の少女……恐らく星取渚ちゃんは私を見て、にやりと笑った。
「見つけた。――《孤独死》」
そんな言葉と同時に――視界が歪む。
「え??」
「美乃?!しっかりしろ!美乃ぉぉぉ!!!!」
小夜ちゃんの悲鳴にも似た叫びと共に、私の意識は別世界へと飛んでいった。




