10話 少女、仲間になる。
「ここが私の家だよ」
「おぉ……」
みんなと別れて30分ほど歩き、里花は実家へと着いていた。久しぶりにみたものの代わり映えのしないその景観に、そこはかとない安心感を覚えた。
「この時間ならいるね、きっと。とりあえず入ろうか」
「は、はいなの」
平日の昼間から家にいる親、というところに気づき三冬は少し表情を曇らせる。かつての父親も昼も夜も家にいた。当時はいい思い出なんてなかったからだ。
里花はそんな三冬をちらっと見る。一応歩いてる間に設定について軽く打ち合わせしたのだが、すこし不安げである。
里花は引き戸を開けて中へとはいる
「たっだいまー、母さんいるー?」
「た、ただいまーなのー」
三冬にとっては知らない人だが、向こうからすれば姉妹の帰宅。挨拶は当然「ただいま」である。
二階からパタパタとスリッパの音が響き、快活そうな女性が降りてきた。
「あら、里花お帰りー。珍しいね、平日に来るのは」
「脅かしたくなってさー、ね、三冬?」
「そ、ソウナノ」
あまりの緊張っぷりに里花は思わず吹き出しそうになったがすんでのところでこらえる。
顔合わせするとはいったが里花は元々「三冬を実家においていく」つもりなどなかったため、あまり緊張しなくていいのだ。
だが、里花があらかじめそれを告げていないのはまさしくこの反応を見たかったからである。
「そういえば珍しいわね。三冬は里花の寮のところでお留守番だと思ってた」
「普段はそうでもたまには顔見せないとね」
何とはなしに上がり込み、リビングで世間話をする二人。
さすがは親子だな、と三冬は痛感する。
二人の会話はテンポよく進み、明らかに入りにくい空気になる。それでも里花がときおり話題をふるので置いてけぼりにはならないが、それでも三冬は「友達の二人と、三人で帰るときにふと感じる疎外感」のようなものを感じていた。早く終わらないかな、なんて関心すら感じられない思考をしたところで、それを読んだかのように里花が立ち上がる。
「そろそろ学校戻ろうか。みんな心配しちゃうだろうし。また来るねー」
「は、はいなの!お義母さん、また来るの」
母はやんわり手をふってお見送りしてくれた。
三冬は来るとき同様里花に手を引かれ実家をあとにした。
道すがら、里花がたずねる。
「どうだった?母さんの印象は」
「元気そうなの」
里花は「違いないね」っとクスクス笑う。
それからしばらく互いに無言のまま時間が進む。
話題が弾まないことを、三冬はすこし気まずいと思った。
息がつまりそうなくらい気まずいその空気から逃げるように、自然と三冬の足は早くなっていく。
しかし、繋いでいる手がその一手を防ぐ。
「そんなに急がなくてもいいよ。それとも三冬は私から離れたいの?」
「ち、違うの誤解なのこれにはマリアナ海溝よりも深いわけがあるの」
わたわたと慌てて弁明する三冬。
そんな様子を見て「かわいいなぁ」と笑う里花。
「あ」
「?お姉さま?」
里花は今歩いてる道……普段使いしない道なため薄れつつある記憶ではあるが、歩いてるうちにどういった道なのかを思い出した。
里花はニッと笑い、告げる。
「三冬、いーものあげる!」
そういってゆっくりしたペースで里花は走り出し、三冬はよくわからないまま手を引かれ走っていく。日はすでに傾き始めていて、三冬の髪を黄色く煌めかせた。
◆
私たちFクラスの面々は学校へと戻ったあと先生へ報告をしてから寮へ戻ってきていた。
三冬ちゃんがこの寮で暮らすと知り、挨拶をしたいというのでついでに四十崎先輩にも上がって待ってもらっていた。
そんな四十崎先輩は、今とても怖い顔をしている。
「ねぇ小夜、これどういうことだろうね」
「どういうことなんだろうな」
目が笑ってない笑顔というものは、こうも恐ろしいものなのか、と言いたげな表情をして小夜ちゃんは私をちらっと見る。目の前にはちぐはぐな笑顔(?)を浮かべた四十崎先輩がいる。
私は苦笑いするしかない。
彼女がいった「これ」というのが問題であった。
私はため息をつきながら手元のスマホへ目をやる。そこに映っているのは捜索用に作ったグループチャットだ。
問題の最新メッセージ……送信者は里花からである。
『三冬ちゃんとイイコトして帰る』
その文章は里花先輩をよく知っていて、彼女が「多人数の善となる行動を好む」と知ってる人なら深く気にしたりしないのだが、当然四十崎先輩は例外であった。
「雨崎さんダメよそんなのあの子はまだ中学生であでも本人が望んでいるなら早くはないのかしらでも私にもなついているのに一人で勝手に抜け駆けなんてダメよあぁみふゆちゃぁぁぁん」
「……(^^;」
「……( ´д`)」
「……( ゜д゜)」
上からみくも先輩、小夜ちゃん、桃音先輩の反応である。
ちなみに絢音先輩は自室、他の先輩方は料理している。
反応は多様だがFクラスの面々は等しく絶句……ぶっちゃけドン引きしていた。
そんなときだった。
「ん、え?」
思わず変な声だしちゃった。
たった今、全身に鳥肌たつくらい寒気を感じた。
寒気なんだけども暖かい感触、すなわち魔力。
様子を見ると、小夜ちゃんもみくも先輩も明らかに気づいている。きっとみんな気づいたな、これは。
魔力が体に当てられた。
それはつまり、今ここにいない誰かが全員が感じ取れるほどの魔力を行使したわけで……。
ここには里花先輩はいない。しかし、あの先輩の魔法はほぼなにも感じないので違う。
「この魔法式は……姉さんが使う魔法の上位互換だ」
小夜ちゃんは冷静だ。お姉さんというと、夜雲さんか。あの人の魔法は色々とんでもない魔法で、その上位互換?
玄関に突然黒いポータル……お昼にもみたやつが出てきて、夜雲さんが出てきた。ナチュラルな不法侵入である。知ってた。
「小夜、駆除を手伝え。今のは流石に無視できないことになる」
「分かった」
小夜ちゃんは立ち上がり、外に出た。二人は短く挨拶を交わし、別方向へ向かっていった。人とは思えない早さで。人外姉妹め。(褒め言葉)
そういえば女神様いってたね……魔力によって魔物が生まれるって。多分今の魔力で魔物が出たんだろう。
……小夜ちゃんも駆除出来るんだな。まあできるよね、小夜ちゃんだし。
「ご飯できたよー……あれ?少ないね。すこし待とっか。あ~ちゃん呼んで来よーっと」
くるみ先輩が少し間延びした声で料理ができたことを伝えてくれた。そのまま絢音先輩の部屋へと向かっていった。
それから待つこと十分。
扉の開く音に無言の間は、ぶち壊された。
里花先輩……そして……
「天使?」
「天使じゃなくて三冬なの!!」
ぐはっ。かわいいかよ。
ぶいっとサインしてくる三冬ちゃんは、ガラリと印象が変わった。
朝みたときのような虚ろな目ではなく、今は生き生きとしている。そして目を引いたのは髪の毛だ。彼女は黒髪ロングだったのだがいまはぼさっとツインテになっている。したの方からはお下げが左右に一本ずつ出ている。
そして、服装はどこかでみた感じ。そう、里花先輩のお気に入りのあれだ!非常に似せたファッションをしている。頼まれてやったのか、里花先輩が着せたがったのか気になるところ。
「み、三冬ちゃん!!なにもされてない!?大丈夫!?」
詰め寄る四十崎先輩。少し三冬ちゃん後ろに下がった気がするぞ。
三冬ちゃんはニヤッとしたと思えば、ほっぺに手を当ててくねくねする。かわいい。
「三冬のたいせつなもの、捧げたの……」
ピシッ。
リアルに凍てつくはどうを放ったぞこの子。空気が凍ってるよ。たぶん。里花先輩は呆れぎみな顔をしている。さてはこれ、わざと誤解させる言い方したな?
「雨崎さん!なんてことしてるのよ!?ふ、不純すぎない?!なんてうらやましい!!」
おい本音。
私はそそっと里花先輩の後ろに近づいて訊ねる。
なにもらったんだいお嬢さん?
「御守り」
先輩は手に握っていたそれを見せてくれる。
使い古されてくたびれた感じのする御守りには「がいせい」と四文字のひらがなが刺繍されている。もしかしなくとも自分で作ったものではなかろうか?
「たいせつなお守りなんだって。昔の三冬ちゃん……記憶を失う前の彼女が作ったって本人はいってた」
「それ渡してくるなんてめっちゃ尊いやつじゃん」
尊い。
三冬ちゃんを見てニコニコしてたらこちらに気づいて三冬ちゃんもニカッと笑った。かわいい。
四十崎さんを中心に姦しく騒いでいると、玄関が開いた。
「おー、賑やかになってんなここー!」
「ただいま、みんな。このタイミングで、新しいメンバーを紹介することになった」
玄関を開けて入ってきたのは担任の風巻先生だ。小夜ちゃんも一緒だ。新しいメンバー?
「そうそう、Fクラスに二人いたのを忘れててなー!連れてきたんだよはっはっは」
は?忘れてた?新入生を忘れることなんであるの?先生だよね、この人。
「先生、申し訳ないですがここらで……」
「そうだな、女子トークに男は邪魔でしかねぇしな!また来週なー」
そう言って先生は帰っていった。
その後姿を見て四十崎さんも思い出したかのように立ちあがる。
「そうだ、私も帰らないと!!またね、みんな!」
そういってそそくさと先輩も帰っていった。
その後ろ姿がみえなくなった頃、桃音先輩が口を開く。
「小夜ちん、先生追い払ったのは人払い?」
「ああ」
桃音先輩がしれっと訊ねた。
小夜ちゃんはあまり女子トークにはのってこないので、私もまず間違いなく別の理由だと思っていたけど、やはりその通りだったようだ。
「あまり人に聞かれたくないんでな。四十崎は勝手に帰ってくれたから手間が省けた。……みんなとりあえず中へ入ってくれ。遅れて私が二人を連れて行く」
そこまで隠す事を徹底する話題。私達を先に入れるというのは多分防音のためだろう。
そんな事を考えながら私達はいわれた通り寮へ入り、いつもの和室に向かう。ここは夕食と朝食を食べるダイニングかつ、客間でもあるのだ。絢音先輩をつれたくるみ先輩も来た。
少し遅れて小夜ちゃんも入ってくる。
「まずはこちら。自己紹介を」
促されて一人、廊下からダイニングへ入ってくる。
入ってきたのは金髪美少女。ふわっとしたツインテールは高めの位置でくくられていて、肩まで伸びている。控えめにいって、普通の少女にしか見えない。みくも先輩に軽く確認の意味を込めて目配せするも、先輩は無言で首を横に振る。彼女は能力を持っていないようだ。
「エル・F・リーテンです。リーちゃんとお呼びください」
「よ、リーちゃん!」
桃音先輩が早速囃し立てた。うん、やると思ってたよ。
リーちゃんは……先輩である。この場合は、とりあえず思った通りに呼んでみよう。
「よろしくお願いします、リーちゃん先輩!!」
「先輩?……ああ、リーちゃんだけでいいですよ、ちょっとウザイので」
私、衝撃を受ける。この人はもしや毒舌?こんな、小動物みたいに可愛らしい見た目をしているのにまさかの口の悪さを見てしまった。
「あ……失礼しました。たまに出ちゃうんですよ」
先輩は慌てて謝罪する。なるほど。
「出ちゃうんですね」
「出ちゃうんです」
わかった。この人との会話はこういうものだと割り切ろう。まああえて出させる必要は無いし。この人がどうしてFクラスに来たのかは分からないけど、多分口が災いしてケンカしたとかそういうのではないだろうか。知らんけど。
小夜ちゃんが深くため息をついた。
「そっちはそんな感じだ。で、あともう一人だな……問題はこっちなんだ」
小夜ちゃんが促して、その人は入室してきた。その人は――
「昨日振りね、あなた達!喜びなさい、私女神エオラスが直々に見守っていてあげるっ」
がばっと謎ポーズを決めて宣言するのは、女神その人だった――。




