5話
「ん……ここは……」
目を開けて最初に入ってきたものは木の天井。そして少し視線を下げると掛け布団が僕にかかっていた。
……ええと、なんで寝てるんだ?
寝起きなこともあってか思考が回らないが、とりあえず今の状況を整理しよう。
確か僕は天恵の式を終えたあと宿を取ろうとしたけど、亭主にランキングが低いことを理由に追い出されてーー
「目が覚めたようね」
「うわっ!? 」
突然の呼びかけに、僕は驚いて情けない声を出してしまう。まさかベッドの横にいることすら気付けなかったとは。 しかし、驚いた事が幸いしてか今に至るまでの経緯を思い出すことができた。
「あ、あなたはさっきの……!」
「あまり動かないほうがいいわよ。一応処置はしたけど、あまり高ランクの医療魔術は使えないから安静にしてなさい」
確かに動いた瞬間に少し痛みが走る。とはいえ、先程の暴力を受けたとは考えられないほど傷は治っていた。
しかし、そんな事を確認するよりも優先しなければいけないことを僕は忘れていた。
どうして僕を助けてくれたのか、何故あんなに強いのかを聞くよりも僕は彼女に感謝をしなければいけない立場だ。そんな大事なことを忘れたら、僕は戦士以前に人間失格だろう。
「ーーあの時、僕を助けてくれてありがとうございました」
ベッドから上半身を起こしてから頭を下げる。本来なら立ち上がって行うものだろうが、せっかく手当してもらった体を酷使するのは悪い気がしたのでこのような形になってしまった。
頭を下げて数秒、彼女が口を開くことは無かった。
……やばい。怒らせてしまったのか?
感謝の言葉が短すぎた? 確かにそれは言ってる最中に思ったけど、僕には饒舌なことなんて言える脳はしていない。
それとも礼儀に何か間違いがあったのだろうか。町中で突然暴力を受けたり、宿を取ることすら拒否されるなど僕の村では考えられないことばかり起きた。それが僕の行動に原因しているなら、今もなにか無礼なことをしまったのではないだろうか。
おそるおそる顔を上げる。これでもし彼女が鬼の表情をしていたら、僕は即座に土下座しよう。
しかし、彼女の表情は僕が想像しているものとはかけ離れていた。
少し呆れているが、そんなものよりも大きな感情であ然としているーー簡単に行ってしまえば驚いていたのだ。
「あ……あの……なにかあったんでしょうか……?」
「ーーーー! い、いいえ何でもないわ」
僕がおそるおそる聞いてみると、その声で彼女はハッと我に返ったような素振りで何でもないと返し、彼女はそのまま僕に話しかけてきた。
「それじゃ、助けた恩として私の質問に答えてもらっていい? それで私とあなたの貸し借りはチャラ。悪い話じゃ無いでしょ?」
彼女がしてきたのは提案。彼女は自らを危険に冒してまで僕を助けてくれたのだ。僕に拒否する権利も、そもそも気も無い。だが……
「あの、それって全然割にあってないんじゃ」
「それならもっとキツいものにする?」
「いえ全然それで大丈夫です!」
慌てて言葉を修正する。一瞬だったが、今の彼女の表情は絶対に危ないものだ。例えるならあれだ。無知な子供を騙したときの悪役のようなやつ。
「それなら質問に答えて。スクロールに書いてあるあなたの職業。あれは何なの?」
「ええっとあれはーー」
そこまで言って僕は言葉に詰まった。当然だ。スクロールみ関してはこっちだって聞きたい事なのに、それを質問されても答えられることなどある訳がない。
「申し訳ないんですけど、実は故郷の村から来たばかりでスクロールとかはよくわからないんですよね。」
「……よくわからないってどの部分が?」
「どの部分……というか全部です。強いて言うなら職業は親で決まるっていうくらいですかね」
その言葉を聞くと、彼女はもう一度あ然として言葉を失っていた。しかしさっきのようなあ然の仕方ではない。完全に呆れて声も出ないといったような表情だ。
部屋に気まずい雰囲気が流れる。僕だって自分が情けないが、しょうがないじゃないか。知らないものは知らないと言うしかない。
「…………初歩的な事から教えてあげる。」
どちらも口を開けづらい状況が数秒続いたが、先に彼女が話し始めた。
いかにも渋々という感じで申し訳ないが、僕のためにスクロールに書いてあることを説明してくれるらしい。一見クールで人との関わりを嫌っているような雰囲気を出しているが、僕を助けてくれただけでなくここまでしてくれる彼女は相当優しい人物なのだろう。
「ちなみに、それなりに長くなると思うから覚悟しておくこと。基礎的な事から説明するから、そうね……1時間程度は最低でもかかるかしら。」
…………マジか。
村にいた頃から座学は苦手だ。30分も座っていれば大抵寝ている。
とはいえ戦士で生きるためには重要そうなことを彼女は説明してくれるんだから今回は寝ていられない。
……頑張ろう。
僕がそう決意した直後に彼女は話し始めた。
説明の始まり方からして頭が酷使するような用語が続くのは容易に理解できた。
ーーーー踏ん張ってくれ僕の脳……