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4話

 突然の展開に周囲は言葉を失った。

 ガルフの発言に異を唱え、その男の前に堂々と立った少女によって辺りは一瞬の静寂が漂った。


「……勘違いじゃ無けりゃ、さっき俺様を馬鹿にしたのはお前ってことでいいんだよな?」

「馬鹿にする、というより事実を言っただけじゃない。今の順位を維持するために自分より下位を虐めて心を折る。そしてその噂が流れれば二次的な効果も期待できる、って所かしら。」


 まさに怒髪天というガルフを少女は気にも留めない口ぶりで話した。

 その怖いもの知らずというのか無鉄砲というのか、もはや騒動の原因の僕ですら痛みを忘れてその会話に固唾を呑んでいた。


「でもそれは褒められるようなことじゃ到底無いし、仮に効面率から見ても笑ってしまうような手段ね。そんな事をする暇があるならダンジョンでも潜ってきたらどう? あそこがゴミ溜めって言うのなら、それこそあなたに丁度いいと思うんだけど。」


 そこまで少女が言い切った瞬間、ガルフが我慢の限界という表情で声を張り上げた。


「黙れクソアマが! チッ、せっかく女だから手加減してやろう、って思ってたんだが自ら棒に振るなんてな。……おいゲルド、コイツの相手してやれ。その後もテメェの自由にやれ。」

「え、い、いいんですか兄貴!?」


 ガルフの連れはその言葉に驚いた様子だった。しかしそれも束の間、ゲルドは非常に不気味な笑顔を浮かべながら少女の前に歩み寄った。


「ヒヒヒ…お嬢ちゃん、あまり抵抗しねぇで捕まってくれよ。せっかくのこんな上玉、傷付けて食うのは勿体ねぇからよぉ!」


 ゲルドはそう言い切ると我を忘れた様に少女に走り始めた。

 それに比べて少女は体を動かそうともせずその様子を観察している。少女とゲルドの距離は約3メートル。ゲルドの拳が少女に届くまであと数歩という近さだ。


「逃げ…て……」


 僕は少女に対してここから逃げるよう説得した。もしも僕を助けるためにこんな事をして今の状況になったのなら、僕はその事実で押しつぶされてしまう。

 せめて庇おうと動かない体を起こそうとすると体中の骨や筋肉が危険信号を発した。立とうにも力が入らず地へと這いつくばってしまう。


 少女とゲルドの距離は1メートルを切った。

 ゲルドは振りかぶった拳を少女に振り下ろそうとするが、未だに少女が動こうとする様子はない。


 いや、きっと少女は動かないんじゃなくて”動けない”んだろう。

 身長も体格も自身より圧倒的な男が殴りかかって来たのなら、それは女性でなくても恐怖で身動きが取れなくなってしまうだろう。


「早くしゃがむんだ! 危なーー」


 必死に少女へ叫ぶが間に合わない。

 依然として少女が動こうという素振りは見せず、ゲルドは少女目掛けて拳を振り下ろしていた。


(間に……合わなかった……)


 自分の中に深い絶望感が漂う。

 一体僕はどこで間違えたんだろうか。

 希望に溢れながらこの街へ来たのに、待っていたのは突然ランキングだの訳のわからないことを言いながら行われる理不尽な仕打ちだった。

 いや、それだけならまだ幸せだった。

 僕がこの街に来た理由、『戦士になって皆の役に立つ』という夢をこの瞬間に壊されたのだ。

 ”理想の戦士”とはかけ離れた現実を見せられ、そいつらに僕が原因で一人の女性に矛が向いた。


……あぁ、こんなことになるのなら、戦士になろうと考えるんじゃーー

 

「ーー? あれ、殴った感触が……ングッ!?」


 しかし、その衝突は周囲の誰もが予想していない結果だった。

 ここにいる誰もがうずくまる少女を見ると思っていたが、実際にうずくまったのはゲルドで、そのうえ胃の中の物を外に出していた。


「お、おいゲルド大丈夫か!? ーーッ! テメェ何しやがった!」

「危うくかかる所だったわよ。確かにみぞおちに一撃入れたのは私だけど、もうちょい堪えられないのかしら?」


 予想外の事態にガルフが狼狽えたが、それは見ている全員が同じだった。

 張り詰めた雰囲気から一転ざわめきが辺りに広がり、当然僕もその一人だった。


「別に驚くことじゃないでしょ。そっちが攻撃してきたから正当防衛をしただけ。まさか過剰だって言うんじゃ無いんでしょうね?」

「この女……!後悔するんじゃねぇぞ!」


 そう言いながら男は腰に下げていた剣を抜刀する。

 当然ざわめきが大きくなり悲鳴も上がるが、ガルフはもはや正常に考えられる目をしていなかった。


「コイツをこんな状態にしやがって……こんなんやられちまったら俺の評価までガタ落ちするじゃねぇか!!」


 激昂したガルフはうずくまっていたゲルドを蹴り飛ばして少女の前に立った。

 

「仲間を傷つけられて怒ってるのかと思ったらーーよほど腐った根性してるわね、あなた。」

「腐ってるだァ? ハッ! 逆にこの世に他人が第一な聖人様がいるんだったら合わせてくれよ!」


 周囲の目など気にせずガルフが少女に剣を突きつける。


「そんな事話してんだったら自分のこと気にしたほうがいいんじゃねぇか? 流石に命を取るほど俺も悪人じゃねぇが、腕やら脚の一本は無くなってもしょうがねぇよなぁ!」

「剣はまだしも鉄の鎧……流石に私の半端な体術じゃ厳しいか。」


 ……これは、絶対にまずい。

 傍から見てもガルフが正気じゃ無いのは見て取れる。

 僕の村には、侵入してきた動物を追い返したり駆除する狩人がいて僕も何度か付いていったことがあるが、無傷よりも手負いで狂乱状態の獣の方が数倍危険なことを知っていた。


ガルフ(あいつ)は……殺す事に躊躇がない!)


 口ではああ言っているが、仮に殺しても罪悪感など抱かないだろう。

 少女はそれに気付いているのかわからないが、先程と同じく動く気配はない。狩りならば一層気を引き締める場面なのに、対して少女が緊張や危険を感じている素振りを僕は感じ取ることが出来なかった。


「テメェが出しゃばったのが悪いんだからなぁ…! 覚悟しろやァ!!」


 ついにガルフが剣を構えて踏み込んだ。 

 ガルフの踏み込みはその巨体にふさわしい程に強力で、その絶妙に離れた間合いを1歩で詰め、瞬時に剣で少女に斬りかかった。

 剣の速度に手加減は感じられず、軌道も少女の腹部を切断するコースだ。


「ーーーー既に、あなたの負けよ。」

「なっ!?」


 それは一瞬だった。僕に何が起こったのかは完全には理解できなかった。

 剣が少女に触れる寸前、彼女は完全に見切って回避した後に”何か光るもの”をガルフに放った。その直後、ガルフの体は後ろへ数メートル飛び気絶していたのだ。


「ふう、こんな感じでいいかしら。えーと……ちょっとそこの亭主さん。」

「は、はいなんでしょうか!」


 自身よりも明らかに強そうな男二人を相手にしたあとなのに、少女は落ち着いた口調で戦いを見ていた亭主に話しかけた。


「ちょっと戦いで疲れたから一泊いいかしら。できれば二部屋欲しいわね。できれば今すぐ寝たいからランキング提示はスルーして欲しいんだけど。」

「も、もちろん大丈夫ですとも!料金も後払いで大丈夫でございます。ご、ごゆっくりどうぞ!」


 宿の亭主は少女の圧に押され宿泊を許可した。そのまま少女は宿に向かい……ってあれ?明らかに宿とは違う方向に歩いてーーというより僕の方向へ歩いてきてーー目の前で立ち止まった。


「酷い傷ね……骨も折れていそう。一人で立てるかしら?」

「あ、は、はい! 立ち上がれまーーグッ!!」


 まさか僕が話しかけられると思わず、恥ずかしいことにテンパって勢いよく飛び上がろうとしてしまい、痛みのせいで起き上がる前に倒れてしまった。


「無理しなくて言いわよ。ーーよいしょ……っと」

「っと、うわわ!」


 傷で立てない事を察したのか、彼女は僕を抱えるような形で持った。いわゆるお姫様だっーーいやなんでもない。

 体格的に無理がありそうなのに、そのまま少女は平然と僕を抱えて宿の方向へと歩き始めた。


……正直、めちゃくちゃ恥ずかしい。


「ちょ、ちょっとお待ち下さい!」

「あら亭主さん、何かしら。」

「もしかして、……その、言いにくいのですがもしかしてその方をもう一部屋に泊めるのでしょうか?」

「ええ、何かーーーー問題はあるかしら?」

「ーー!!滅相もございません!!」


 ……多分、さっきの”ランキング最下位”というのを聞いてたんだろう。その影響で僕を泊めたくなかったが、先程の光景を見せられては少女に意見など出せず、亭主は僕を泊めざるを得なくなってしまった。


 あぁ、本音を言うとそんな事はどうでも良かった。疲れのせいか頭を殴られたせいか意識が薄れてきている。

 ーーとりあえずトラブルは脱出できたけど、このあとは僕はどうすれば良いのだろうか。

 このままだと僕は今後宿を取ることすら出来ず、そもそも憧れていた戦士像を完全に破壊された。


 様々なことを考えているうちに、僕は少女に抱えられて宿に入ったのとほぼ同時に意識を手放した。


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