3話
「いらっしゃいアンちゃん。何泊の予定だい?」
僕が入ってきた事に気付いて筋肉質の男が受付の奥から話しかけてくる。
「えっと、とりあえず一泊を予定しているんですが部屋って空いていますか?」
「おうよ。それじゃ一泊分の料金は銀貨2枚だ……っと、その前にランキングがわかるような物を見せてもらえるか? 見た所アンちゃんは戦士のヒヨッコだし、スクロールがあると思うんだが」
「ええっと確かバッグのここに……これであってますかね?」
「それだ。よし、身元の確認は大丈夫……」
そこまで言って男の表情が険しいものになった。急な変化に、僕はなにか間違えたのか不安になってしまう。
「あの、なにか不都合なことでも」
「アンちゃん、このスクロールに書いてあるランキングによればお前は最下位って事になるんだが、間違いはねぇよな
」
こちらの質問を遮るように男はスクロールをこちらに差し出し、確認するよう見せてくる。
ランキングというものはよくわからないが、戦士としての活躍や強さを表しているのなら、数十分前に戦士になった僕は最下位でもおかしくないだろう。
「さっき戦士になったばっかりなので間違いないとおもいます。何かありましたか?」
「……残念だがお前に泊まれる部屋はねぇな。さっさと出てってくれ」
「えっ?でもさっきは空いてるって…」
「あのよ、”ランキング最下位”なんかに泊めさせてやる場所は無いっつてんだ。ここまで言わないとわかんねぇか? これ以上ここにいるんだったら衛兵を呼ぶぞ」
突然の手のひら返しで困惑している中、高圧的な態度で接してくる男に僕は何も言い返せず、果てには迷惑客として衛兵に通報するとまで言われてしまった。
どうしようもなくこの宿から出ようとしていると、最後に男が口を開けた。
「田舎モンのお前に一つ良いことを教えてやる。十中八九この街でお前に泊まれる宿は見つからない。このアルトスで、ランキング最下位に人権があると思わないことだな」
そう言い切ると、男は鼻で笑いさっさと出ていってくれと言わんばかりの目で睨んできた。
…流石に少しだけカチンときたが、そのまま無視して宿から出ていく。おそらくはどこにでも一定数はいる強情で意地の悪い人なんだろう。
このまま気を落としてもしょうがないので新しい宿を探すことにしよう。
幸いこの通路には宿が多く並んでおり、数分も経たない間に同じ値段で休める場所を見つけられるだろう。
「えーとここの宿は……一泊銀貨6枚か。もっと安い場所ないかな…」
「おいガキ」
突然後ろから肩を叩かれ振り向くと、そこにはいかにも柄が悪そうな男が2人立っていた。
……正直このタイプの人は苦手だ。手早く話を終わらせよう。
「な、なにか用でしょうか?」
「用って程では無いんだがよォ……オレはランキング34000位のガルフっつう名前だ。”血塗れのガルフ”つったら聞き覚えがあるか?」
「えと、すみません、ここに来たのは今日なのであまり知識とかは……」
どうやら通り名まであるくらい巷では人気が有るようだが、残念なことに全く聞いたことの無い名前だ。
「待て待てまさかこのガルフ様を知らねぇっつうのか! ハハハ! コイツぁ驚いた。どう思うよゲルド?」
「いやいやまさか兄貴の名前を知らない奴がいるなんてアッシも驚きやしたよ! でもコイツ、見た感じ田舎から飛び出してきてアルトスの常識もわからない様子。いつも通り兄貴が直々に”教育”してあげればいいと思いますぜェ!」
「お前もそう思うかゲルド。確かにここは先輩である俺が教えてやらんといけねぇよなぁ……?」
そう話しながらガルフと呼ばれる男がゲルドという連れと共ににじり寄ってくる。明らかに不穏な雰囲気に、周囲の通行人も距離を取っている。
「あ、あの、お気持ちは嬉しいんですがちょっと疲れてるんですまたの機会に…」
「おいおいそんなつれない事言うなよ後輩。せっかく俺が親切心で教えてやろうって……言ってんだからよォ!」
話を終える前に突然ガルフが腹部を狙いを右手を勢いよく突き出してくる。あまりにも急な出来事なので反応が遅れ、その攻撃をモロに食らってしまった。
「痛ッ…! と、突然なんなんですか!?」
「だから俺様が特別に”教育”をしてやるって言ってんだよ。よーく覚えとけ。この国で戦士ってのがどういうモンなのかをよ!」
あまりの激痛にうずくまっている僕に対して、それを意に介さないという様子でガルフが蹴り飛ばす。僕の体は一瞬空を飛び、その後地面へと衝突した。
「随分と蹴り甲斐のあるボールだなおい!ゲルド、お前も蹴り飛ばしてみるか?」
「いいんですかい兄貴!? それじゃ遠慮なく……っと!」
「う……グッ!」
ガルフに続きゲルフが僕の体に蹴りを入れる。その様子を笑いながらガルフは観察し、僕に対しての攻撃が終わることは無かった。
「だ…誰か衛兵を呼ん……」
ガルフ達の暴力を受けながら、僕は必死に助けを呼んだ。
ここは街の通路なので周囲に人はチラホラとおり、宿の亭主もこの騒動を見ている者もいた。
ーーだが、どれだけ周囲を見回しても僕を助けようとする者は見つからず、逆に笑いながら見ている者もいた。
「な……んで……」
「おっ、イイねぇその表情! 良いモン見させて貰ったし教えてやろうか?」
ガルフが然も楽しそうに言葉を発する。
僕は既に体を満足に動かすことが出来ず、その言葉を聞くことしか出来なかった。
「お偉いさん方は体裁のために綺麗事抜かすが、この国じゃランキングが全てだ。飯を食うのも、住む場所も、ダンジョンに潜るのだって一定の順位が必要だ。公共ダンジョン? あんな場所は名前だけで本質はランキング上位陣やら貴族どもが不当に仕切って通行料を取るゴミの巣窟だ」
ガルフはまるで演説者の様に周囲に向けて大げさな手振りを入れながら話を続けた。
「聞いてくれよお前ら! さっき宿屋を通りかかった時にコイツがその亭主と揉めててよ、チラッと除き見してやったらなんとこいつランキング最下位なんだぜ!? 毎年一人や二人はいるんだよ、ド田舎から戦士に憧れてこの世界に入ってくる奴が。俺はそんな可哀相な奴らを見てられなくてよ、俺様が直々に、そいつ等に引導を渡してやってんだわ」
そう話しながらガルフは周囲の意見を求め始めた。
聞こえてくるのはガルフに対しての同調や僕に対しての罵倒。周囲に紛れて石まで投げつけてくる者もいた。
ーーひどく、惨めな気持ちになった。
何故僕がここまで蔑まれなければいけないのか。未だに僕は殴られ、蹴られ、物を投げられているのに助けようと思う人はいないのか。
僕はあの命の恩人である戦士に憧れ続けてここまで生きてきた。間違いなくあの人であればこんな行為を見過ごすことは無いだろう。
……なのに、今の僕を見て心を痛めている人が見当たらない。逆に嘲笑っている人が大半だ。
「ふざ…けるな」
「……あァ?」
「”あの人”は……僕を救ってくれた。なのに、今のお前らを見てると吐き気がする」
僕の心は、肉体以上に傷ついていた。
憧れ続けてきた人物と、平気で無知な人に暴力を振るえる者、それを”戦士”という同じ括りに入れなければいけない事を僕は認めたくなかった。
「……言ってくれるじゃねぇか。一生言葉が喋れないようにしてやろうかテメェ!!」
「ーー戦士は勇敢で人を助ける英雄のことだ!お前なんかを、俺は戦士と認めないーーッ!」
「この野郎……!」
我慢ならず、溢れる思いを口にしてしまった。
ガルフが振り上げた拳は、先程と比べてるまでも無く勢いがあり、避ける間もなければ喰らえば気絶は免れないだろう。
身動きの取れない僕はその軌道を目で追うことしかできず、その拳は僕の顔面を正面から殴り抜いてーー
「待ちなさい」
その声は、思ってもみないタイミングで発せられた。
「ーー誰だァ?俺様に今話しかけた奴は。」
拳は僕の目の前で止まり、ガルフは声の方向を振り向いた。
「ランキングが下がるのが怖いからって自分より下の戦士を早々に潰す。随分と悪質な方法ね」
そう言い放ちながら一人の戦士が堂々とした足取りでガルフの前へと立った。
その二人はまさに対照。
筋肉質で金属の防具を身に着けているガルフに比べ、その姿は非常に華奢で青い長髪は風に吹かれ綺麗になびいていた。
そして最も対照ーーーーいや、対極的な部分は最も皆の目を惹きつけただろう。
そう、その姿は僕と年齢が変わらないような少女だったのだ。
天恵の式は18歳で参加できるようになります(多分書いてなかった設定)