2.いつもの通学路(兄)
眠い。眠気にやられてあくびする俺と反対に、柚子奈は機嫌が良さそうだ。今日は珍しく寝坊したので少し心配だったが、今になってはすっかり普段通りに戻ったのように見える。
一方、妹を学校まで送る俺は、普段は二度寝する癖がづいたせいで、イマイチ眠気を追い払えない。それに、今日は朝食も食べていないこともあり、余計眠くなる。
と言っても、後悔していない。柚子奈が元気でいられるのは何よりだ。
安心してから、ふいに周りから刺すような視線をビシビシと感じる。言うまでもなく、きっと隣にいる世界一の美少女のせいだろう。腰まで伸ばした金色の髪は太陽光を屈折させて、燦々と光る。まるで天使のようだ。その大きな金色の瞳もまた彼女の神聖さを増す。制服の袖から伸びる白くて細い腕とニーハイソックスを履いたすらっとした足も彼女をより際立たせる。そんな彼女が目立たないわけがない。
周りに空気として扱われることに慣れているので、人の視線を浴びるのが苦手だ。と言っても、柚子奈のために我慢できないほどでもない。
「お兄ちゃん、手を繋いでもいいですか?」
柚子奈は手を差し出す。俺なんかに敬語を使わなくてもいいと何度も言ってたが、お兄ちゃんは尊敬に値する人ですと返してきて、頑なに敬語をやめてくれなかった。
手を繋ぐと言い出したのは、おそらく俺に向ける怨恨じみた視線への対策なんだろう。こうして彼女が自ら俺と一緒に歩くことを望んだと周りに示せば、俺への嫌がらせと彼女へのナンパも防ぐことができる。
「別にいいよ」
俺は柚子奈の手を取る。手に伝わる感触は思った以上にずっと柔らかくて、力を入れ過ぎないように注意しておかなければいけない。
そんな俺の考えを知る由もなく、柚子奈は口を開く。
「⋯⋯お兄ちゃん、放課後、迎えにきてくれますか?」
柚子奈は少しだけ不安げに見上げる。どうやらまだ回復しきれていないようだ。そこまで不安になるなんて、あの時の夢でも見たのだろうか。それとも、何があったのだろうか。理由は知らないが、柚子奈がそう望んでいれば、そうするしかない。妹の要望を断る選択肢なんて最初から存在しないから。
「ああ、分かった」
角を曲がって、少し歩いて、横断歩道を渡ってから、妹が通っている羽崎高等学校に着く。
「また放課後に」
柚子奈は繋いだ手を離す。そして、その手を左右に振る。
「また放課後に」
と俺は応じた。
お読みいただきありがとうございます。似たような名前を持つ高校がリアルにあったので、柚子奈が通っている高校の名前を羽崎高等学校に変更しました。