ランクアップ
裏の訓練場に移動する。
幸いなことに誰も練習場には居なかった。
広さは学校の体育館ぐらい、円形のぶ厚い土壁で囲ってあって、木の板が周囲に張り巡らされている。
地面は硬く押し固められた土で出来ていて、綺麗に掃き清められていた。
木の杭がところどころに打たれていて、弓用の的も設置してある。
練習用の木剣や木の槍、刃を潰した戦斧などの武器に加え、盾や革鎧など基本的な武装が揃っていた。
「得物はなにを使うんだ?」
ベルターが武器の種類を聞いてくる。
「俺の得意分野は魔法だから武器は使わない、なにか壊れてもいいものを設置してくれ」
訓練場の真ん中の杭に、古びた鉄の鎧をくくりつける。
「今から魔法を唱えますが、威力の比較的弱いやつを唱えます、そこから俺の実力を判断してください」
ファイアーウォールなんて使ったら、訓練場が焼け野原になってしまうかも知れない。
ファイアーボールも火事になりかねない、ウォーターボールかウインドカッターあたりが妥当か。
「ではいきますよ」
後ろの二人に声を掛ける、うなずいたのを確認して呪文を唱えた。
「ウィンドカッター」
風切り音とともに不可視のカッターが鉄の鎧に直進した。
鉄の鎧が胴の部分で上下に真っ二つに別れ、上のほうが空高く弾け飛んだ。
一拍開けて地面に激突すると、けたたましく金属音を撒き散らした。
カッターは鎧を貫通しただけでは止まらず壁の板を貫通し、土留めにめり込んで土埃を上げた。
後ろの二人を見ると驚愕で目を見開いている。
「どうだろうか、この魔法で半分以上ゴブリンを殺したんだが」
「なるほど…… もう一つぐらい見せてくれないか」
ギルド長が動揺を隠しながら追加の魔法を催促する。
「わかりました次の魔法は音が出るので気をつけて下さい」
新しく革鎧を立て直してもらって二人に警告する。
「ウォーターボール」
革鎧に着弾した水の塊が、けたたましい爆発音とともに爆散する。
革鎧は粉々にちぎれ飛び原型をとどめていない。
訓練場の地面には革鎧があったところを中心にして、クレーターが出来ていた。
爆音を聞きつけ冒険者たちが血相を変えて飛び込んできた。
「ギルド長! 今の音はなんですか!」
「なんだ! 敵襲か!」
「訓練場が酷いことになっているぞ!」
ギルド長は俺を連れてギルド二階に避難した。
ギルド長が「あとは任せる」、と言ってベルターに丸投げをした時の、彼の絶望して泣きそうな顔が滑稽で胸がスッとした。
今俺はギルド長の部屋で無言でソファーに座っている。
テーブルの上には冷めたお茶が入った湯呑が二つ。
金貨一枚、銀貨十八枚がトレーの上に置かれていた。
内訳がゴブリンが百八匹で金貨一枚と銀貨八枚、ゴブリンシャーマンが銀貨十枚だった。
ギルド長は窓の前に立ち、沈みゆく夕日を無言で見つめていた。
「トーヤ、君はあの呪文の威力に何の疑問を持たなかったのか?」
ギルド長は静かに話始めた。
「やはり威力がおかしいですか? 他の人の呪文を見たことがないので比較ができなかったんです」
「そうか、結論から言うとあんな威力の初級魔法を、私は見たことも聞いたこともない」
ギルド長は一気に言い切って呼吸を整える。
「まずウインドカッターは盾で防げる、決して鉄の鎧を真っ二つにする威力はない。ウォーターボールに至っては、相手一人を気絶させられれば御の字の性能しか無いのだよ」
興奮気味に言い放ち疲れたかのようにソファーに沈み込む。
「君のことをもっと詳しく聞かせてくれないかね」
姿勢を正して真剣に話しかけられた。
「俺は物事をまったく知らないんです。何が本当で何が嘘かその判断さえ出来ないんですよ。だから人を信用できない、ギルド長だからではなくすべての人をです」
すべてを話せる人ができたら、どれだけいいだろう。
しかし、絶対防御だけはやばすぎる。
これを知られてしまえばよくて利用され、悪ければ排除対象になりかねない、誰にも言ってはいけないのだ。
「俺から質問してもいいですか?」
「うむ、何だね私に分かることなら答えよう」
「『ながれびと』ってなんなんですか」
なぜか聞かなくてはいけない気がした。
「『なかれびと』については、伝聞でしか情報がないのだが、ある日突然現れて、強力な力を発揮して暴れまわるらしい。言葉が通じず、幼児でも分かる事柄もわからず、最後には気がふれて絶命してしまうそうだ」
ギルド長も人づてに聞いただけで、本当のことかどうかわからないと言った。
「おれ、『ながれびと』かも知れません」
今日あったばかりのギルド長にこんな事を話すのは、心が弱っているからか。
「気がついたら森の中に居て、この世界のことを何一つ知らなかったんです。魔物がたくさんいる森を、薄着でウロウロするやつなんて、頭がおかしいとしか思えないでしょ」
「気休めかもしれないがこの国では『ながれびと』は保護対象だから、いきなり攻撃されることはない。本来なら国に報告をしなければならないのだが、君も自由に生きたいだろう。私は君を国に報告はしない、君は君の思うように生きなさい」
ギルド長はそれ以上何かを聞いてくることはなかった。
その後テーブルの上に置いてあったトレーから報奨金をリュックに入れて、冷めたお茶を飲んでから部屋をあとにした。
ギルド長が部屋を出るときに「困ったら、相談しに来なさい」と言ってくれたのがうれしかった。
エントランスホールに戻ってきた俺は三番窓口に近づいていった。
受付にはベルターが気まずそうな顔をして立っていた。
「さっきは疑って悪かったな」
バツの悪そうな顔で謝ってくる。
「いや、もう気にしてないから普通にして下さい」
謝られて、悪い気持ちはしない。
ガッチリと握手をして、お互い笑いあった。
「改めて俺トーヤって言います、ピグフェロの査定をしてもらえますか」
「おう、ベルターだ。ピグフェロならここでは大きすぎるな、裏の解体場まで持って来てくれ」
後ろのドアから裏へ出ていく、慌てて後を追った。
「よし、ここが解体場だ、ピグフェロはどこだ馬車にでも積んであるのか?」
ベルターさんが窓の外を見ながら不思議そうにしている。
「いや、リュックサックに入れてあるんですけど」
頭にはてなが浮かんでいるベルターさんにリュックを下ろして見せた。
「ちょっと確認したいんですけど、いっぱい物が入る魔法の袋とかありますよね?」
嫌な予感がして確認する。
「そんな袋なんかおとぎ話の魔法使いぐらいしか持っておらんよ」
何言ってんだこいつはという顔で俺を見た。
「ベルターさん、練習場で見た魔法は誰にも言わない約束でしたよね?」
「ああ、俺の先祖の名誉に誓って死んでも言わないぜ」
自信有りげに胸を張る。
「今から見せることも同じ様に秘密にしてほしいんですけど、出来ますか?」
念を押すように詰め寄る。
「なんだかわからんが、一つも二つも一緒だから、お前に関しては全部秘密にしてやる。先祖の名誉に誓ってだ」
「そこまで言ってくれるなら安心です」
俺はおもむろにリュックの口を開けて、ピグフェロを取り出した。
「なんじゃこりゃ~」
小さいリュックから巨大ピグフェロが出てきたのを見たベルターさんは、その場で尻餅をついた。
「これは無限収納のリュックサックと言って、大きいものでも入ってしまう魔法の袋なんですよ」
「かなりびっくりしたけど、おまえさんのやることをいちいち考えていたら、きりがないからもう考えないことにするよ」
しばらく固まっていたベルターさんは、心底疲れた顔をして起き上がった。
「よし、いい血抜き処理がしてあるな。それにまだ温かい、さっき倒したばかりのようだ」
解体のプロに褒められてしまった。
「これなら少しおまけして銀貨十一枚で買い取らせてもらおう。それでいいか?」
「それでお願いします」
解体場をあとにしてエントランスホールへ戻る。
すると、フローラさんがこちらを見つけて手を振ってきた。
「トーヤさ~ん、ちょっときてくださ~い」
ニコニコしながら俺を呼んでいる。
引力に引き寄せられるように一番窓口へ近寄っていった。
「やっと、会えました」
胸の前で手を組み、お祈りのポーズをしている。
「どうしたんですか?」
美人さんが待ち焦がれていたなんてうれしいな。
「じつは、トーヤさんのギルドランクが、今日の成果であがったんですよ」
自分のことのように喜んでいるフローラさん。
「それじゃあ、カードを出してくださいね」
カードを出すと例の棒で擦ってくれた。
[辺境都市ガルド冒険者組合所属 トーヤ ランクD]
「ギルドに入って、三日目でランクが上がるなんてすごいですよ」
ギルドカードを俺に返しながら手を握って離さない、軟らかくてきもちいい。
暫く二人で手を取りながら、キャキャウフフとバカなことをやっていた。
途中からネコ娘のタルトちゃんも加わり三人で笑いあった。
「ただいまもどりましたよ~」
こころかるく、宿につき、酒場をぐるりと見渡せば、知らない美人がいましたとさ。
アンナさんが美女に近づき、こちらを見ながら耳元で何かを囁いている。
すると美人さんは、ほほ笑みを浮かべながらこちらヘ歩いてきた。
「やっと会えましたわ、あなたがトーヤ様ですね」
にっこりと微笑むその表情はどことなくアンナさんに似ている。
「挨拶が遅れました、この宿で女将をしております、ベアトリーチェと申しますわ」
優雅にお辞儀をする。
[ベアトリーチェ・グリーンリーフ…… 貴族 宿屋 レベル3(ハイエルフ・女・38歳)・スキル…… 無し]
なに! 貴族だと、なんで貴族が宿屋の女将をやっているんだ。
しかもハイエルフ、美人熟女。
髪はアッシュブロンドで、編み込んでいる。目はブルー、均整の取れたプロポーションで二人の娘が居るようには見えない。
肌は透きとおるほどに白くシミひとつ無い、永遠の若さが約束された絶世の美女だ。
「早くお会いしたいと思ってました、トーヤと申します」
俺の周りは美人だらけだが、ベアトリーチェさんは特別美しい。
それはもう恋愛対象の美女ではなく、崇め奉る孤高の美貌だった。
「お上手なのですね」
口元を隠しおほほ、と笑った姿を見た俺は、天にも昇る気持ちになった。
「お食事まだ頂いてないのでしょ、今お持ちしますから、どうぞおかけになってお待ちくださいね」
酒場に案内された俺は夢心地で食事を待つ。
「おまちどおさまです」
食事はアンナさんが持ってきてくれた。
しかし何処と無くよそよそしい、ちょっと不機嫌そうだ。
なぜ不機嫌なのかわからないまま夕食を食べた。
アンナさんが不機嫌な理由を答えてくれたのは酒場の常連のオッサンだった。
「あんちゃん、なんでアンナちゃんが怒っているかおしえてやろうか?」
先を促すようにうなずくと、ジョッキを逆さにして空なのをアピールしてきた。
おかわりのエールをたのみオッサンの前に置いてやる。
オッサンは大事そうに口を湿らせて粘っこい口調で言った。
「そりゃおめぇ、アンナちゃんはヤキモチ焼いてるんだよ、あんちゃんが鼻の下を伸ばしてベアトリーチェさんにメロメロだったからだぜぇ、にくいぜ~色男」
言いたいことだけ言ってオッサンは自分の席へ帰っていった。
(アンナさんがやきもちを焼いている? この俺に?)
これは我が世の春も近い、かもね。
部屋で寝支度をしてベッドに転がる。
ステータスと念じる。
[天堂 智也…… 平民 冒険者 レベル5(人間・男・18歳) ・スキル…… 中級火魔法 下級水魔法 下級風魔法 下級土魔法 下級白魔法 下級黒魔法 中級無魔法 神級絶対防御 特級鑑定眼 特級異世界言語]
レベルが2上がった、ゴブリン百匹以上倒してレベル2か、早いのか遅いのかわからないな。
さて、明日はダンジョンの情報収集をしようかな、その前に魔法屋に寄ってあの小箱を鑑定してもらうのもありだな。
もう寝るか、意識がスーッとなくなっていく、最後にアンナさんの笑顔を見た気がした。




