第八章 艦砲射撃
第八章 艦砲射撃
エイジスは湾内あるにイリナス市へとやって来た。そこは海に面していていい町だった。ここからは飛行船でタユタポール基地へ行く予定だ。
飛行船の乗り場である空港には大勢の人たちが乗る順番を待っている。エイジスはまず切符を買いに行った。切符売り場にも人だかりができていた。戦争のあおりを食らった人々が多いようである。一刻も早く、町を捨てたい人たちがたくさんいるということなのだろう。しかし、彼らは特に行き先をきちんと決めているようには見えなかった。おそらく親戚などを頼って田舎へ行く者たちがほとんどだろう。それでも町はまだ大勢の人が残っていた。行き場のない人や、やむをえない事情があって町に残る人たちが、戦火から避けようと家に引きこもっている人がいるというのが本当のところである。
空港の切符売り場では、軍人は優遇された。バッジを見せれば多くの人たちを押しのけてすぐさま切符が割引で買えるのだ。
エイジスもそうした。軍人には戦争で戦わなければならないという軍人としての事情があり、国もそれを当然としていた。それを邪魔したり、妨害行為をすることは反逆行為に等しいとされているのだ。
エイジスは人混みをかき分けて切符を買った。別にそんなに悪いことではない。
軍人は、多くの人に支持されているのだ。エイジスはたいした実績がないのに、それに反して、ただ軍人だというだけで多くの人たちに信頼され、期待されていた。当然、敵と戦う者なのだ。ノードランド皇国を打ち負かしてくれる兵士として、あたたかい目で見られているのは背中から感じた。
もちろんエイジスも戦闘で戦った。敵を撃墜して国家に対しての期待に答えもしていた。しかし、戦争の行方はこの先どうなるのか見当もつかなかった。そんな中で、軍人の役割をただ、淡々とこなしているうちは、尊敬の目を受けることくらい何でもないことである。誰かが戦わなくてはならない中で、それがただ自分もその一人であるということだということを胸を張って言える立場にはあるということだ。
飛行船の出発まではまだ時間があった。今は昼過ぎだろうか?
食事もまだとっていなかったことを忘れていた。エイジスは最寄りのカフェに入ると、揚げパンとスープをテイクアウトで頼む。
戦時下においても、この町はなかなか栄えている。もとから人口が多い町だったから、それも不思議ではなかった。別にここは軍に関わる直接的な場所ではないし、軍需工場や工業施設があるところではないからである。
戦争ではだいたい軍に関わりのあるところが狙われるのだ。
それは軍人にとって当たり前のことだった。しかし、それを知らない風評の飛び交う人々の間では、戦争の恐怖におびえて田舎が一番安心だとそう思っている人たちが多いようだ。だいたいどこの戦場でも非戦闘員を襲うようなマネはしていないし、そういった報告を受けたこともなかった。全部でっちあげの噂話だ。
エイジスは飛行船の出発時刻を待つため、町の公園に行った。ここではピクニックに出かけている家族連れや子供たち、年寄りが集まってて、それぞれで楽しんでいるだけだし、静かだ。ベンチを探してそこに座る。
三日も連休をもらっておきながら、特に楽しんできたわけではない自分をつくづく軍人体質になったもんだと心の中でぼやいた。
エイジスは買ってきた揚げパンを取り出すと口に入れようとする。
ここは平和な町だ。のんびりできる憩いの町といったところか。こういう町を戦火から守りたい。軍人にとって、武勲や勲章も大事だが、やはり守るべきものがあるということに本当の意義があるのだと思った。しかし、それはまだ戦争の本当の現実を知らない甘い意義であった。エイジスもその一人であった。戦闘機パイロットの夢を盲目的に見ていた者は、いつか突然、狂気の渦に知らず知らずのうちに巻き込まれることになるのが現実である。それは前の戦争でも戦の歴史を紐解いても必ずどこかでそれを体験し、思い知らされることになるのだ。若い者はそれを知らずに軍人に憧れ、戦いに自ら参加するのだ。それはエイジスも同じであった。
その時、町で一番高い建物の鐘楼から、激しい音を立てて鐘を鳴らす者がいるのに気がついた。とっさにエイジスは立ち上がり、その時の勢いで揚げパンを地面に落としてしまった。汚れた揚げパンを拾って食べる気にはとてもならなかった。しかし、町中に鳴り響く鐘の音はいっこうに止まなかった。
何事かと、周囲の人々がざわめいている。エイジスは音の出所を確かめようと、その音を追った。妙な胸騒ぎがした。まさかこれは町の訓練ではなく戦火がここを襲おうとしているのか?それが気が気でならなかった。軍人として状況を把握しておきたかったので、エイジスはすぐに町中へ急ぐ。とりあえず、鐘楼のある建物を目指して走った。戦火を体験している自分でも、うっすらと恐怖の鼓動を感じ、それがやまなかった。
鐘の音の真相はこうだった。町の高い鐘楼を掃除していた老人の男性が、海の見える方から黒い色をしたノードランド軍の戦艦六隻と駆逐艦十隻が来るのを発見し、鐘楼の鐘をあわてて鳴らしたのだった。伝声管のふたを開けて叫ぶ。
「敵だ!敵の戦艦の群れが来るぞ!」
声はおそらく下にいた者に届いたであろうが、老人はもっと叫んだ。
「早く逃げろ!ノードランドの軍艦だ!砲門を開いている。敵の戦艦の攻撃が・・・。」
老人の言葉はそこでさえぎられた。警報を鳴らすよう言うように呼びかけた。
その時、風を裂く勢いで、敵の戦艦が放った四十センチ砲の砲弾が鐘楼に命中した。爆発音が鳴り響き、地面までが揺れる。鐘楼は敵戦艦の攻撃により、粉々に破壊された。破片が辺り一面に飛び散る。
町の人々はそれに驚いてパニックを起こした。さらに続けて射撃音が連続して聞こえたかと思うと、上から下へと町に投げ込まれるようにして大砲の砲弾が無防備な町を容赦なく襲う。町の建物は、あちこちで無惨にも破壊され、人々が走りながら、どこへ行けばいいのか分からずに、ただやみくもに逃げ回るだけの光景が目に入った。機関砲の発砲の音が海側から聞こえるとともに、砲弾に混じって大雨のように弾丸の粒がたくさん降ってくる。鋭く突き刺さるような攻撃に町の民家は耐えられず、崩壊していった。平穏だった町は、突然の攻撃に対処できずに砲撃をまともに食らっていく。
エイジスは、海が見えそうな場所を探して古く高い建物の中に入って階段を駈け登った。四階の高さまで登ると窓の外を見る。すごい数の敵の軍艦が並んでいるのが見えた。中でも集中的に攻撃しているのは六隻の大型戦艦だった。
わざとこの町を砲撃しているわけではない。おそらく艦隊の移動中に見えたこの町を、通りがてらに艦砲射撃をしているのだろう。それにしても大型戦艦六隻が、何でもない普通の町をこんなふうに一方的に砲撃してくるなどありえない光景だった。
町はすさまじい砲撃を受けて、あちこちで爆発が起こり、機関砲の弾丸が人々をゴミのように撃ち殺していた。バタバタと道に倒れる人々。
町は壊滅的なまでに破壊されていく。一瞬にして、町はとても語り尽くせないほどの地獄と化していった。戦艦の群れの圧倒的な火力の前に、抵抗できる者など誰もいなかったのは言うまでもなかった。
砲撃はかれこれ十分以上も続いているが止みそうにはない。湾内に停泊していた町の漁師たちのであろう漁船の数々も戦艦の攻撃でほとんど吹き飛ばされ、バラバラになっていった。
エイジスも自分の身の危険を感じると、建物の外に出て、爆発で大穴の開いた道を走って逃げ出す。機関砲の弾丸が無数に降り注いでいるのを肌で感じた。民家の屋根や窓ガラスは激しい音を立てて割れ、槍が降るように町を襲っているのがわかる。激しい砲撃は、かなりの間、長く続いた。
爆発音はまだ止まない。町全体をくまなく破壊し尽くさなければ砲撃は止まることを知らないかのように、爆発は町のあちこちで続いた。
エイジスはさっきの公園にたどり着く。倒れている人たちが何人かいたが、自分もこのまま巻き込まれて死ぬのはゴメンだった。自分の本音を知り、エイジスは艦砲射撃の届かない場所まで走って逃げる。ようやく攻撃がおさまったのはもう十五分を過ぎた頃であった。最後の砲弾が町の薬局の建物を粉々にする。
破壊された建物の破片が広範囲にわたって飛び散る。まるで天災が来たようだったが、これはすべて敵の戦艦六隻による砲撃のせいであった。ノードランドの艦隊はもう、方向転換をして引きあげている頃だろう。いったいこの先どこへ向かうのだろうか。それとも、こうやって行く先々で海に面した町を艦砲射撃で破壊していくのであろうか?どういう事情にせよ、この町は奴らに攻撃され、壊滅的な打撃を受けた。まるで死の町のようだ。このことはすぐに国中に知らされるであろう。ラジオや新聞は号外で国民に知らせるはずだ。隠すことのできない大胆な攻撃を受けたものだ。これで国民は非戦闘員を中心に戦争というものを知ることになる。この国はもう、後ずさりを始めるのかもしれない。いくら政府がそれを止めようとしても、戦況を変えない限り戦火は広がるであろう。
これから戦いはどんどん激化する。おそらく軍人対軍人の正当な戦いだけでは済まされない。だからこそ、いずれはノードランド皇国には勝たなければならない。それは国民を守るためにも当然の軍人としての義務だ。
この国を負けさせないためにも戦わなくてはならない。
エイジスは破壊された無惨な町を見て、そう思った。
皮肉にも消防車が一台、火だるまになって惰性で走っているのが見えた。運転手はもう、息絶えているであろう。次の瞬間、消防車は爆発し、バラバラに砕けた。
エイジスはそれを後にして、ゆっくりと飛行場に戻ったが、飛行船の出発は延期されていた。あんな攻撃があったばかりなのだ。飛行船も安全ではない。
上空を旋回している敵の偵察機が雲に隠れるのが見えた。
これが奴らのやり方なのか?ノードランド皇国の戦争の仕方なのか。エイジス自身、いやこれは人類が初めて体験するであろう狂気の戦争というものの始まりに過ぎなかった。それは誰にもまだ分かっていなかったのだ。
そして狂気は止まることを知らないだろう。いつか誰かがそれを語るまでは。




