第七章 タァーロの所在
第七章 タァーロの所在
インデアル帝国南部の前線でファレアの弟であるタァーロ・K・ブラッカイマーはまだ十四歳の年で軍の荷物運びや弾薬の取り扱いをやらされていた。彼は軍律も完璧であったし、銃の取り扱いや地雷のセッティングまでこなしていたが、彼の本心は陸軍の歩兵部隊ではなく陸軍戦闘機パイロットになって空を飛ぶことであったのである。
自分の希望する配属がなされないのはよくあることなのだが、いくら自分の行きたい配属先を上官に訴えても、それがまかり通らないのがもどかしく残念でならなかった。それでも一兵士には変わりはなかった。彼は兵隊が不足している地上部隊の一員として、もっとも苛烈を極める占領地のど真ん中で働いていたのだ。
タァーロ自身は、姉と違って自分の育った町の爆撃により両親が巻き込まれて死亡し、姉と二人で孤児になったことでノードランド皇国軍に対しての強い恨みや憎しみといった感情で入隊したわけでなく、姉のファレアが出会ったエイジス・セナという一人の戦闘機パイロットの姿に強い憧れを持って戦争に参加したのである。志願すれば、パイロットとして訓練やそのための教育を受けて空を飛べると思ったからであった。しかし現実は違っていた。
タァーロはインデアル帝国軍が進撃を続ける占領地帯へと配属されて、地上戦での戦闘が主であった。そしてその戦火は激化する一方で、押し寄せてくるノードランド陸軍の攻撃にずっと耐えていることが、その戦場の現状であったのである。敵の砲撃はもの凄かった。奪われた土地を奪還するべくありったけの戦力を集めてきたのであろう。互いの兵たちは塹壕にこもり、銃撃戦の嵐が頭上を飛び交っていた。タァーロ一等兵は塹壕から外を見て、戦況を見ようとした。ちらっと見ただけで上官の兵長にひっぱられ、塹壕の中に引き戻される。
「ブラッカイマー一等兵!きさま敵の銃弾で頭を吹き飛ばされたいのか?」
頭上をかすめる敵の銃弾の雨を見て、タァーロは首を振った。
「なら、おとなしく隠れていろ!歩兵銃を持て。戦死した者から取ってかまわない。銃を拾ってこい!いいな?今は一人でも多くの兵員が必要だ。お前も攻撃に加える。敵軍をこれ以上近づけるな!」
「わかりました!」
そう言うと、タァーロは撃たれてもう死んでいる兵が塹壕の中で倒れているのを発見し、機関銃をもぎ取る。この塹壕は死体がやたらと多い。インデアル国軍は戦車部隊を投入しているらしく、戦車の二十五ミリ固定機銃による一斉射撃がここまでの被害を出させたのだった。
敵戦車の固定機銃は重い金属音を連続して発しながら、塹壕に向けて射撃を続ける。弾幕をかわすことなどはまったくできなかった。凄まじい着弾音が響き渡り、二秒もあれば塹壕を掘り出すことができるほどに激しい弾幕を容赦なく浴びせてくる。そのたびにインデアルの歩兵たちは塹壕の中をひたすら移動し、すぐに相手に撃ち返した。しかし敵軍の歩兵は戦車を盾に後ろへ回って徐々に近づいてくる。インデアル軍の兵たちは塹壕から機関銃で応戦した。
撃ち尽くすまで攻撃をしかける。
「殺せ!早く、さもないとやられるぞ!」
兵長は味方に向かって叫んだ。半狂乱に近い状態で塹壕にいる兵たちに向かって無謀にも突撃命令を出す兵長。
「突撃しろ!でないと、ここは戦車部隊に潰されてしまうぞ!行け!」
残っていた五十人近い兵は命令に従って突入すべく、塹壕から出て、敵軍に向かっていった。タァーロだけは兵長に止められ、頭を隠すように指示される。
「耳をふさげ!頭を低くするんだ。お前は陣へ行って戦況の報告をするんだ。まだ爆撃部隊の残りが陣には残っているはずだ。通信機が故障しているんだ。お前が行って爆撃部隊の増援をこちらへ回すように要請するんだ。いいな?」
「わ、わかりました!」
そう言うと、タァーロは塹壕の中を身を隠すように移動し、増援部隊を呼ぶべく走っていく。
その間、塹壕の外は地獄絵図と化していた。戦車の装甲に身を隠しながら銃撃してくるノードランド兵たちは激しい銃撃をして、インデアル軍の突撃兵たちをどんどん射殺していく。しかしインデアル国軍の突撃兵たちも負けてはいなかった。必死の思いで射撃をし、戦車部隊に隠れている敵兵たちを撃ちまくる。
中には手榴弾を投げて、敵兵たちをいぶり出す者もいた。手榴弾にはたくさんの金属の破片が入っている。殺傷能力はとても高かった。
爆発音とともに、五人や六人は吹き飛んだはずである。金属の破片は四方八方に散って、ものすごい勢いで敵兵の体に突き刺さる。これが手榴弾の恐ろしい性能であった。もう一つ手榴弾を、戦車のキャタピラーめがけて投げ込んだ。
数秒待っている間に爆発が戦車のキャタピラーを吹き飛ばす。ベリベリとキャタピラーは走行に合わせて外れ、ブレーキがかかった。ほかの戦車も止まり、インデアル軍の塹壕まではたどり着かなかった。
さらにもう一つ手榴弾が投げられた。これは爆発と同時に煙幕をたくものだった。白い煙がノードランド兵を覆う。
そこをねらい撃ちし、インデアル軍の兵たちは突撃していった。
歩兵銃からは容赦なく銃弾が飛び出す。
撃ち合いが始まった。
ほとんど近距離からの銃撃戦が始まった。
ありったけの機関銃の音が響き渡り、両軍とも弾丸を受けて倒れ込む者もいた。
このインデアル国軍の機関銃は安物ばかりであったが、相手を負傷させるには十分である。相手を撃ったからといって、必ず相手が死ぬわけではない。しかし、激しい弾幕に敵軍は敗走を始めた。
こういう場合、敵に背中を見せるのは実はまずいことだった。敵軍の兵たちはそこを逆に狙い撃ちされて、背中に銃弾を食らう者もたくさんいた。
インデアル軍の兵たちは片膝をつき、正確に敵兵に狙いを付けて狙撃する。
もはや白兵戦ではインデアル軍の一方的な展開となった。さっきまで押されていたのが嘘のようである。それでもさらに追い打ちで塹壕から迫撃砲を使い、敵を殲滅していった。
一旦塹壕へと避難する突撃兵たち。それでもまだ敵の戦車の群れは残っていた。
残った敵戦車部隊は塹壕めがけて機銃で撃ち始める。銃弾はインデアル軍の兵たちを容赦なく襲った。ほとんどの兵が機銃掃射を食らう。さらに戦車は砲身から火を吹いて塹壕を粉みじんにしてしまおうとしていた。塹壕は爆発の嵐を受ける。吹き飛ばされるインデアル兵。砲撃の直撃を食らうたびに兵たちは三メートルは空へ吹き飛んで舞い上がった。
後ろに下がりながら、敵の戦車の群れは、砲撃の音を立てて大砲を撃ち続ける。
塹壕内には兵士の死体の山ができていた。
「くそ、応援はまだか?」
兵長は爆発を間一髪でかわしながらもタァーロに頼んだ増援部隊を待っていたのだ。死の恐怖と戦いながらも兵長は死ぬまで待つ気だったのである。
拳銃をポケットから出すと、兵長は塹壕から手を出し、敵戦車に向かって発砲した。それでも足止めにもならなかった。
その時、味方の攻撃機が頭上に姿をあらわした。
攻撃機が四機、前線まで出てきてくれたのだ。そして増援の兵たちが陣の方から十名ほどやってくる。少ないが来てくれただけでも大違いだった。
タァーロ一等兵が兵長のもとにやって来る。
「兵長殿、増援を連れて参りました!」
兵長はニヤリと笑う。
「遅いじゃないか。こっちは死神が見えるほど危なかったんだぞ。見ろ。兵のほとんどが奴らの戦車部隊にやられちまった。」
「だ、大丈夫です。もう心配はいりません!」
タァーロは敬礼した。
「インデアルのために!」
「おう、インデアル国に祝福を!」
言葉を交わすうちに、空からの攻撃部隊による爆弾投下が始まった。対戦車用爆弾で、戦車の厚い装甲をぶち破り、まるごと破壊できる威力を持った爆弾をどんどん低空で投下していく。
敵戦車は鈍い金属が破裂する音を立てて火を噴き始める。爆弾の投下が終わると、増援部隊は塹壕を越えて戦車に炸裂弾を放り投げた。
激しい爆発とともに戦車は風船が割れるように破裂する。
後退していく残った戦車部隊。敵はでたらめな標準で大砲を撃っていた。砲弾は塹壕を越えて、誰もいない場所に着弾すると激しい音を立てて砂や土をまき散らす。
攻撃機はすぐに帰投した。増援部隊も歩兵銃で戦車を撃ちながら、その場で待機する。
「撃ち方やめ!」
兵長は叫んだ。
「よし、すぐに負傷者の手当をするんだ。」
兵長は少し落ち着くと、犠牲の大きかった塹壕の中で死んだ自分の部下であり、兵士たちの亡骸を担架で一人ずつ運ぶように命令する。
タァーロは兵長の横で、同じものを見ていた。
「タァーロ一等兵、これが戦闘だ。ここに来て一年以上経つが、やっと前線に出してもらえたな。どうだ?この有様を見て。」
タァーロは率直に言った。
「兵長殿、僕は戦闘機パイロットに憧れて入隊しました。でも命令が下ったのは地上部隊。でも、これも一興かと思います。敵を一人でも多く殺せば、戦争は終わるのですね?」
「そうだ。なんだ、海軍の方の姉に会いたいのか?」
「は、はい。それと憧れのパイロット、エイジスさんにも。」
「戦闘機パイロットの一人だったな。その男にもか?」
「はい、彼にも会いたいです。このまま戦いが続けば、いつかどこかで会える気がするのです。」
「いいかタァーロ。お前が地上に来たのはパイロットのテストに落ちたからだ。しかし、それでも軍隊に志願してくれたのはとてもありがたいことだと思う。それは感謝する。しかし、戦闘の時はお前も命を捨てる覚悟が必要だ。それが祖国に対する忠誠であり、我がラトゥーヒ政権への誓いでもある。我々の陣は海に近い。もし海軍がこの陣を守るために海に来てくれるのならば、会えるチャンスもあるってことだ。その時は、俺は適当に理由をつけて、お前を海軍のほうへ移動できるよう交渉してやるぞ。だが、それまではここにいてくれ。わかったな?」
「は、はい。光栄です。ありがとうございます兵長!」
タァーロはあわてて敬礼する。
「本当は決死隊の覚悟で、地上で任務を果たしてもらいたいのだがな。だが、お前はまだ若い。ほんの子供だ。だからこそ死ぬ任務を果たすよりも生きてたくさんの敵を倒すことに励んで、自分の道を開いてほしいものなのだ。」
「僕は死ぬ覚悟で入隊しました。どこで死のうがそれまでは生きていたいです。そして姉やエイジスさんの無事も祈り、この戦場のどこかで会えることを心から望みます。もう子供ではありません。僕は大人の仲間入りがしたい。そして戦いたいんです。尊敬する人たちのように。」
「戦うとは言わない。殺すんだ。それが戦争であり、この国の理念なのだ。」
「はい、任務であれば、敵でも何でも殺します。」
「それが言えるのなら、俺はもう、何も言わない。」
「はい。インデアルに祝福を!」
「うむ、インデアルのために!」
兵長とタァーロはお互いに敬礼した。
「陣へ戻ってろ。負傷者を看てやれ。」
「はい、兵長殿。」
その場を去っていくタァーロ。
「若者か・・・。」
兵長はつぶやいた。




