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ハナノナ  作者: あばたもえくぼ
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第五章  クレオナ

  第五章  クレオナ



 激戦がずっと続いた南部のインデアル帝国とノードランド皇国の国境付近では、この冬も厳しい寒さの中、戦いは続いていた。国境警備隊が監視する中、迫撃砲が何十台もノーマンズ・ランドの手前には並べられ、有刺鉄線がかかっているその向こうの敵国の土地に標準を合わせている様子はまがまがしいものを感じた。配置されている歩兵たちは銃で武装し、高台から敵の様子をうかがっている。

 戦闘は突然始まった。ノードランド軍の空中要塞とも呼ばれるハルジオン重爆撃機は四発のエンジンを持ち、爆弾をたくさん積んでいた。その爆撃機が三十機以上の編隊でインデアル帝国の領地を爆撃してきたのだ。

頭上からの攻撃に逃げまどうインデアル帝国兵たち。爆発は朝の七時過ぎに起こり、次々と爆弾が投下される。

風を切る音が何度も何度も聞こえて、重い火薬をいっぱい詰め込んだマグネシウム弾が朝日を背景にバラバラと駐屯していたインデアル国軍の野営地に落とされ、爆弾の雨が降り注いできた。

 陣は崩れ、倒れる兵の数々がどんどん増えていった。

敵襲を告げるサイレンが鳴り、起床していた兵たちはすでに応戦体制に入っていた。激しい爆撃の中でも逃げずに対空砲火を空に放つインデアル軍の砲手たち。空には無数の爆発が起こり、黒い煙が空を覆った。的の大きな敵の重爆撃機の群れは対空砲火に耐えて、爆撃を続行し続けた。

すでに戦闘機を飛ばしていたインデアル国軍の部隊は、五十機のクレマチスの編隊を向かわせ、ノードランド軍の爆撃部隊を攻撃し始めた。

凄まじい機関銃の音が空中に響き渡り、無数の薬莢が吐き出され、銃弾は爆撃機の機体にめり込んだ。帰投しようとするノードランドのハルジオン重爆撃機の大群をクレマチス機の編隊は逃さなかった。

戦闘機特有のあざやかな旋回と二十二ミリの機銃掃射によって、爆撃機の機体には穴がパンパンと音を立てて開き、数機に狙い打ちされた爆撃機はエンジンに弾丸を十数発も食らい、翼が空中で爆発を起こした。火だるまになった爆撃機の乗員は通信で叫び声を上げたのだろう。戦闘機からでもその様子ははっきりと見えた。兵士たるもの、戦場ではそう楽には死ねないものなのだ。敵の爆撃機の後ろをとったクレマチスの編隊はハルジオン爆撃機にどんどん銃弾を浴びせる。敵の護衛戦闘機が雲の中に隠れていて、急降下で応戦してきた。ヒメジョオンの攻撃部隊だ。

インデアルのクレマチス機と敵のヒメジョオン機の編隊の空中戦が始まった。敵軍の機は待ち伏せしていたのだ。両軍機は入り乱れ、激しい空中戦の中、互いの戦闘機はバラバラと打ち落とし合いになった。インデアルのクレマチス機は旋回能力では敵機に勝っていたため、敵の背後をすぐにとることができた。戦闘機というのは後ろをとられた時点で状況はすごくやばくなるのだ。クレマチス機による機関銃の一斉掃射はヒメジョオン機の尾翼を簡単に貫いた。バランスを崩して群れの中から落ちる敵の戦闘機。体勢を立て直すことすら出来ずにまっすぐ地上に激突し、バーンと爆発を起こすヒメジョオン機。なんと哀れなパイロットの死に様なのだろう。ある意味、戦闘機というのは空飛ぶ棺桶のようなものだ。撃墜されれば、パラシュートもろくに開かず、そのまま落っこちる。手練れの二機に追われたクレマチスは低空で敵の弾幕をひたすらかわす。

戦っている間にノードランド軍のハルジオン重爆撃機部隊はあらかた爆撃を終わらせると、帰投してしまう。敵の護衛機も去り始めた。全機に通信で深追いは無用との連絡を受けた。インデアル軍のクレマチス機にも損害は出た。五機を失い、残った機だけが飛行場へと戻っていく。墜落こそしていないが、被弾している機も数機あった。命からがらで飛行場へ戻る機もあったのだ。

朝に行われた戦闘はこれでやんだ。今回は前線への敵軍の激しい爆撃を受けて、地上部隊はあやうく全滅しかけた。これでまた、兵の補充が必要になった。最近では素人の徴兵されたばかりの新兵が多くなり、戦闘の訓練をこなさせて、やっと使えるようになったかと思えばすぐに戦死してしまうということばかりであった。今回は戦闘による負傷兵も以前より多くなり、前線から少し離れた仮設の野戦病院は、そんな負傷者でいっぱいであった。



 飛行場のすぐそばに大型のテントをいくつもはり、そこに負傷した兵を一旦運んで応急処置をして、負傷の程度をはかり、そのあとあちこちの野戦病院への手続きをするのだ。そのため兵隊の持つ認識番号票はとても大事で、兵の管理のために認識票を皆、首から下げさせているのだった。

戦闘はほとんど地獄だ。憧れて入隊した者も今では体のどこかを必ず負傷しており、痛々しいものがとても感じられた。

 軍医たちもまた、そんな現状の中で負傷兵の手当てを急いだ。野戦病院に入れたからといって、適切な処置が必ずしも受けられるとは限らない。止血をされるだけで治療をうち切られるなんてことはざらで、助かりようもない者などはその辺に転がされているだけが当たり前だった。

そんな地獄絵図の中で、早くも医療部隊の増援がやってきた。

戦闘の一時間後、着任したのは五人の医療スタッフであった。皆、元は町医者で、負傷した者たちが日に日に増える毎日を見かねた軍の部隊長の要請で、軍医を増やしたのだった。外科とは関係のない歯医者や産婦人科の医者も引っ張り出される始末で、町からはほとんどの医者が消えてしまうほどであった。

これでも軍医は少ない方であった。それだけ負傷する兵は多かったということである。軍医部隊のほかにも、まだ若い衛生兵たちも動員され、やって来た。通称ドクトルエッグ衛生隊と呼ばれる軍医のアシスタントたちで、医学を学んだ帝国学校の医学部の者たち数十人からなる少女たちの要請部隊だった。

その中に、十三歳にして成績トップを誇るクレオナ・セナの姿があった。衛生隊の中では背が低く、小柄な可愛らしいクレオナは髪の毛もわりと短く切ってあり、あくまで軍医の補佐ということで目印として黄色いリボンを頭に結んでいた。これはほかの隊員も同じで、ドクトルエッグ衛生隊独自の格好であった。白いワンピース姿をしており、いかにも下っ端の衛生兵という感じである。それでも戦場の白衣の天使というイメージは損なわれてはいなかった。

兵隊たちにもそんなドクトルエッグ衛生隊のような癒しの姿は心を和ませた。特に負傷者たちはほとんどが独身なので、白いワンピース姿のクレオナたちに安心感を覚えていた。

 

 前線の天使たち。それは戦争のモチベーションを上げるのにも役に立った。この子たちを戦場から守るために命を賭す兵士たちも出てくるだろう。そのために送り込まれた部隊といっても過言ではない。死ぬのが怖くない命知らずな兵士ほど戦いに燃え上がり、戦場ではとても非情になって働くからである。ドクトルエッグ部隊の女の子たちはただの補助衛生兵の役だけでなく、兵たちの士気を保つための役も買っていたのは知らされない事実だった。

 クレオナ・セナは衛生兵として志願したのではなく、徴兵された少女だった。医療に関してはとても優秀で、物覚えも早いのが決め手である。

しかし、野戦病院のスタッフとしての経験は無く、現場に来て初めて、戦場の惨さを理解した。どんなに想像力を働かせても思い描けないような、死屍累々とした酷い惨状を感じられる言葉は一切見つからないほどだった。

おびただしい血の量と助からない人たちが放置されて息だけをしているさま、鼻をもぐようなとてつもない臭いに激しい吐き気を感じる。

クレオナはその場でドクトルエッグ衛生部隊の隊長を命じられた。成績優秀者はこういうとき、一番にリーダーを指名されるものである。

クレオナもそれは同じだった。

とりあえず、衛生隊の皆は手始めに、大きなテントの中に転がされて、野戦病院からあふれている無様なかっこうの負傷した兵隊たちの名前と部隊名を聞くことから始めた。兵隊が息を引き取っても、行方不明者にはさせないために、名前の確認が必要で、こういう調べが遺族への死亡通知を作成するときに役立つのだ。

とても嫌な役回りだが、命令だから仕方がなかった。

例え兵隊のひどいケガを見ても、手当てという手当てはさせてもらえなかったのである。

クレオナはすでに死亡している兵の認識番号を小さなメモ帳に書き写す。

できるだけ兵とは目を合わせないようにして、メモだけに集中した。当然、死体が怖かったのだ。無理もない。新米の衛生兵は初めは必ず目の前の現実からは目を背けようとする。だが、それも最初の二週間だけの話だ。慣れというものは恐ろしいもので、気がつけば、死んだ者の目を見てもただの死人の目にしか見えなくなる。血や臭いも慣れれば馴染んでしまうのだ。ここは前線の戦場なのである。戦場では誰しもが一緒に狂ってしまうものだ。衛生兵とは白衣の天使とは大きく違って鮮血の天使なのである。そして自らの命すら、いつしか戦場に捧げてしまうようなものなのだ。

重傷の兵隊の多くは、爆弾の破片によって負傷していることがわかる。金属の焼けた臭いがプンプンしているのだ。それがザックリと体に突き刺さっている。

体中に食い込んだその破片は、ずっと刺さったままになっており、そこから血を流しているのだ。大きな破片が内臓にまで達しているケガ人もいて、これはどう見ても助かりそうにはなかった。

 クレオナたちが兵の身元のチェックをする最初の仕事をしている最中に、突然負傷していないインデアル軍の兵士たちが騒ぎ始めているのがわかった。遠くの方から徐々に近づいてくる飛行機の爆音が聞こえるのがクレオナたちにも伝わってくる。しかし、サイレンすら鳴っておらず、陣を構えていた兵たちはすぐに戦闘態勢をとっていた。

 歩兵銃を空に向かって構えるインデアルの兵たち。固定機関銃の用意もしていた。空に響く爆音は、どんどん大きくなってきた。

クレオナは怖いもの見たさでテントから顔を出して空を見る。

空中を飛ぶ敵の攻撃部隊の群れが近づいてきて、急降下を始めるのが見えた。

対空砲の列が地上から砲身を空に向け、順番に敵の戦闘機めがけて火を吹く。

ものすごい音がした。

皆、その音に耐えきれずに耳をふさぐ。

爆発音が空にこだました。

それをすり抜けるように、敵の戦闘機の群れは地上に向かって翼に取り付けてある機銃を撃ち始める。

地上はまたたく間に銃弾の嵐を直接過ぎるほど受けた。砂柱が一瞬の間に列を作り、地面がはじき飛んだ。機銃の連続音が鳴り響き、車両や陣営は大きな爆発音とともに火だるまとなる。

インデアルの兵たちも地上からあらゆる武器で応戦した。敵の戦闘機は五十機を越えていた。さすがに最前線だけあって、戦いのスケールというものが違う。敵の機銃の弾道がよく見えたと思いきや、銃弾を食らって倒れ込む兵たちがたくさんいた。機銃掃射の恐ろしさは語るに耐えれないものである。一秒間に百発の弾丸が地上を襲うのだ。それが立て続けに五十機の編隊によって攻撃される。低空飛行で敵の戦闘機は陣を破壊していった。

野戦病院はもちろんのこと、仮設テントの数々にも凄まじい機銃の火が向けられる。逃げる場所を探すのも困難なほど前線は機銃の餌食となっていた。

クレオナは五十センチ手前で銃弾の嵐を避けられたが、その勢いで悲鳴が口から漏れ、風圧により二メートルほど吹き飛ばされてしまった。

兵隊の死体の上に被さるように倒れ込むクレオナ。

テントの外で、待機中のインデアル軍の戦闘機が数機、爆発して黒い煙を上げた。もう何がなんだかわからなくなったクレオナは、頭を抱えてうずくまっているしかないのだった。

これが戦場・・・

しばらくすると攻撃は止み、敵の飛行機が帰投する音が聞こえた。それを追いかけているであろう味方の戦闘機部隊。

衛生兵の立場からしてみれば、また死亡した兵がたくさん増えたということだけだった。

死亡した兵は、三十人を越えた。

軍医も一名死亡。ドクトルエッグ衛生隊の少女たちに至っては、三名も巻き添えで死んでいた。


クレオナは戦闘が終わっても、その日一日中、足がガクガク震えて収まらなかった。こんな悲惨な状況下で彼女は仕事をしなければならないのかと思い、食事の時、あまり食べ物がのどを通ることができなかった。しかし、それも与えられた運命なのであると自分に言い聞かせ、正気を保っているのだった。


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