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ハナノナ  作者: あばたもえくぼ
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第三章  ファレアの任務

  第三章  ファレアの任務



 ゴットン、ゴットンと列車は静かに鈍行で線路を走っていた。分岐点が見えた。切り替え士が右に曲がるようにセットしてくれていた。手で合図を送る切り替え士。機関車の運転手も手で合図を送る。これから列車は雪に覆われている暗い森へと入っていった。ここを抜けなければ海軍基地へと着かなくなる。当然港もそこにあり、軍艦がいろいろと停泊しているのだ。

 ファレアの着任地はその港にある。彼女はそこで冬を越さなければならないのだが、その海軍基地の名はイサラ基地と呼ばれていて、まずいことに海の向こう東に五百海里地点にブラエラー島という敵国ノードランドの領地になっている島があり、そこにはノードランド海軍のエンデ基地というのがあった。そしてそことイサラ基地はにらみ合っている状態が続いているのだ。互いの艦隊がいつ攻めてくるかも分からない緊張が、両艦隊にずっと走っていて、冬のうちに敵が攻めてくるだの冬が明ける頃にこちら側から艦隊を動かして、いつでも攻めておけるように命令が下るかもしれないなどと風評が兵たちの間で出回っている始末であった。

 夜も更けて、森の中は機関車の煙突から吐き出される一本の白い煙だけが、進んでいるように見えた。この列車は戦闘に必要な物資や食料をイサラ基地へと運んでいくためのパイプラインというか、命綱なのだ。

 眠れぬ兵たちが歩兵銃を枕に横になっている貨車では、防寒コートの上から安い毛布をかぶり、寒さをしのぐ者たちでいっぱいであった。

ファレアは別の貨車で一人、いろいろと考え事をしながら眠気が来るのを防いでいた。彼女はよく突っ走る性格なのだが、さっきのノードランド軍機との戦闘の前に、ファルゾン二等兵と一悶着あったのは自分でも反省すべき点だと思った。兵同士は、互いを傷付け合ってはいけないことは承知の上である。しかし、彼女は亡き父に教わった古武術をファルゾン二等兵を使って、あの場にいる全員の前で披露してしまった。相手も自分も手加減は一切していなかったはずである。しかし大人げなく素手での勝負をしてしまったことは、皆の上官としては恥ずかしいことであった。少なくともファレアは今更ながら後悔していた。もっと穏便に解決できたことは多分、できたはずである。それをケンカにかっこつけて武術を披露するなど、曹長としておこがましいことをしたものだと考えていた。

ファレアは一応、報告書の作成の際、そのことも素直に記述することを決めていた。いかなる時も、真実を伝える事こそ正しい道であると、軍規にもある。

悪くいえば暴力沙汰だが、兵たちの鼓舞にもつながると思えばかわいいものであると思って自分に言い聞かせた。そう司令部の方も判断してくれればの話なのだが。

 やがて列車は森を抜けると、再び広大な雪原地帯に出た。スピードを落とす機関車。雪原に埋もれていない線路をゆっくりと進んでいった。



 朝、線路はイサラ海軍基地へと続いていた。湖に架かる橋を通過すると、そのまま列車は基地の入り口にたどり着いた。当然この戦時下では、すんなりと味方の軍列車といえども簡単に基地内へ入ることは許されてはいないのである。

速度を落とし、基地の手前で停車する機関車。

イサラ基地のゲートには数人の兵隊たちが検問のため、列車を隅々まで調べていた。

 ファレアは下車すると、インデアル帝国軍の印が押してある通行証を検閲兵に渡す。兵はそれを受け取ると、丁寧に書かれている文章を読んだ。ワッペンを見るからに、ゲートの検閲兵の隊長は少尉の位のようである。

検閲兵は指で合図をして、手帳を出すよう指示をした。

ファレアは懐から軍の手帳を出すと、通行許可コードがメモしてあるページを開き、兵に渡す。

検閲兵はイサラ基地で用意されていたコードナンバーの書類を出して、コードが一致しているか照らし合わせた。

「曹長、通行を許可する。」

「第一四二六中隊隊長、曹長ファレア・カナリア・ブラッカイマー、ただいま着任いたしました。」

「うむ、長旅ごくろうであった。兵たちに食事をとらせろ。お前は大佐のところに案内する。挨拶をしておけ。」

「わかりました。インデアル国に祝福を!」

「ああ、インデアル国のために!」

 ファレアと少尉は敬礼をし合う。軍規はこんなところにも現れていた。

この敬礼の仕方は戦時中、ずっと続いている。祖国のためにというスローガンは、ある意味どこの国でもそうだが、お国のためならという思想は当たり前に教育されていた。それは帝国学校時代からそうである。戦争を行う上でも何のために戦うのかという思想は明確でなければ真に戦う意義を見出せないのだ。

基地のゲートを開いてもらうと、敷地内へと続く線路があらわになった。

ファレアは機関士に命令をして、ゲートの先へ機関車を進めてもらった。ゆっくりと列車が基地内へと入っていく。その時、ほとんどの兵たちが列車から飛び降り、隊列を作った。

ファレアは自分の兵たちの前に立つ。

「それではあなたたちに食事をとってもらう。全員少尉殿に敬礼!」

 ファレアの兵たちは検閲兵の少尉に敬礼した。

少尉もそれに敬礼で答える。

「よし、軍曹!」

少尉の兵の一人、軍曹の位を持つ兵が、全員を基地内へと案内をした。

「ブラッカイマー曹長、ついてこい。お前はこっちだ。」

 ファレアは少尉についていく。

列車の積み荷はイサラ基地の兵隊たちが五十人がかりで降ろしていた。



 ファレアが少尉と向かったのは海軍基地内の施設にある三階のブレッド・アンソン大佐の部屋だった。そこは見晴らしがよく、窓の向こうには軍港が一望できた。インデアル海軍艦隊の船がずらりと並んでいるのが見える。空母、戦艦、駆逐艦、巡洋艦などが停泊していた。すべての船には雪が積もっていて、兵たちが雪かきにかり出されているのがわかる。朝もやのなかに兵たちの持つスコップがキラキラと光っていた。

ここではファレアにしてみれば、理想でいっぱいの、念願ともいえる艦隊勤務が待っている。そんなことを考えながら、ブレッド大佐と顔を合わせた。

「はじめまして!イサラ基地にただいま着任しました、ファレア・カナリア・ブラッカイマー曹長です、大佐!」

 ブレッド大佐は軍服よりも戦闘服が似合う男だった。そのため、戦闘用の服をいつも着ているのが普通になっているという噂は本当だった。ファレアが大佐と対面したときも、戦闘着に身を包んでいた。勲章多数は部屋のあちこちに飾られた勲章が物語っている。少々ナルシストな感じもしたが、常に清潔でチャーミングな目をしていたのが少し可笑しかった。

しかも人の上に立てるほどの貫禄も身に付いている。

軍事訓練の教官でもあり、兵に厳しく、海軍切っての優秀な人材でもあると聞いている。

しかし、よくいる傲慢な鬼教官という感じには見えなかった。逆に戦線で戦う兵たちに敬意を払っているくらいにまじめで律儀な男という感じがする。

この大佐なら心から敬えるとファレアは第一印象で思った。

大佐は窓の外を見ながら言う。

「四十分の遅刻の理由は考えてきたか、曹長?」

「えっ?いえ、列車の遅れは雪のためと・・・。」

ファレアはたじろいだ。

「記録を読んだ。ファレア・K・ブラッカイマー。階級は曹長。軍歴は五年前に入隊、前の戦争で空襲を受けて、弟とともに戦災孤児となる。ノードランド皇国に対して怒りを感じているため戦争に参加するには十分な動機がある、と。」

大佐はファレアの方を見た。

「そうだな?」

「はい、そうです。わたしは戦いたくて軍人になりました。より多くの敵と戦いたくて。」

「戦うというだけではないぞ、曹長。より多くの敵を殺すために我々は戦っているのだ。一人でも多く殺す。そう言え。」

 ファレアは敬礼した。

「は、はい。わたしはより多くの敵を殺すために入隊しました。一人でも多く殺します。どんなに困難な場合でも。」

「よし、いいぞ。その心意気だ。そういう気持ちが軍人には必要なのだ。いつでも非情になれる心構えというものだ。それが大事だ。わかったか?」

「は、はい、わかりました、大佐殿!」

少し気持ちがよどんだが、ファレアはまじめな顔をして敬礼をし直した。

 大佐がフッと笑う。

「今の言葉、よく空気を読んだな曹長。記録では少々自我が強く、融通の利かない面もあると書いてあったが。」

「はい、自覚してます。でもわたしはインデアル帝国の軍人でありますから。」

大佐は手を腰に当てた。

「昨日、列車で起きた一悶着のことも、すでに記録で読んだぞ。調べはもう済んでいる。なるほど、自らケンカをして、事をおさめようとしたわけか。これはちょっとした茶番だな。部下を相手に勝負するとは。どうだ、浅はかだったと自分でも思ったか?」

「はい。そう自分でも思いました。上官として軽率でした。」

「曹長、お前は東洋の古武術を継承しているようだな。いずれ俺にも教えてもらいたいものだ。だが、海軍では使いようがないぞ。ただの見せ物だ。そういうものであればいくらでも兵たちに見せればいい。わかったか?」

「わかりました。」

「よし、我が軍の兵たちも基地の厳戒令のせいで緊張状態にあるため、兵を少しでも鼓舞するために古武術でも何でも見せてやるといい。女とは何かと下に見られがちなものだ。だからこそ、そういう場合も含めて自分の力を披露するのも時には必要なのだ。この件に関しては咎めたりはしない。安心しろ。」

「はい。」

「任務遂行はご苦労だった。鉄道も事故や敵の攻撃に合いやすい。それらを回避してここまで無事到着したことだけでもお前は評価できる。では、お前も食事をとってこい。ようこそ、イサラ基地へ。では下がれ。インデアル国に祝福を!」

「わかりました。インデアル国のために。」

互いに敬礼し合うファレアと大佐。

ファレアは大佐の部屋を出ていった。

部下が食事をとっている食堂へと行くファレア。施設内も寒かったが、外よりはまだマシだった。

戦争中というのは何かしら物資が不足するものである。そのため国民から徴収された食料などが軍には回されるわけであった。前線で戦う者にはいつも贅沢ではないが、きちんと食べ物が食べられた。

どうせ多くは早死にするのだ。いいものが食べられても不思議ではない。

ファレアはすぐに食堂へと入っていった。


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