第二十七章 エイジスの祈り
第二十七章 エイジスの祈り
特攻機が敵の艦隊を見つけたのは、夕方のことだった。
戦争の悲劇などはどこにでもあったので、それについて記すことはしない。
いや、できない。
それよりも、敵に突入する戦闘機に敬意を払う者は、案外少ないと思う。
エイジスは愛機となったチェリー・ブロッサムを操縦していた。
機体のイニシャルが、彼の戦闘機であるということを思い出させてくれる。
機銃にはまだ、弾が残っていたが、それを使うのはもう、最後の最後のことだろう。
彼の戦闘機は空中戦を経て、本当の意味で戦場に出ることが出来たのだ。
思えば、この戦闘機があったからこそ、エイジスはインデアル軍のエースパイロットになれたのだろう。
旋回や宙返りなどの航空ショーに近い技を、実際の戦闘に使い、多くの敵機を撃墜できたことは、機械ながらも一種の戦友のように感じていた。
その戦闘機は、今やただの爆弾と化しているのだったが、パイロットにしてみれば、それでも一心同体の存在であった。
思い返すとキリがないし、そう思い出せる時間も限られていた。
しかし、戦友とともに死ねるのであれば、それはそれで本望であった。
この作戦が最後だ。
これでもう、戦わなくて済むと思うと、少し安堵感があった。
敵を撃破できるというのは、思っていた以上に心が激しく揺れるものだ。
恐れ、不安、焦り。
それらがすべて、取っ払われた状態で、敵に向かって突っ込むわけだ。
飛行中はいつもと変わらない気分だった。
しかし、敵艦隊を発見し、このまま飛行機ごと空母に体当たりをするのは勇気が必要になる。
そして、そのための訓練は受けていない。
要するに、空中戦で敵に撃墜されることとはわけが違うのだ。
敵に向かっていく時点で、心の整理は付けておかなければならない。
だんだんと目の前が真っ白になり、極端に視野が狭くなった。
敵の方も対空砲による攻撃を始めるのが見えた。
次第に恐怖感が体中に走る。
操縦桿を握る手が震えだし、息も止まった。
もう呼吸すらしていない。
一番近くの空母に向かうように操縦するが、緊張状態が腕を襲い、なかなか狙いが定まらなかった。
せめてこの戦闘機にも、最期の華を飾ってやりたい。
エイジスは必死で目標に向かって突っ込んでいく。
近づくに従って、敵の空母の船員たちなどの、今までは気にもしていなかった細かい部分がどんどんあらわになっていった。
それでもエイジスの機は、悲鳴を上げるようなほどのスピードを出していた。
ぐんぐんと、攻撃目標が大きく見える。
そんな中で、目標とする空母の船体の、どこへ突っ込めば、一番効率がいいのかとか、自分の突撃によりどの程度、相手にダメージを与えられるのかという自分のアイデンティティーを求める気持ちがあった。
自分はこの戦争にどのように関わってきたのか、それを知りたくて、心がとても揺れる。
この戦争に勝つためだったか?
エースパイロットになりたいためだったか?
それとも妹のクレオナやファレアを敵から守りたい一心でだったのだろうか?
答えは得られなかった。
ただ、エイジスの中で、親しい人間が自分にほほえむ姿が最後の一瞬で見える。
みんな、ありがとう。
そして、エイジスはコックピットの中で、大きな声を上げて叫んだ。
「インデアルに祝福を!」
それは、彼の最後の祈りであった。




