第二十六章 出撃と見送り
第二十六章 出撃と見送り
空母ロスト・アイランドはトゥアリス海の真ん中で待機していた。
勝つ当てもない戦いに作戦名をつけて、いわゆるスイサイド・アタック・ミッション(特効作戦)と呼ばれる、飛行機に大量の爆薬を乗せて、片道分の燃料を乗せ、戦闘機部隊を発進させることになった。
これは終戦間近のことであった。
戦闘機はそのまま、敵の艦隊の主力空母や戦艦に向かって機体ごと突っ込んでいくという、まさに人間兵器そのものの誕生であった。
こんな、まるで意味のない抵抗を示すために、インデアル帝国軍はパイロットたちすべてに、その命令を下したのである。
空母に乗っている戦闘機すべてが、その犠牲となる予定なのだ。
全機に発進命令が下る。
標的は南東にいる、敵の艦隊である。
その空母、および戦艦多数に向かって突っ込むのだ。
その特攻による攻撃で、敵の艦隊は大混乱を起こすであろう。
それがこの作戦の目的だった。
たったそのためだけに、特攻部隊は人間爆弾として飛び立たなければならないのだ。
昼を過ぎた頃に命令を受けたパイロットたちは、おのおのの魂のより所を胸に、戦闘機に乗り込んでいく。
中でもより所になる大切なものは、家族や恋人の写真だった。
セピア色の写真を手に、それをコックピットに飾る者たちがたくさんいた。
そして、レシプロ戦闘機のプロペラが回転し始めると同時に、パイロットたちのあらゆる恐怖感が消え去った。
もうすぐ死にに行くというのに、心はなぜか不思議と冷静に計器類のチェックをしていく。
もはや自分たちは、ただの機械でしかなかった。
機械は何も考えない。
与えられたことをその通りに実行するだけだ。
それだけである。
人として考えることがあるとすれば、この片道分の燃料を指すメーターを見るなり、自分はここに戻る気はさらさらないのだと思い、あとは自分が無事に作戦通り、敵の艦を破壊できるかということのみを考えていた。
戦闘機に乗った時点で自分たちは戦う兵器の一部だと、そう思っていた。
甲板に乗る戦闘機たちは発進の体勢をとる。
このラスト・フライトに賭けて。
見送る船員たちが、帽子を手に持って振っている。
水兵たちが大勢で見送ってくれるのだ。
その中にファレアの姿もあった。
彼女は発進合図を出す旗振りの役を、自ら名乗りを上げて、やることにした。大切な人を見送るために。
そして、ついにその時が来たのだ。
彼女は、エイジスの機を先頭に、これから発進する特攻部隊の出撃の合図を出すために、甲板で手に旗を持ち、旗を高く上げる。
先頭の機のコックピットの中には、エイジスの信念の表情が見えていた。
エイジスは、ファレアに向かって敬礼する。
それを見て、ファレアの旗を持つ手が震えた。
この旗を降ろせば、彼は行ってしまう。
二度と戻れない旅に出るのだ。そのあとの戦闘機も、その次の戦闘機も・・・。
ファレアはそれでも涙を止めた。
自分は軍人なのだ。
こういう運命でさえ、受け入れなければならないのは承知していた。
たとえ恋人が特攻機に乗っていようと、自分の旗の合図で、その機が離陸しようと、避けられない運命にあるのであれば、それを遂行するしかないのだ。
彼女の手は、やがて震えがおさまり、ついに旗を大きく振り下ろした。
何か、自分の気持ちが吹っ切れたような気がした。
大きなエンジン音が鳴り響き、エイジスの操縦する戦闘機が空母の滑走路を走る。
ファレアの姿が視界から消えた。
そして、すぐに滑走路の切れ目ギリギリで離陸する。
エイジスの機が飛び立つのに続いて、次々とレシプロ戦闘機が飛び立った。
そのたびにファレアは、離陸せよの合図を旗を振って知らせる。
ついに彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
泣いてはいけない線を越えたのだ。
最後に旗を振ってしんがりの戦闘機が飛び立つと、歓声が上がったが、ファレアだけが、呆然とその場で立ちすくんでいる。
これですべての自爆機が行ってしまった。
ファレアは飛行機の群れが空に消えていくまで、ずっとその場で立っているのだった。エイジスのために。
そして、彼とともに攻撃に参加した、すべてのパイロットたちのために。




