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ハナノナ  作者: あばたもえくぼ
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第二十五章  クレオナの決意

  二十五章  クレオナの決意



 前線からかなり離れた場所にある軍の病院では、タァーロの元に招集令状が届いていた。

戦況を変えるための新たなる戦いに、身を投じろという内容であった。

戦争の駒であるタァーロ一等兵は、撃たれた傷もほとんど治り、痛み止めの錠剤を毎日飲んでいるだけであった。

タァーロはまだ、前線へ出ることをクレオナには言っていなかった。

今、敵はどんどん侵攻を続けている。

それが今、隠しきれないほど国民全体にまで伝わっていた。

そして、戦火の恐怖に抗えない自分がそこにはいた。

次はきっと死ぬだろう。

追いつめられていくインデアル軍は、兵に対し必死確定の突撃を命じるかもしれない。

それが激戦区での最終決戦にも思われたが、おそらく真実は違う。

もう、降伏する時期でもあるはずだ。

ここ数週間、「インデアルに祝福を!」と言う挨拶も口にしてはいないのだ。

それが、もはや戦う意義すら見いだせていない、なによりの証拠であった。

タァーロはクレオナの元を離れたくはなかった。

人を好きになる感情は、国家への愛国心や戦うことへの憧れよりも、ずっとずっと気持ちが上回るものだということを感じて知ってしまったのだ。

前線に戻ることが怖い。死ぬかもしれないということがとても怖かった。

タァーロが令状をたたんで直そうとした時に、クレオナがタァーロのもとにやって来た。

すべてわかっているような表情を作り、クレオナはタァーロのそばに寄ってくる。

「とうとう来たのね?」

「え?」

「また、戦いに行くのでしょう?」

クレオナは重い表情で言った。

タァーロは静かにうなづく。

クレオナの顔がこわばり、そして、次の瞬間ため息をついた。

「もう、これで会えないのね?」

「だ、大丈夫だよ。僕が死ぬわけないじゃん。」

「それはわからないけど、でも・・・。」

「心配しないでくれよ、僕は君がいる限り死なない。君が心を痛めることはもう、起きない。約束するよ。生きて戻って来るから。」

クレオナは少しだけ、涙を見せた。

「わたしはあなたに、何の力もあげられない・・・。あなたが死ぬなんて思いたくはない。でも、死はそれでも間近にある。あなたにとっても、わたしにとっても。この戦いに一体どんな意義があったと思えるの?今はもう、玉砕覚悟の精神が飛び火している。そんなこと本当は誰も求めてなんかいない。それが真実よ。もう戦争なんて、すぐにでも終わってほしい。戦うなんてない、平和な日々がほしい。

 クレオナの体は喋る声とともに震えた。それでも彼女は続ける。

「今まで戦ってくれたこの国の兵士さんたちには悪いと思うけど、そして、そのために死んでいった人たちに報いるために、ほかの、今戦っている兵士さんの信念をくじくようなことはとても言えないけれど、わたしはもう、この戦争にこの国が負けてもいいから、全員、前線から生きて引き上げてきてほしい。これ以上の死は本当の意味でムダだわ。なぜこの国は、こんな戦争をしているの?わたしには理解できない。戦争のない世の中がきてほしい。それがわたしの一番の願いよ。それでも戦う令状が届くなら、わたしにはもう、どうすることもできない。衛生兵なんて、もうやめたい。」

クレオナは、そう言うとタァーロに抱きついた。

感情を抑えられなくなったのだろう。

クレオナは泣く場所を探していたのだと思う。

タァーロはそっと、彼女を抱きしめた。

自分も同じ気持ちだとは言わなかった。

しかし、いつかきっと、彼女を幸せにしてあげたいとだけ、強く思った。

戦争がこんなにも憎いと思ったのは初めてだった。

そして、それは自分の力だけではどうすることもできないということだけは、心に矢が突き刺さるような思いで強く感じたのだった。

タァーロは生きたいと強く思った。

理由は自分の胸の中で泣いている、クレオナの姿を見るだけで十分だった。

戦争はれっきとした悪意を持つ。

正義の名のもとに戦ってきたが、その旗は折れた。

今はすでに、ただただ悪意と狂気だけが人間に戦争をする感情を押しているに過ぎなかったのである。

しかし、誰かがその落とし前をつける必要があった。

それは大勢の兵士の血と死体、おびただしい憎しみとの決着がつくまで時間がかかるであろう。

タァーロの心の中では、それを無意識に感じていたのであった。

「クレオナ、君は僕のために自分の人生を暗くするのかい?」

クレオナはタァーロの顔を見る。

「僕は君に幸せになってほしい。僕の人生でただ一つ求めるものは、それだけだ。それだけなんだよ。」

「だったら、わたしはあなたの人生についていくわ。あなたがたとえ、この先戦争で亡くなったとしても。わたしの人生をあなたにあげます。」

クレオナはそう言うと、タァーロの唇に自分の唇を重ねた。

タァーロは目を閉じて、彼女の心を、唇を通して受け取る。

なぜ人間は、戦うことばかりを望んでしまうのか、それを考えるには人の人生はとても短く感じた。

しかし、そんな中でもいつか、戦いが終わりを迎える時が来たら、ゆっくりと出直そう。そして今まで繰り返していた戦争に対して、平和という理想を現実にするための努力に心をかたむけようと思った。

それは、できるならクレオナと一緒にと、そう強く願うのだった。

彼女の、クレオナの決意に答えるために。



 数日後、タァーロは病院をあとにして、再び戦場へと向かうのであった。

クレオナの見送りに、自分も手を振りながら。



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