第二十四章 エースパイロット
第二十四章 エースパイロット
あの戦いから一週間が経った。
再び、エイジスは勲章をもらった。
また、敵機を多く撃ち落としたからだという。
あれだけ憧れていたエースの座を勝ち取ったのだが、数多の戦いの中で、エイジスのエースパイロットというものの概念がすでに変わっていた。
勝手な話かもしれないが、彼の内面では、自分でも気づかないうちに、考えられないほどの黒い気持ちが植え付けられているのであった。
戦争で疲れた顔が、表情を曇らせている。
そんな中で、エイジスは送られてきた勲章を見ながら、ため息をついた。
戦死した仲間、戦況の悪化、作戦の無謀さ、それらが脳裏をよぎる。
ここまで来て、戦争は止められないものとなっていた。
こういうのをスタンピード現象と言うのだろうか?
まるで雪崩のように、勢いに任せて崩れていくのを止めることすらできない、無力な自分をさらけ出すこの戦争に、身を投じたのが間違いだったのだろうか?
いずれにしても、もう後戻りはできない。
これでまた、いかなる作戦や命令にも逆らうこともできないようになった。
戦いはこれからどこへ向かうのだろう。
作戦もほとんどが無謀なことが多くなり、兵やパイロットたちはもう、うんざりしていた。そして、そういう軍人がほとんどとなっていたのだ。
それにしても、この国は血を流し過ぎている。
あちこちの前線でも撤退や全滅の報告が寄せられている。
いつの間にこの国は、こんなにも悲しいくらいに狂ってしまったのだろうか。
それは自分も同じではあったが・・・。
戦争はそれでも終わりそうにない。
冬が明けてからは雪も解けて、日が昇るのも早くなり、落ちるのも遅くなり始めた。そして、そのせいで戦う時間も多くなっていた。
疲労にずっと苦しんでいる兵たちは、これからも増え、耐えられない者たちは具合を悪くし、精神的にも耐えられなくなって、すぐに倒れていった。
今は戦わずして戦場を去る兵たちも大勢いた。
戦意など初めから持っていない徴集兵たちもかなりいるためだった。
これでは戦争には勝てないであろう。
インデアル帝国もノードランド皇国も暴力に身を任せ過ぎたのだ。
そして我々は、これからも気が済むまで、いや、戦いに疲れ果てて皆が死んでしまうまで止まらないだろう。
勝利を掴めなければ終われない。
これは非国民が言うことかもしれないが、もしくは敗北を持って静まるのであろうか?
エイジスの心の中は、エースパイロットになりたいという憧れから、殺すための道具にされている気がした。
エイジスの手は、おそらく多くの命を奪っていた汚れた手である。その代わりにエースの座を手にした。
これが本物のエースパイロットというものか。
憂鬱になったエイジスの部屋に、ファレアが入ってきた。
ファレアはエイジスの様子がおかしいことにすぐに気づく。
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ。」
「顔色が良くないわ。医務室に行きましょうか?」
「いい。そういうことじゃない。」
「どういうことなの?」
「お前にはわからないよ。この気持ちは。」
「何?」
ファレアはもどかしくなる。
「わたしに言ってよ。そんな顔・・・。」
「ファレア、お前は・・・。」
言いかけて、エイジスは言葉を失った。
そんなエイジスを見て、ファレアは気を落とす。
「こんな時に言うことじゃないけれど、一応、報告します、エイジス・セナ中尉。」
エイジスはファレアのほうを見た。
「今は位が上がって大尉だ。」
「そ、そうね。いいわ、大尉。今から最新の情報を伝えます。南の前線も崩落して、約二万人の兵の命が失われました。それから、この数日でルワ市、ダポール市、帝都グラズェまでが、夜間に大規模な空襲を受けて、死傷者の数ははかりしれないものとなっています。この戦争、この国は絶対に降伏はしないそうです。戦闘に集中してください。軍の上層部からのお達しです。確かに伝えました。インデアルに祝福を!」
エイジスは反応しなかった。心が疲れて倒れそうだった。
「エイジス?」
ハッと我に返るエイジス。
「ああ、インデアルのために!」
言葉を交わしたが、それは空虚な感じであった。
ファレアはもう気づいた。
エイジスはもう、この戦争で活躍することはできないのであろうと。
それでもファレアはエイジスの力になってあげたかった。
しかし、エイジス自身がそれを受け入れなければ、先へは進めないと確信した。
戦争で勝つこと。それが彼を支えていたのだ。
そしてエースになるという目標が。
エイジスの心の中では、戦況を変えられないという事実が納得いくものではなかったということである。
エースパイロットに残された使命とは、敵に必ず勝つこと。
それが叶えば、彼は自分自身を見失わないだろう。
しかし、今の戦況では彼の戦いも、その結果もどうすることもできなかった。
ファレアは自分の無力感を感じた。
エイジスにかける声すら出ない。
ファレアはエイジスに、空っぽの敬礼をすると、部屋を出ていった。
それから数日後のことだった。
軍の上層部から空母ロスト・アイランドに、最後の命令が伝えられた。
ある作戦に身を投じてもらいたいというものだった。
その作戦とは残った戦闘機には、もう送るだけの弾薬や燃料はほとんどないということから始まった。そして、戦況を変えられる唯一の方法を伝えられた。
それがいかに残酷で意味のない攻撃作戦かもわからずに。
残った数少ない戦闘機に片道分だけの燃料を与え、大量の爆薬を積み込み、出撃させて、その戦闘機は敵の艦隊の船に標的をしぼり、飛行機ごと体当たりをして、大破させることを狙った、パイロットの生死を賭けた無謀な作戦だった。
三日後の早朝にそれを開始させよと命じる通信が入ったのだ。
つまり、スイサイド・アタック、特攻作戦である。
先頭はエースパイロットのエイジス。
彼が模範となってやってくれれば、あとのパイロットも同じくやってくれるであろうと、上層部は判断したのだ。
誰の発案なのかわからないが、それは軍部の方で決まったことであり、命令なのだ。
受けるしかなかった。
それがファレアに伝わるまでに、数時間を要した。
そして、明日には全パイロットに作戦が伝えられるであろう。
その作戦の先頭を飾るのは、エイジスだったのだ。
ファレアはエイジスがエースパイロットになったことにより、彼が先陣を切るであろう、その特攻による攻撃作戦のことを本人に伝える前に、ショックで全身が震えてしまった。
ファレアはしばらくして、戦争の本当の悲惨さを理解した気がした。
神はなぜ、そこまで人間に戦争をさせるのであろう?
狂気や殺意、闘争本能をなぜそこまで人間に与えてしまったのだろうと、自分たちの運命に怒りを感じてしまっていた。




