第二十二章 対決
第二十二章 対決
エイジスは今回の活躍により、名誉勲章を受章した。
彼の軍服の胸元にメダルが贈られる。
奇襲攻撃を受けた基地で、敵の爆撃機を一人で十一機も撃墜したからである。
多大な被害を出した、このイサラ基地も、この一ヶ月でかなり復興していた。
エイジスは、空中戦で使ったチェリー・ブロッサムを自分の愛機として使わせてもらえるようになった。
機体に白いペンキで自分のイニシャルを書くエイジス。
「よかったわね、その機がもらえて。」
ファレアがエイジスのそばに来る。
機嫌のいいエイジスは、笑顔でファレアに顔を向ける。
「俺はいつか、エースになるんだ。だから、この名誉を胸に、また次なる戦場に行くことになるだろうな。」
「でもね、エイジス。悪い知らせがあるの。まだ聞いてないでしょ?」
「悪い知らせ?」
「ええ。戦況が悪化したのよ。陸軍の前線で人手が足りなくて、その間にノードランド軍にノーマンズ・ランドを攻撃されたらしいの。それで占領下の土地ではインデアル帝国軍が撤退を余儀なくされてしまったのよ。」
「それはつまり、占領地を奪われた?」
「その通りよ。それと、主力艦隊だったロッドレス機動部隊がノードランド海軍のブラエラー島にあるエンデ基地を南から奇襲する作戦を試みたのだけれど、それも失敗に終わったわ。逆に敵軍に裏をかかれて空母三隻が沈没、戦艦二隻が大破。そしてこのイサラ基地も奇襲攻撃を受けたわ。つまり、ここの基地にあった艦隊も奇襲により半分が使えなくなったので、インデアル軍は事実上、大敗北をしたわ。当然、国民にはこれを悟られないように新聞やラジオでは逆のことを伝えているのだけれども。」
「そうか・・・。」
「だから、あなたが心配。この戦局を覆すことができると思う?」
「わからん。しかしそれでも、どういった形にせよ、戦うしか道は残されてはいないんだ。それが我々軍人の務めだ。死ぬ覚悟も俺にはできている。」
「それを聞いて安心したわ。呆れもしたけど。」
「聞いてくれファレア。俺はもうエースパイロットになる直前なんだ。夢が叶うんだ。それは俺の長年の夢なのだから。」
「でも、あなたがもし、それで死ぬようなことになったとしたら、残されたわたしや妹さんは?家族や親しい人が傷ついてしまう。それはとても、寂しいことだわ。そうでしょ?」
「家族も、妹のクレオナもそんなことは承知しているさ。帰りたくても帰れなかった者たちなど、たくさん見てきた。俺も同じだと思っている。だから、もうそれ以上、何も言うな。俺はお前を愛してはいる。だが、戦争は誰しもを苦しめるものなんだ。それは皆、同じなんだよ。わかってくれ。」
ファレアはため息をついた。
「あなたはこの愛機とともに生きて、運が悪ければ死ぬのね。わたしはきっと、耐えられないかも・・・。」
「お前の言いたいことはわかったよ。俺はきっと生きるさ。帰ってくる。絶対に死なない。それでいいか?」
「まあ、いいわ。とりあえずそれで。」
「約束だもんな。戦争に勝って、お互い帰れたら、みんなで暮らすってな。それは忘れてはいないよ。」
「エイジス・・・。」
その時、敵の捕虜が逃げ出したと、大きな声で叫ぶ声がした。
「しまった!あの女、逃げたのね?」
「誰のことだ?」
「奇襲を受けたときに捕らえた爆撃機の搭乗員だった兵士よ。わたし、見てくる!」
「ああ、気をつけてな!」
ファレアは駆けだした。
軍の倉庫の辺りで、見失ったらしい。
数人の兵士たちが探していた。
ファレアはとんでもない光景を見てしまっていた。
倉庫の裏で、四人の兵が倒れていた。皆、殺されていた。
あの女は戦闘員だ。こんな結果を招くとは・・・。
銃が奪われている。
どこから撃ってくるのかわからない。
ファレアは自分の銃を抜いて構えた。
辺りは静かだった。
そう遠くへ逃げたとは思えない。必ずどこかに隠れているはず。
突然、発砲音が聞こえた。
この建物の裏だ。
ファレアは走った。建物の裏手には脱走したテルナを追っていた兵たちが全員倒れている。
ファレアは辺りを探し回った。後ろをとられれば負けだ。
突然、上から降りてくるテルナに一瞬早く気づいたファレアは、銃を上に向けた。弾は外れて地上に降りたテルナが低く構えた。視界から消えたテルナを見つけるために、ファレアは自分も身を下げる。
テルナはファレアの死角になる姿勢になって隠れて銃を構えた。
その場で互いが拳銃の突きつけあいとなる。
膠着状態が続いた。
しかし、テルナの拳銃がファレアの拳銃を弾くと、両者とも手持ちの武器を落としてしまった。
つかみかかるテルナ。
ファレアはバランスを崩しそうになったが、体勢を取り戻し、そのまま転身してテルナを投げた。
自分が押した方向に投げられるテルナ。
テルナはすぐに起きあがると、拳闘術でファレアに襲いかかる。
その動きをファレアは見逃さなかった。
素早い手技の動きを冷静に見て、ファレアはすぐに半身になって、応戦体勢をとる。
テルナの攻撃をかわしながら、隙を見つけようとした。しかし、テルナの格闘技は軍隊で鍛えられて習得したものらしく、普通に考えられるような攻撃技ではなかった。それこそ相手を殺すための技ばかりでファレアに向かってきていた。
ファレアは飛び膝蹴りで、相手を下がらせる。当て身以外の技を使うのは久々である。
しかし、こういう場合、相手の意表をつくのが一番であった。
テルナは下がると、蹴りと手技でファレアに攻撃をした。それを間一髪でさけると、転身を繰り返して相手の側面へ入る機会を狙う。
そうしているうちにテルナの側面へ入る一瞬を見つけた。
すぐに入り身すると、腕を相手の胸に当ててテルナの上半身を曲がらせる。
その勢いで、派手に地面に倒れてしまうテルナ。
ファレアはそのまま追い打ちをかけようとするが、テルナの手刀がファレアの顔面に飛び込んでくる。一瞬早くそれをかわしたファレアは、後ろに下がると構えに戻った。
テルナは拳闘術を使いながら、もっと攻めてくる。
ファレアの首の頸動脈をテルナの手がかすめた。
その手を肘で弾きながら、両手で相手の手首を取ると、四方投げという相手の手を側面に回して投げる技に入る。
テルナがそれに抵抗して、手を振りほどかれそうになったため、ファレアはテルナの腕を、あさっての方にひねった。
間接が持っていかれたため、激痛とともに悲鳴を上げるテルナ。
ファレアはテルナをそのまま強引に倒した。
しかし、丁度そこには拳銃が落ちていた。
あわてて拳銃を手にするテルナは、その拳銃の銃口をすぐにファレアに向ける。
「銃口を向けられるってどんな気分?わたしは知っている。あなたも・・・。」
テルナの勝ったような表情を間近で見て、ファレアは硬直した。
殺される、わたしも・・・。
引き金を引こうとするテルナ。
その時、パンッという音がして、銃声が残響音を鳴らした。
覚悟をしていたファレアは、ゆっくり目を開けると、テルナが撃たれて死んでいるのが見えた。心臓に一発、弾丸を食らって穴が開いているのがわかった。即死したようだ。
エイジスが駆けつけて、一瞬早く銃を抜いて撃ったのだ。
死んだ捕虜を見ながら、ファレアは立ち上がり、拳銃を取り上げる。
死んだテルナに、もう一発銃弾を浴びせるファレア。
倒れているテルナの死体が跳ねた。
銃を下ろすと、ファレアはエイジスのほうを見る。
「死んだわ。」
エイジスも銃を下ろした。
「ああ。」
どうやって脱走したのかは、あとで知ることにしたファレアは、拳銃を捨てて応援を呼んだ。
テルナがここまで恐ろしい強さを持っていたとは、最初に会った時の印象では分からなかったが、現にこの女はインデアル兵を医務室の番兵も含めて八人も殺していた。
同情の余地さえなかったが、もっと早く軍本部へ送っておけば良かったと反省するファレアであった。ついには自分とエイジスがテルナを銃殺するハメになってしまった。ファレアは自分が戦っている間、心が狂気と化していたことに気づくと、その時の感情が、まだ心臓を跳ね上がるように高鳴らせていた。




