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ハナノナ  作者: あばたもえくぼ
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第一章  ファレアの憂鬱

ハナノナ            オオクマ ケン




エイジス・セナ・・・・・・・・・・・戦闘機パイロット。中尉。(二十歳)



ファレア・K・ブラッカイマー・・・・空母の船員。曹長。(十八歳)



クレオナ・セナ・・・・・・・・・・・衛生兵。エイジスの妹。(十三歳)



タァーロ・K・ブラッカイマー・・・・二等兵。ファレアの弟。(十四歳)



ファルゾン・ガードマン・・・・・・・二等兵。ファレアの部下。(十六歳)



ブレッド・アンソン・・・・・・・・・海軍大佐。(三十三歳)



フロレンス・カーイアル・・・・・・・クレオナの友人。(十四歳)



レイブズ・クレスター・・・・・・・・若きエースパイロット。(十九歳)



テルナ・ファーバッスキー・・・・・・ノードランド兵。捕虜。(二十歳)






第一章 ファレアの憂鬱



 寒々とした空を眺めるたびに一つ、ため息が出る三つ編みの少女が、橋の上の線路で待機している蒸気機関車が引く、列車の車両の上でたそがれていた。

橋の向こうにある広大な土地は、昨夜から降った大雪でまっ白に染まっていた。

雪を見ると、とてもきれいな銀世界だったが、軍の専用機関車が橋の上で二時間も止まる原因になっていた。

 インデアル帝国海軍の曹長である少女は、あと二年で成人を迎える年頃であった。

 名前はファレア・カナリア・ブラッカイマー、十八歳。

もともと空母の乗組員であるため、彼女の紺色の防寒コートの下は立派な白のセーラー服に身を包んでいた。

 機関車の物資を運ぶ任務は、彼女が曹長になってからの初仕事であった。

それが今は、この有り様である。この寒さでは機関車も凍るだろう。

 現在、必死で一等兵、二等兵たちがスコップを手に機関車を降りて、橋の向こうの雪に埋まった線路を掘り出し中であった。

列車の最後尾の傍には山があり、すぐそこに二時間前に通過したばかりの薄暗いトンネルがあった。戻ることは不可能。橋の高さは目測で二十メートルはあった。つまり崖の上にある橋の上の線路に立ち往生ということだった。これは完全に橋の上に孤立状態だということだ。列車の装備は三つの対空砲のみ。敵に見つかれば、格好の的になるだけだ。日は落ちていないが、ここまで身を晒されては、戦闘の時、どこまでこの機関車を守り通せるかは分からない。

ファレアはそんなことを考えつつも、その時はその時と割り切っていた。列車の守備兵はざっと三十人。雪かきに二十人を動員しているため、十両編成の各車両ごとに一名ずつ兵を配置していた。

 戦闘のことはいい。まずは機関車を動かせるだけの線路の確保だ。目的地への到着が遅れるなどということは、まあ、よくあることだ。しかし、気にしているのはこの寒さだ。北に向かって進んでいたので寒さが増すのは当然として、自分も含め、兵が凍えてしまうのは大変なことだ。人が使えなくて、何のための兵隊だろう。命令上、機関車の遅れは通信によって伝えてあるが、そのための増援部隊の到着も遅れそうだ。

 静かに橋の上で停車している列車は痛みをともなう冷たい風に吹かれて、そのためにどんなに手袋やブーツ、防寒コートなどを着ていても凍えてしまう状態にあった。兵たちのストレスも溜まるいっぽうで、これはもう、あと一時間が限界だなと思った。

「曹長!」

 一等兵の一人がファレアの元に走ってきた。敬礼する一等兵の男。

「ガンダレア一等兵、報告いたします。行けます!通れます。機関車を・・・。」

 すぐにファレアは列車から橋の上に飛び降りて言った。

「全員を列車に呼び戻して、早く!」

「分かりました!」

 戻っていく一等兵。その男は年でいえばファレアよりも上である。しかし軍の規律はこんな状態でもキチンと守られていた。帝国海軍は特に規律に関しては厳しかった。それは男女の差などは、まず関係ない。そして紅一点のファレアも曹長としての階級に違わぬよう、しっかりと指揮を取っている。インデアル帝国軍には女性の上官も多かった。当然、階級を重んじていた。それに逆らえば軍法会議ものである。

 しかし、それでも階級があいまいな者たちもそれはいた。

機関車を動かそうという時に、それは起こった。

おそらくストレスの限界が来た者たちであろう。腕っぷしの強そうな男とどこかのお山の大将のような男が、列車の上でケンカを始めた。ケンカといってもお互いの体や軍服をつかみ合うようなものだった。それは二等兵同士の言葉の言い合いが主であり、まるで子供のケンカそのものである。

ファレアは大きな声で叫んだ。

「あんたたち、どうしたの?」

 二人を止めに入った上等兵がファレアに向かって叫ぶ。

「くだらない理由です。こいつら同郷の者たちらしくて、徴兵されたの志願したので言い合いになって、本当にくだらないことです。」

 上等兵はやけに自分で頭を下げて、平謝りした。それには理由があった。

ファレアはどんな些細なことでも正す性格だったからだ。こういう場合、ファレアは一切容赦しないでもめ事を解決しようと列車の上に登った。

「あんたたちケンカが好きそうね。」

静かに怒った表情を見せるファレア。

ファレアは二人の二等兵の前に立った。

「あんたは降りて!」

 上等兵に命令するファレア。言うとおりに上等兵は列車の上から降りた。その表情は曇っていた。

 ファレアはまず、一番近くにいた腕っぷしの強そうな二等兵にコートを脱ぐように命令した。年はファレアと同じくらいに見えた。彼の実年齢は十六歳だった。

 ファレアが自分のコートを脱ぎ始めたので、二等兵もそれにつられるかのようにコートを脱いだ。

「あんた、名前は?」

「はい、ファルゾン・ガードマンです、曹長!」

 コートを脱ぎ捨て、白いセーラー服と白いズボンの格好になったファレアは、ファルゾンの体を見て言った。

「ファルゾン二等兵、力が有り余っているようね?一つお手合わせしましょう。」

 ファルゾンは一瞬、言葉を失う。

「一本勝負よ。」

 ファレアはそう言うと、半身の構えをとった。

ファルゾンが驚いて後ろにのけぞる。この列車の上で勝負を挑まれてしまったのだ。しかも上官の少女から。

「本気で来なさい。」

 ファレアのその言葉に息をのむファルゾン。

だが、次の瞬間ファルゾンはそのごつい腕を振り、ファレアに向かってきた。それを紙一重でよけるファレア。そのまま彼女はファルゾンの側面へと入り、背中に回った。その動きについていけないファルゾンは、自分の背中に隠れたファレアを必死で探すように振り向く。しかしその場所には彼女の姿はなかった。今度はファルゾンの前に回っていたのだ。手刀がファルゾンの胸に当てられる。そのせいで彼の足もとが、凍った列車の屋根で滑り、大きくバランスを崩した。

「うわっ!」

 体勢を立て直そうとするファルゾンの腹に、ファレアのスマートな蹴りが入る。そして首元をファレアの手で制されると、列車の屋根の上に体ごと押しつけられた。ファルゾンはもう立てる体勢を失っていた。

「わたしの勝ちね?」

 ファルゾンも首を縦に振って降参した。

首元を離されると、ファルゾンは反射的に起き上がろうとして、また体勢を崩してあお向けに倒れた。

列車の屋根にドスンと背中を打つファルゾン。

ファレアは次にもう一人のケンカの相手を見てにらみつけた。

後ずさるもう一人の二等兵。

「あんたもやるわよね?」

 もう一人の二等兵はファレアの言葉に首を横に振った。

「来なさいよ、ホラ!」

再び半身の姿勢をとるファレア。

 しかし、そうこうしているうちに、レシプロエンジンの爆音が空から聞こえてきた。その音をファレアは聞き逃さなかった。

続いて上等兵が空をさして叫ぶ。

「曹長、敵機です!ノードランド皇国軍の戦闘機ヒメジョオンが三機、こちらへ向かってきます!」

 ファレアは空を見上げた。プロペラ戦闘機が三機、列車に向かって飛んで来ているのが見える。

「応戦用意!全員、戦闘配置!」

 ファレアはすぐに命令を下した。

「対空砲車両のシートをはがして!攻撃準備!」

 兵たちによって、中央の二車両に乗せていた対空砲三機のカバーがはがされ、すぐに砲手が敵戦闘機が来る十時の方向の空に向かって標準を合わせた。

先に発砲したのは敵のヒメジョオンの翼に取り付けてある四発の二十ミリ機関砲だった。三機ともほぼ同時に列車の上を低空ですり抜けざまに激しい弾幕を浴びせてきた。その弾幕は列車を突き抜けるほどに凄まじかった。

列車の兵たちは歩兵銃で応戦する。しかし、敵機には一発も当たらなかった。

旋回してくるヒメジョオンの編隊は、もう一度攻撃しようと列車に向かってきた。

「撃て!」

 ファレアは砲手に指示する。

砲手は対空砲三機にそれぞれ付いており、三発の対空砲が一斉に火を吹いた。

空には爆音とともに激しい黒い煙と火花が散った。

空一面をすさまじい爆発が覆う。

列車の対空砲はずっと撃ち続けた。敵機はインデアル帝国の軍の輸送列車に近づけなかった。思いのほか、対空砲の威力が強かったからだ。

激しい弾幕で、とうとう敵機の一機が翼から煙を吐いた。

ヒメジョオン三機は逃げるように攻撃をあきらめ、空の向こうに去っていった。

「よし、砲撃やめ!」

 ファレアは砲手たちに命令した。

戦闘は意外なほどあっけなく終わった。しかしそれが戦場の一つである。ファレアはすぐに別の指示をした。

「機関車を動かせ。先へ進む。いいな?」

 命令を受けた兵たちは、戦闘態勢を解除すると、列車を動かす配置へと移った。

ファレアは上等兵に命令する。

「損害を調べて!」

「はい、わかりました!」

五分後、列車はゆっくりと動き出した。先に進まねば。

ようやく機関車は煙突から煙を吐いて、目的地へと走り出すことができた。

「よかった。」

 ファレアは少し安心した。

上等兵がファレアの元へやって来た。

「曹長、報告いたします。損害は貨車三両が機銃掃射にて被弾。重要部分には弾は当たってないようです。人的被害もありません。こちらも兵の間を縫ったのでしょう。以上です。」

 ファレアはうなづく。

「よし、機関車をどんどん進めて!遅れを取り戻す。」

「わかりました。機関士に伝えます。」

 次第に速度を速める列車。

ファレアが落ち着いた頃に、さっきのケンカをしていた二等兵二人がやって来た。敬礼をする二人。

「曹長、先ほどは我々が騒いでしまい、まことに申し訳ありませんでした!」

 ファレアは二人を見たあと、列車の屋根から貨車へ移るよう指示した。

命令に従う二等兵たち。

一人はファルゾンという名だったか。ファレアが古武術で倒した腕っぷしの強そうな男だ。彼には悪いことをしたなと思ったが、それを態度には出さずにファレアも対空砲を乗せた車両に移った。しばらくするとトンネルが見えてきた。線路の先には、また山があるのだ。

機関車はトンネルへと入っていき、牽引している列車も続いてトンネルへと入っていった。

この向こうが分岐点のある場所なのだ。そしてそこからさらに東へずっと進めば目的地に着く。そこはファレアの任地でもある場所であった。

インデアル艦隊が停泊している軍港。そこ目指してこの列車は進んでいるのであった。

もうすぐ日が落ちる。

ファレアは落ちていた自分の防寒コートを拾うと、身に羽織った。


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